連続女性失踪事件

(最終話)



 10月10日。
 朝起きて、蘭丸と美和に連絡を入れた時人は千鶴と滋乃と共に再び捜査に出かけた。
 諸星警部達もまた時人とは別に捜査を進めているのだが、横浜港の中ではそれらしい女
性を見かけた、と言う情報は一つも入ってこなかった。

「…一体どうしたんでしょうか…」
 ある桟橋で諸星警部と会った時人は諸星警部からの情報を聞いて呟いた。
「コレだけ探しても見つからねえ、ってのは確かにおかしいな…」
「でもあの倉庫の様子から言って女性達がこのあたりで監禁されていた、と言うのは間違
いがないようですし…」
「…もうどこかに連れて行かれたんじゃねえだろうな」
「…まさか、あの暗号文によると、取引は今日のはずでしょう? 急に変更となると組織
の方だっていろいろと混乱があるでしょうし…」

 その時、不意に汽笛が聞こえてきた。
 みると沖のほうから一隻の小さな客船が桟橋に向かってくるのが見えた。
「…あれは?」
 時人が丁度そこにいた港湾事務所の職員に聞いた。と、
「ああ、あれですか。伊豆諸島に行ってた船が帰ってきたようですね」
「伊豆諸島?」
「ええ、一泊二日の観光とかで昨日の朝から出てたんですよ」
「昨日の朝から…」
 そう言った時人はじっとその船を見ていた。

 その時だった。
「…まさか!」
 時人の脳裏にある考えが浮かんだ。
「久御山君、桧垣君。君達はここにいてください」
「何処に行くんですか?」
「すぐに戻りますよ!」
 そう言って時人は港湾事務所のある建物に向かって走っていった。

 程なく諸星警部と栗山刑事を連れて時人が戻ってきた。
 後ろには警官隊もいる。
「…先生、一体どうしたんだよ? いきなりあの船を調べてくれ、って」
 そういうと諸星警部は今まさに入港しようとしている船を指差して言った。
「いえ、もしかしたらあの船の中にもしかしたら行方不明になっている女性達がいるので
はないかと思って」
「それは本当か?」
「いえ、あくまでも可能性の話です。…鹿瀬君があの暗号を解いた、と言うことや美和さ
んの時に組織の人物が逮捕された、と言うのはおそらく組織の方にも情報は入っていると
思います。となると警察の方にも情報が行っていると考えるのが妥当ですから…」
「成程、オレたちの目を欺くために白龍丸はわざと空っぽにして女性達を別の船に移して、
とこういうわけか」
「はい。海の上じゃ我々もどうしようもないですし、昨日の朝から出港していた、と言う
のも何か臭うし…」
「ま、とにかく調べてみる価値はありそうだな」

 やがて客船が入港してきた。
 船の中から二人の男が出てきた。
 諸星警部が男達に近付く。
「失礼だが」
「…何の用ですか?」
「警察のものだ。何でもこの船で密輸が行われていると言う情報が入ったんだ。船内を調
べさせてもらってもいいか?」
「…うっ…」
「…どうした? 何か見せたくねえ物でもあるのか?」
 どうやら時人の考えが当たったようだった。
…と不意に
「この野郎!」
 男が諸星警部に襲い掛かった。
 しかし諸星警部は男達を問題にせずあっという間に組み伏せてしまった。
「…連れて行け!」
 諸星警部が警官に命じると、4人の警官が男達を港湾事務所のほうに連れて行った。
「先生、先生はここにいてくれ」
「…強制捜査ですね」
「ああ」
 そして諸星警部は背広の中から拳銃を取り出す。
 栗山刑事もそれに倣って拳銃を取り出した。
「…よし、栗山、行くぞ!」
「はい!」
 そして拳銃を構えると諸星警部たちは船の中に突入して行った。

 船の中には何人かの男達がいた。
 その男達はいきなり闖入してきた警部たちに驚いたようだ。
「動くな、警察だ!」
 諸星警部が叫ぶ。
 …と、一人の男が拳銃を取り出そうと身構えた。
 それを見た栗山刑事が男に飛び掛り、今まさに拳銃を持とうとした男の手首に手刀を落
とすと、あっという間に組み伏せてしまった。
「…おら、無駄な抵抗はやめるんだな!」

 そして男達が次々と連行されていくのを確認した諸星警部は船内を捜索した。程なく、
「警部!」
 栗山刑事の声がした。
「どうした?」
「この船室に鍵が掛かってます!」
 見るとある船室のドアに南京錠がぶら下がっていたのだ。
「…栗山、一寸下がってろ!」
「はい!」
 そして諸星警部は拳銃を取り出すと銃の台尻で思い切り南京錠を殴りつけた。
 2、3発殴りつけると南京錠が壊れ、ドアが開いた。
 中には4〜5人の女性が船内にいた。
「…あなたは?」
 一人の女性が聞く。
「我々は警察のものです。もう安心です!」
 諸星警部が言うと、女性達が安堵の表情を浮かべた。
「栗山、他にもこのような部屋があるかどうか手分けして探せ!」
「わかりました!」
 そして警官隊はあちこちの船室を捜索し、次々と女性達を解放していった。

 時人たちに「女性達を解放した」と言う情報が伝えられたのはそれから間もなくのこと
だった。
「そうですか、それはよかったですね」
「ま、詳しいことはこれから調べるが、とりあえず一安心って所だな。一寸まだやること
があるから先生は先に帰っててくれねえか?」
「わかりました」
    *
 そして女性達は臨時の捜査本部がある旅館に連れて行かれ、身元の確認を受けた。
 女性達の中には巴たちがビルディングで見つけたアルバムにあった写真の中の女性が何
人も含まれていた。
 そして捜査本部は身元がわかった女性の身内への電話などでにわかに慌しくなり、時人
たちも手伝いに借り出される羽目になってしまった。

「…はい、そういうことですので娘さんは無事です。ですので警視庁までお越し願えます
か? …はい、わかりました。どうも済みませんでした」
 そして時人は電話を切り、ホッと一息ついたときだった。
「…あの、もしかして御神楽時人さん…、って方でしょうか?」
 時人に一人の女性が時人に話しかけてきた。
「…? あなたは?」
「私、鹿瀬光枝と言います」
「鹿瀬…光枝? もしかして…」
「はい、鹿瀬巴の姉です」
 確かによく見ると、姉妹と言うこともあるのだろうか何処となく巴に似ている。
「それで、巴は見つかったんですか?」
「どういうことですか?」
「いえ…、おととい、船の中に連れ込まれた女性の中に巴がいて…」
 やはり巴は組織につかまっていたのだ。
「それでどうなったんですか?」
「…いえ、巴のほうも私に気づいたようで『お姉ちゃん!』と叫んだんですけど、それき
りどこかへ連れて行かれて…」
 その時だった。
「先生!」
 諸星警部が時人の下に来た。
「どうしたんですか、警部?」
「それがな…、鹿瀬のお嬢ちゃんがいねえんだよ!」
「巴さんがいない?」
「どういうことですの?」
「いや、女性達を調べてみたんだが、その中に鹿瀬のお嬢ちゃんの姿がなくてよ。一応女
性達にもお嬢ちゃんの写真を見せて聞いてみたんだが…。何人かはお嬢ちゃんの姿を見た、
という証言が取れたんだが、どうも、あの船には乗ってなかったらしいんだ」
「…そうですか」
 と、時人は不意に何かを思い出したように、
「あ、そういえば、警部。この人が鹿瀬君のお姉さんですよ」
 と諸星警部に鹿瀬光枝を紹介した。
「あんたがその鹿瀬光枝、って人か。…あ、申し遅れました、警視庁の諸星です。貴女の
妹から捜索願が出てましたよ」
「…お姉さん。諸星警部にも僕に話したことを話してもらえませんか?」
 そして光枝は時人に話したことを諸星警部にも話した。
「…うーん…」
 話を聞いた諸星警部は考え込んでしまった。
「…もしかしたら、まだ裏で誰かがいるようだな」
「誰かがいる?」
「ああ。今栗山が調べてるんだがな、どうもこの事件まだ捕まってねえヤツがいるようだ」
「捕まっていないヤツ、といいますと?」
「この組織の首領、つまり元締めだな」
「首領ですか?」
「ああ。オレたちが捕まえた連中はどうも部下らしくて、まだその首領と何人かの部下が
捕まってねえらしいんだ」

「…待てよ…」
 不意に時人の頭の中に何か考えが浮かんだようだ。
「…? どうしたんだ、先生?」
「…だとしたら、この事件は…」
    *
 10月となると日が暮れるのも早い。
 夕方も5時だと言うのに辺りは夕暮れが迫っていた。
 時人は横浜港のある埠頭に立っていた。

…と、向こうから一人の人物が時人に向かって歩いてきた。
「お待ちしておりました、古久保さん」
 そう、その人物とは古久保幸子だったのだ。
「私をこんなところに呼び出して何か御用ですか? 事件が解決した、とでも仰るのです
か?」
「ええ、解決しましたよ、古久保さん。…いえ、人身売買組織の首領さんと申し上げた方
がいいですか?」
 時人の思わぬ発言にそこにいた一同が「え?」と言う表情をする。
「…な、何をおっしゃるんですか、御神楽さん。私は妹を何者かに攫われたんですよ」
「いえ、それは貴女が僕に近付くための嘘ですよ」
「わ…、私が嘘を付いている、と言うなら何か証拠があるんですか?」
「ええ、証拠ならありますよ。あなたが不用意に言った一言が、僕に貴女を疑わせるきっ
かけとなったんですよ」
「一言ですって?」
「ええ、あれは鹿瀬君が行方不明になった、と僕達が知った日のことでしたが…。貴女は
確かその日に僕の事務所にやって来ましたよね?」
「それがどうかしましたか?」
「その時貴女は鹿瀬君が事務所に来ていないのを見て鹿瀬君はどうしたのかと聞いた時、
僕はこう答えました。『今日はまだ見えていない』とでもその直後貴女はこう言ってました
よね? 『そんな組織に妹や鹿瀬さんがつかまっていたらと思うと…』って。普通だった
ら遅刻している、とか風邪か何かをひいているのではないか、と思うはずなのに何故そう
いった発想が出てくるんですか?」
「そ…、それはその…、そういった事件が相次いで起こっているから心配で…」
「僕は依頼人に余計な不安を与えてはいけないと思って、あなたに今回に事件の背後に人
身売買組織が潜んでいる、とかそういったことは一言も言ってませんよ。…その瞬間、僕
はあなたに疑惑を持ちました。それにその後、貴女はもう一度同じようなミスを犯してま
す」
「同じようなミス?」
「昨日横浜で会った時、貴女は僕にこう言ってましたよね? 『妹や鹿瀬さんが売られた
りしないか、と心配で』とも。さっきも言った通り、僕は貴女に今回の事件の背後関係に
ついては何も言ってませんよ。それなのに何故そういった組織のことを知っているんです
か?」
「……」
「そして先ほど、諸星警部に連絡がありましたよ。昼に捕まえた男が全て自白したそうで
す。全て首領の命じたとおりにうあった、とね。そして、その首領が貴女だった、ともね。
…それを聞くまで僕もまさか組織の首領が女性だとは思いませんでしたが」
「……」
「今回の事件、貴女の目的はあちらこちらからモデルの紹介を装って女性達を誘拐して香
港とかそう言った所にある闇の組織に売ることだった。しかし貴女はどこかで僕の存在を
知ったんでしょうね? 今回の目的を成功させるためには僕の存在は邪魔だった。そこで
貴女は組織の首領ということを隠して、『妹が行方不明になった』と言う話をでっち上げ、
僕に近付いた。そして僕がどのような行動を取るか監視していたんですよ。…おかげで僕
達はいつも裏をかかれていた。貴女が情報を部下に流していましたからね。あの船の件だ
ってそうです。お姉さん思いの鹿瀬君がお姉さんを助けようと独断で忍び込んで貴女方に
捕らえられたとき、貴女はおそらく自分達の情報が警察や僕たちに漏れた、と考えたので
しょう。そこで貴女は別の方法を考えた。我々が白龍丸を捜索するのを見越して、10日
の夜の取引の場所を変更したんです」
「変更ですって?」
「ええ、あの伊豆諸島へ行っていた、と言う遊覧船ですよ。白龍丸にはもう警察の手が回
っている。だから別の場所、つまりあの遊覧船の中で行なおう、とそう考えていたのでは
ないですか?そこで貴女方は我々の目を欺くために女性達を監禁していた倉庫から遊覧船
に乗せて伊豆諸島のほうまで一時的に連行したのでしょう。海の上だったら我々も手の出
しようがないですからね。…さあ、どうですか? まだ何か言うことはありますか?」
「…そこまで見破ってたのね、流石だわ、探偵さん」
 そう言うといきなり古久保幸子は拳銃を取り出した。
「な、何をするんですか!」
「おとなしくしなさい! あれが見えないかしら?」
 そういうと古久保幸子は拳銃を船の方に向ける。
「…!」
 そう、船の上には後ろ手に縛られた巴が立っていたのだ。
 そして巴の周りには男が取り囲んで巴に拳銃を突きつけていた。
「…鹿瀬さん!」
 滋乃の絶叫が響く。
 巴も時人たちに気がついたようで、
「先生!」
「さ、あの子の命が惜しかったら無駄な抵抗はやめなさい」
「…それはこっちの台詞ですよ」
 古久保幸子の背中で声がした。
 その声に後ろを振り向く古久保幸子。
「諸星警部!」
 そう、諸星警部が古久保幸子の背後に立っていて拳銃を向けていたのだ。
「女に拳銃を向けるのは好きじゃないんだがな。先生やお嬢ちゃんたちになんかしてみろ。
オレが許さねえからな!」
 その時だった。
「警部、船の方は制圧しました!」
 栗山刑事が甲板に立って手を振っていた。
「それから先生、鹿瀬も無事ですよ!」
 栗山刑事の隣には解放された巴が立っていた。
 それを見た時人は、
「ありがとうございます! …さて、どうしますか? 女首領さん」
「…わ、わかったわ。降参するわよ」
 そう言うと古久保幸子は拳銃を地面に置いて両手を挙げた。
    *
 やがて諸星警部たちの手によって古久保幸子をはじめとする組織の面々が連行されてい
った。
 女性達も一旦警視庁に連れて行かれ、事情聴取をされた後に帰されることになった。
 勿論その中に鹿瀬光枝もいて、彼女もわざわざ東京まで依頼に来た弟二人とともに長野
に帰ることになった。
    *
 翌日の上野駅。
 既にホームには列車が入線していた。
 その列車には鹿瀬光枝と忠、良平の姉弟が乗っていた。
 窓の外では巴、千鶴、滋乃の3人が見送りに来ていた。
「…巴、本当にゴメンね。巴だけじゃなく他の人にまで迷惑をかけて…」
 光枝が巴に向かって言う。
「いいんだってば、お姉ちゃん。これが私達の仕事だもん」
「…久御山さん、桧垣さん。本当に弟達が世話になりました」
「ええ。先生に伝えておきます」
「どうもすみません」
「それにしても…。忠、良平。今度は黙って家を出てきたりしちゃ駄目だからね!」
「わかったよ」
「それからお姉ちゃんも、何か上手い話には必ず裏があるんだから引っかかったりしちゃ
駄目よ」
「わかってるわよ」

 そうこうしている内に発車のベルがホームに響き、程なく汽笛を挙げて光枝たちの乗っ
た列車は走り出した。
「じゃあーねー、おねーちゃーん!」
 巴が手を振る。
「また来てくださいねー!」
「お待ちしておりますわ!」
 千鶴と滋乃も手を振っていた。

 そして列車はあっという間に見えなくなってしまい、長野のほうへと向かっていった。
「…行っちゃった…」
 巴は大きくため息をつくと、列車の去っていった方向を見つめていた。
「…でも、きょうだい、っていいですね」
 千鶴が言う。
「そうですわね。あのような御きょうだいが居られて鹿瀬さんは幸せ者かもしれませんわ
ね」
 滋乃も言う。
 それを聞いた巴は軽くうなずくと二人に向かって、
「さ、帰ろうか」
 一つの事件が終わって安心したか、巴が笑顔を見せた。

(終わり)


※作者より…この作品を書くに当たり、グループ・コロンブス編『知ってなるほど! 面
白トリビア《漢字編》』(主婦と生活社)を参考にしました。

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