夜の銀座連続放火事件
現場には既に多くの人が集っとった。
その中を消防隊員が忙しく消火作業をしておる。
しかし消火作業はなかなかはかどらんようやった。
ウチらはその様子をただただ見ているだけやった。
実は、というとウチ・李紅蘭らがおる大帝國劇場からほんの二百米程度しか離れていな
いところで火事が起こった。ウチら帝國華撃団・花組全員が現場に駆け付けたときは、か
なり燃えておった。
「これで、今月に入って四件目ですね…」
さくらはんが言う。その隣で火事を見ておった大神はんが、
「…ああ。でも何で、こんな倉庫から…」
大神はんの言う通り、十二月に入ってから既に四件の火事が銀座で起こり、そのいずれ
もが火の気の全くない空き倉庫や空き家やった。いくら冬で空気が乾燥してる言うてもこ
れはちょっと異常のような気がする。
「全くね。…そういえば、放火って噂があるのよ」
あやめはんが言う。ウチもその噂は聞いたことがある。花組でお芝居をやるときにお客
はんの最近の話題は火事のことばっかりやったし…。
「だとしたら大変なことだぞ」
米田支配人やった。
「大変?」
ウチが支配人に聞く。
「ああ、放火っていうのは重罪なんだ。これが幕藩体制の頃だったら、火あぶりの刑にさ
れてんだぜ」
*
消火活動が一段落ついたので、ウチらは帝劇に戻った。
「にしてもよお……ここんところこのへんで火事が続いているなんて、ちょっと異常なん
じゃねえか?」
カンナはんがソファにどっかと腰を下ろして言う。
「たしかにそうね。偶然にしては出来すぎよね」
マリアはんも言う。
「そういえば、皆さんはどう思いますの?」
すみれはんが言う。
「どう思う、って?」
「ほら、あやめさんが言っていたじゃありませんか。放火じゃないか、って噂がある、っ
て」
「…ウチは、あやめはんの意見に賛成やな」
「どうしてそう思うの?」
マリアはんがウチに聞いた。
「いや、確信とかそういうのはないんやけど、十二月に入ってまだ十日あまりやで。それ
でこの銀座で4件も起こってるなんて異常以外の何モンでもないで。放火とでも考えなけ
りゃ説明がつかんわ。…それに」
「それに?」
「これまで4件の現場全てが倉庫や物置というどう考えても火の手が上がりそうにない所
やろ? 偶然にしてはおかしいわ」
「…まあとにかく、私たちも気をつけなきゃいけないわね」
*
それから数日後、帝劇に銀座の町内会の人たちが来た。これ以上の被害を増やさないた
めに町内会で自警団を作ったから帝劇にも協力をお願いしたいいうことやった。
まあ、ウチらもウチらの都合があるので、昼の部しかない時とか休演日の時に大神はん
がその自警団と一緒に見回りをするいうことで話が決まったようやった。まあ、ウチらに
はあやめはんが「あんまりそういったことは気にしないで自分たちのことだけを考えなさ
い」と常日頃言っとったんやが。
*
それから数日が過ぎた。
その日は休演日だったこともあり、大神はんが見回りに加わることになった。
夜7時過ぎに自警団の人たちが大神はんを迎えに来た。
自警団の面々は、と言えば町内会の会長はんに雑貨屋のご主人、魚屋のご主人、ウチが
よく通う本屋のご主人といったウチらの顔なじみの人たちやった。
「じゃ、行ってくるよ」
「隊長、気をつけて」
「帰ってきたら暖かいお紅茶を入れてお待ちしておりますわ」
そして大神はんたちは夜警に出かけた。大体1時間半くらいの見回り、と言うことやっ
た。
大神はんが出て行って30分ほどたった頃やった。
ウチらは部屋に戻ったりシャワー室に行ったりしてそれぞれがひと時を過ごしていた。
ウチもシャワーを浴びようかと思い、手ぬぐいと着替えを持ってドアを開けたときやっ
た。
テラスの方にみんなが集まっておった。
「どないしたんや?」
ウチはさくらはんに聞いた。
「また火事よ!」
「なんやて?」
ウチはさくらはんの指差した方向を見る。
「あれは…、確か空き家のはずやで!」
ウチはいても立ってもいられず下へ降りていった。
「…紅蘭、ちょっと待って!」
後ろでさくらはんの声が聞こえた。
程なくウチらが現場に到着すると既に消火活動が始まっていた。
それから10分ほど経って、
「…なんてことだ」
聞き覚えのある声が聞こえたので振り返ると大神はんがそこに立っていた。
「あ、大神はん」
「…なんでまたこんなときに起こるんだ」
「…大神はんたちは何処行ってたんや?」
「全く逆の方向だよ。こっちの方は既に見回りを終ってたんだが、こんなことになるとは
…」
それから程なく消火活動は終った。
幸いなことに誰もいなかったことや、思ったほど火の勢いが強くなかったこともあって
被害はその空き家だけが燃えただけで済んだだけやった。
集まっていた野次馬は三々五々散っていった。
大神はん達も一ヶ所に固まって何やら話しているようやった。
「うーん…」
ウチは火災現場をじっと見た。
(…何やろな、この感じは…)
ウチは何か腑に落ちんものを感じておった。
翌朝。
ウチはそっと帝劇を抜け出すと昨日の火災の現場にもう一度向かった。
さすがに朝早い、と言うこともあってか現場には誰もおらんかった。
(…しめしめ、誰もおらんわ)
ウチは「立入禁止」と書かれた札がぶら下がっとる縄をまたいで現場に入った。
ウチはしばらく現場を調べておった。と、
「コラ! そこで何をやってるんだ!」
ウチの背中で声がした。
「…え、そ、その…。ウ、ウチ怪しいモンやないで。帝國歌劇団・花組の李紅蘭やで」
「…そのくらい知ってるよ、紅蘭」
「…え?」
その声の主はもしかして…、と思いウチは後ろを振り向いた。
「…なんや、大神はんか、脅かしっこなしやで」
「ごめんごめん。…それより、紅蘭。君も今回の事件が気になるのか?」
「…まあな。何か不自然なものを感じるんや」
「…紅蘭もやっぱり放火だと思ってるのか?」
「ようはわからんけどな。ウチはその可能性が高いと思うで。…大神はんはどう思うとる
んや?」
「…オレも同じ考えだよ。今月に入ってこれで5件目、と言うのはあまりにも異常すぎる
しな。それに…」
「それに?」
「いや、何でもないよ。オレの考え違いかもしれないしな」
それから2、3日たったある日のことやった。
再び大神はんがその夜の見回りに出ることが決まったいうのでウチは大神はんの部屋に
行った。
「…大神はん。ちょっとええか?」
「紅蘭かい? ドアは開いてるよ」
「ほな、失礼します」
ウチは大神はんの部屋に入った。
「? どうしたんだい、紅蘭?」
「あ、あんな。今夜の見回り、ウチも一緒に行ってええか?」
「え?」
「いや、何か気になることがあるんや」
「…やっぱり例のことが気になるのか?」
「そうやな。これがウチの思い過しならええんやけど…」
「うーん…」
大神はんはしばらく考えておったようやが、
「…わかった。一緒にいこう。町内会の人や支配人にはオレの方から話しておくよ」
「じゃ、お兄ちゃん、紅蘭。行ってらっしゃい」
「紅蘭、気をつけるのよ」
その夜、ウチらは夜の見回りに出掛けた。町内会の人はわざわざウチが着るための法被
を用意してくれた。
今回の面々も先日と同じ、町内会の会長はんを始めとしたウチらの顔なじみの人たちや
った。
あんまり、こういった夜の見回りは、ウチのような女の子が出る幕や無いかもしれんが、
どうしてもウチは気になることがあった。
お揃いの法被を着たウチらは町内会の人たちとともに夜の見回りを続けた。
「…なあ、大神はん」
ウチは大神はんに話しかけた。
「なんだい、紅蘭?」
「…もし、放火だとしたら、今も虎視眈々と機会を狙ってるんやろか?」
「…そうだろうな。これまで犯人は5件もやってて、すべてがうまく言ってるんだ。6件
目を狙わないはずがないよ。そういえばな、紅蘭」
「どないしたんや?」
「いや…実はな…」
と大神はんが言いかけたときやった。
「あっ!」
いきなりウチの前を歩いていた人が大声を上げた。
「どうしたんですか?」
大神はんが聞く。
「…また火事だ」
「なんだって?」
ウチらはその人の指差した方向を見つめる。
火の手が上がっているのがここからでも判った。
「紅蘭、行くぞ!」
「ほいな!」
ウチらは現場に向かって走り出した。
6件目の現場もこれまた最近引っ越した、とかで誰も住んでいなかった空き店舗やった。
「…なんでまた…」
野次馬の中からそういった会話が聞こえる。
…と、大神はんがあごに手を当てて何か考えている様子やった。
「…どないしたんや、大神はん?」
ウチは大神はんに聞いた。
「ん? …あ、いや。なんでもないよ」
*
翌朝のことやった。
「紅蘭、いるかい?」
大神はんの声が聞こえた。
「…何の用や、大神はん?」
「…今から現場に行かないか?」
「現場?」
「昨日の火事の現場だよ」
それからしばらくしてウチらは昨日火事があった現場に向かった。
その途中のことやった。
「…実はな、紅蘭」
大神はんがウチに話しかけてきた。
「…なんや?」
「昨日話しそびれたんだけど…。実は今までの放火事件、ある共通点があるんだ」
「…共通点? なんや、それ?」
「…実はな、今までの現場の5件、いや昨日の事件を含めれば6件か、の放火事件の現場
って言うのが町内会長の土地なんだ」
「…会長はんの? …そう言えば会長はん、って不動産やっとったな」
「ああ。だからこの辺の土地は会長さんの土地であることが多いんだ」
「じゃあ、犯人は何か会長はんに恨みでもあるんやろか?」
「…うーん…。だとしてもちょっと解らないことがあるんだよな」
「解らないこと?」
「…いや、オレの思い違いかもしれない」
程なくウチらは現場に到着した。
あたりに誰もいないのを確認するとウチらはその現場に入っていった。
そしてウチらはしばらく現場を見てた。
と、ウチはなにやら白いかけらみたいなのが落ちておったのを見つけた。
「…なんやろ?」
ウチはそれを拾った。なにやら陶器のようなものやった。
「大神はん!」
ウチが大神はんを呼ぶと大神はんは程なくやって来た。
「何か見つけたのか?」
「…これ、なんやろ?」
ウチはそのかけらを大神はんに見せた。
「…なんか茶碗か何かのかけらのようだな?」
「…なんでこんなものが落ちとるんやろ?」
「さあな…。とにかく取っておいた方がいいな」
それからしばらくしてのことやった。
「…? 何だ、これは?」
大神はんが何か見つけたか、しゃがみこんでそれを拾った。
「…なんか見つけたんか?」
ウチは大神はんの所に近寄った。
大神はんが拾ったものをウチに見せた。
なにやら緑色の塊のようだった。
「…なんやねん、これ?」
「…おそらく蚊取り線香のようなものじゃないかと思うんだが…」
「蚊取り線香? 何でそんなモンがこんなところにあるんや?」
そのときウチはあることに気が付いた。
「…大神はん、もしかして…」
「…おそらくな。この事件は間違いなく放火だ」
「じゃあ、町内会長はんに何か恨みがあって…」
「…かもしれないけど、なんかすっきりしないな…」
*
「…紅蘭、ちょっと話がある」
その日の夜のこと、大神はんがウチに話しかけてきた。
「どうしたんや、大神はん」
「…紅蘭に教えておきたいことがあるんだけど…」
「…ホンマかいな?」
大神はんの話を聞いたウチは思わず驚いてしもうた。
「ああ。だとしたらこの事件、オレの考えだと意外な方向に動いてしまうんだが…」
「で、どうするんや、大神はん?」
「…明日、また見回りがあるからその時に行ってみよう」
「…承知したで」
*
翌日の午後6時近く。
あたりはすっかり暗くなっていて、通りを行きかう人も次第に少なくなってきた。
ウチらはその一角、ある空き家の前におった。
「…ホンマに来るんやろか?」
ウチは大神はんに聞いた。
「…来るさ。後残ってるのはここくらいしかないからね」
それから5、6分たった頃やろうか。
「…来た!」
不意に大神はんが叫んだ。
その人物は空き家の中に入っていった。
「紅蘭、行くぞ」
「ほいな!」
ウチと大神はんはその中に入っていった。
その人物は既にその用意を終えていた。
「…もうその辺でいいんじゃないですか? 今回の放火事件、あなたの仕業だってことは
わかってるんです!」
大神はんが言う。
「自分は昨日の現場で陶器のかけらと蚊取り線香のかけらを見つけました。最初は何でそ
んなものが現場に落ちているのかわからなかった。でもそれは重要な意味を持っていたん
ですよね。そう、それは時限発火装置なんですから。…その時限発火装置の仕組みはこう
ですよね? ある程度の長さに折っておいた蚊取り線香を結わえた紐を用意しておく。そ
してその下に茶碗か何かの陶器を落ちないように結わえ、その中に灯油か何かを入れてお
く。そして蚊取り線香に火をつけるんです。しばらく時間が経って蚊取り線香の火が紐を
切って、灯油を入れた陶器が落ちて割れるとともにあたりに灯油が飛び散る。さらに火の
点いたままの蚊取り線香がその上に落ちて火が燃え広がる、そういう仕組みになってるん
ですよね?」
「…」
「…いい加減白状したらどうですか? 会長さん!」
「…何を言ってるんですか、大神君。何で私がそんなことをしなきゃいけないんですか?
私がここに来たのは、又私の持っている家が放火魔によって放火されるんじゃないか、と
思ってきたわけで…」
町内会長はんがウチらに向かってこう言うた。しかし大神はんは、
「…自分も最初はそう思いました。今回の6件の放火事件、全て会長さんの持っている土
地で起こってますからね。ですから誰か会長さんに恨みがある者が起こした事件じゃない
か、と。…でも先日見回りの後にある噂を聞いたんですよ」
「噂?」
「会長さん、最近ご自分の店の経営がうまくいかなくてかなりの借金を抱えてるそうじゃ
ないですか?」
「それがどうかしたんですか?」
会長はんの口調は穏やかやったが、目つきはだんだんと鋭くなっておった。
「今回の事件、疑ってみるといくつか不審な点が出てくるんですよ。…自警団を組むよう
になってから、放火事件が起きた日は必ず会長さんが自警団で見回りをしていて、しかも
我々が見回ってる場所とは違う場所で、会長さんの持っている土地で起こってます。この
ことから考えるに、会長さんは自ら自警団に立つことによって疑いの目を自分からそらそ
うとしたんじゃないですか?」
「…」
「さらに6件の放火事件は狙いすましたかのように人気のない場所で起きている、つまり
それは目的が誰かを傷つけたり、単に放火で騒ぎになることを目的とした愉快犯の仕業で
はない。…そう考えるとこの事件は被害者であるはずの会長さんが自ら放火事件に見せか
けて火事を起こすことにより、それによって保険金を手に入れることじゃないか…、そう
思えるわけなんですよ」
「…そこまで考えてましたか。…そうですよ、大神君。今回の放火事件の犯人は私ですよ。
どうしようもなかったんですよ。いつの間にやら雪だるま式に借金が増えていて、どうし
ようもない所まで来てましたからね…」
それからウチらが付き添いをして、会長はんは警察に出頭した。
その日を境にして放火事件は起こらなくなった。
ようやく銀座にも日常が戻って来たのやった。
(終劇)
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