金田一耕助(ジッチャン)の名にかけて…
〜激突! 金田一一VS怪盗キッド〜

KID's side version



――全てはあの日に始まった。

「…ねえ、快斗」
 オレの幼馴染である中森青子が話しかけてきた。
「…どうした?」
「昨日も怪盗キッドが時価2億円の宝石を盗んだんだって?」
「ああ、そういえば今朝のニュースでやってたな」
「おかげでお父さん、むくれてたわ。『今回もキッドにやられた』って…」
「ハハハ…」
 オレは苦笑いをする。
 青子の親父は警視庁の捜査二課に勤めている中森銀蔵警部なのだ。
 親父がそんな人物だから、いくら幼馴染とは言え、青子にオレの正体を話すわけにもい
かないのだ。
「でも本当になんで怪盗キッドって盗みを続けるんだろうね…」
「…所詮コソドロのやることなんかわかるわけねーだろ」
「それはそうだけど…、ねえ快斗。思うんだけど、怪盗キッドって盗みのテクニックにマ
ジックを使う、って言うよね?」
「それがどうしたんだ?」
「もし、もしもよ。キッドと同じくらいか、あるいはそれ以上のマジックの使い手の刑事
や探偵がキッドの相手になったら、キッドに勝ち目はあるのかな…」
「…さあな。ヤツがどれだけのマジックの使い手か、オレにはわからねーよ」
 どうも自分の話になるとなんだか居心地が悪いが。
 ただ、オレは自惚れていた訳ではないが、そんな刑事や探偵が実際にいるとは思えなか
ったし(白馬やコナンとか言うメガネのガキはマジックの使い手ではない)、そんなヤツが
いたとしてもオレは決して負けるようなことはないと思っていた。

――そう、「アイツ」に出会うまでは。
    *
 あれはオレが次の獲物の下見を兼ねて東京は不動山市にある高井デパートで開催中の
「世界の秘宝石展」を見に行ったときだった。
 今回の獲物はその秘宝石展の目玉、とでも言っていいだろう「パープルティアース」だ
った。
 実は今回の秘宝石展、何処で話を聞いたのか青子のヤツも行きたい、と言ってたんだけ
ど、こればかりは言うことが聞けなかった。
 オレもこういうことやってるから、いくら青子でも、オレが何故秘宝石展に行くのか、
その目的を知られたくなかったからな。

 オレが入場料を払って、その秘宝石展に入ろう、とした時だった。
 不意に「ヤツ」とオレの肩がぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「いや、こっちこそ」
 オレはヤツの顔をチラッ、と見ただけだったし、ヤツもオレの顔をほんの少し見ただけ
だったかもしれない。
 これだけだったら何処にでもあるような話だっただろう。

…しかし、結果的にはこれがオレ――黒羽快斗、又の名を今世間を騒がせている怪盗キッ
ドとヤツとの最初の接触だった。
 そして、この時にヤツとあった事が後々に響くことになるのだが。
    *
 下調べを終えた後、オレはデパートのあちこちでちょっとした仕掛けをして、閉店時間
を待った。

 そして閉店時間。…そう、仕事の始まりの時間だ。
 オレはダミーを地下1階の食品売り場にわざと目に付くように置いておくと秘宝石展の
会場へと向かった。
 目的の宝石はそこにあった。
 まあ、確かにガラスケースに鍵はかかっていたが、オレにとってはこの鍵はかかってな
いも一緒だ。
 オレは首尾よく「パープルティアース」を盗み出すと、屋上へと向かった。
 オレの計算だと、地下に降りた警官が屋上に戻ってくるまでの間に悠々と高井デパート
から逃走できるはずだった。

…だが、そこでオレも計算していなかったことがひとつ起こった。
「…これは…」
 オレは屋上を見て思わず呟いた。
 そう、誰もいない、と思っていた屋上に一人の、オレと同じくらいに年齢の男――そい
つがヤツだったわけだが――と、もう一人スーツ姿のオッサンが一人立っていたのだった。

「…やれやれ、どうやらここにもまだ警官がいたか」
 オレはその様子を見て言った。
「…おまえが怪盗キッドか?」
 オレに向かってスーツ姿のオッサンが言った。青子の親父でも、その上司の茶木神太郎
警視でもない、初めて見る顔だった。
「…だとしたらどうする?」
「…勿論、おまえを捕まえるまでよ」
 そう言いながらオッサンは発砲しようと準備をしているのか懐に手をやっていた。
「…たいした自信だな。…それより、そっちのお前」
 オレはオレと同じくらいの年齢の男、そうヤツの方を向いた。
 そう、直感とでも言おうか、オッサンの方よりヤツの方が気になったのだ。
「オレのことか?」
「お前、こんな所で何してるんだ?」
「別に何もしてねえよ。…ただ、お前を捕まえようと思っている探偵だよ」
 まさか、コイツも白馬なんかと同じ高校生探偵だ、とでも言うのだろうか?
「…探偵か…。そういえば、前にもそんなこと言っていたガキがいたな」
「…なんだと?」
 今、オレの目の前にいる男が本当に探偵だとしたら、その実力を見てみるところなんだ
が、生憎とオレの計算だとそろそろ警官が屋上に向かってくる頃だった。

…やがて計算どおり屋上に大勢の警官が上がってきた。中森警部や茶木警視の姿も見える。
「…おっと、こっちに来たか。となると長居は無用だな」
 オレがタキシードの袖に入れた閃光弾をいつでも取り出せるようにしたその時だった。
「動くな!」
 オッサンが懐から拳銃を取り出して、オレに向けた。
「…抵抗するようならば撃つぞ!」
「…そちらの刑事さんはたいした自信のようだな。…果たして撃てますか?」
「何だと?」
 オレは閃光弾を落とした。
 あたりが閃光に包まれる。ま、その瞬間、オレはサングラスをかけるから目が眩む、と
かそういったことはないんだが。
「…最後に言っとくぜ、そこの探偵。…覚えとけ。怪盗は鮮やかに獲物を盗みだす創造的
な芸術家だが、探偵はその跡を見て難癖付ける、ただの批評家にすぎないんだぜ」
 とりあえず今回は挨拶だけにしておこうと思った。
 なぜかヤツとはまた会いそうな気がしたからだ。

 いつものように一仕事を追え、オレは家に帰った。
 今にして思うと、その時にヤツのオレへのリベンジは始まっていたのかも知れないけど
な。
    *
 それから2週間ほど経ったある日のこと。オレはその記事をたまたま見て知った。
「…ヨーロッパ王家に伝わる門外不出の宝石?」
 そう、ヨーロッパのさる王家に伝わり、幻の宝石といわれている『レッド・ライ』で日
本で初公開される、という記事だった。
 ヨーロッパと言ったら親父――かつてオレの前に怪盗キッドとしてパリの街で暗躍して
いた――が何か関係しているかもしれない。オレはそう思った。
 そしてオレは警視庁に予告状を送った。
    *
「怪盗キッド、警視庁宛に予告状!」
 新聞にその記事が載ったのは『レッド・ライ』が日本で公開される日――つまり日曜日
――の2日前、金曜日だった。

「…なんだ、この不安は…?」
 不思議だった。
 その記事を読んだ時、オレは不安だったのだ。
 何故か今回の仕事は上手く行きそうにない予感がしたのだ。
 何故だろう? オレは何かとんでもないミスをしたのだろうか?
…いや、そんなことはない。今までどおりのやり方でやれば失敗することはないはずだか
ら。

 しかし、その不安は予告した日曜日になっても消えるどころかますます大きくなってい
った。
 何度か今度の仕事はやめようか、と思ったくらいだった。
…しかし、オレは予告した仕事は必ずやる男、怪盗キッドだ。
 こんなところで弱気になったらオレは自分自身に負けることにならないか?
 オレは心のどこかにある不安を無理やり押し殺すと、ギャラリー天城へと向かった。
    *
 オレはここに来る前に近くの交番から無断借用した警官の制服を着ると、ギャラリー天
城の近くをうろついていた。
 こういうときは警官の格好をしていても疑うヤツなんていないからな。
「ほお〜、こりゃ又いっぱいいるもんだ」
 ギャラリー天城の前には既に大勢の警官が取り囲んでいた。
「木の葉を隠すなら森の中へ」というけれど、これだけ大勢の警官がいれば知らない顔が
いても気づかれないだろう。
 オレは気づかれないようにさりげなく警官の中に紛れ込んでパトロールをするフリをし
ていた。
    *
 その時だった。
「…あの娘は…」
 そう、オレが3週間前に「パープルティアース」を戴いた時に高井デパートで見た青子
と同じくらいの年齢の女の子だった。
 そう、そしてその子がヤツと一緒にいたことも。
「…なんであの子がここにいるんだ?」
 まさかヤツと待ち合わせをしているのだろうか?
「…となるとヤツも近くにいる、ってことか?」
 そうなるとヤツを油断させる方法は…。

「…すみません、ちょっと良いですか?」
 オレはその子に近付くと、その子を呼び止めた。
「…なんですか?」
 その子が振り返った。
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですか」
「なんですか?」
 さすがに警官の格好をしていると相手も警戒を解くようだ。
「ここで何をしてるんですか?」
「いえ、その…、友達と待ち合わせをしているんです」
 そこまで聞けば十分だった。
「あ、そうですか、実はですね…」
 周りには誰もいない。今がチャンスだった。
 オレはクロロホルムを染み込ませたハンカチを取り出すと、その子の口に押し付けた。
 その子が気を失うのにそんなに時間はかからなかった。

 オレはその子の服を奪う替わりに警官の服を着せると、近くの駐車場の物陰に寝かせて
おいた。
「…何か身分を証明するものはねーかな…」
 と、丁度その子の持っていたバッグの中から「不動高校 生徒手帳」という表紙の手帳
を見つけた。
 ページをめくると、その子の顔写真と共に「七瀬美雪」と名前が書かれてあるページが
見つかった。
「…成程ね。あなたのお姿、しばらくお借りしますよ。七瀬美雪さん」
 オレはその、美雪という子の声色を真似ると表通りに飛び出していった。

「あ、七瀬さん」
 ギャラリー天城の目に来た時、オレは一人の銀縁眼鏡をかけた刑事に呼び止められた。
 青子の親父や茶木警視とは違う、オレが初めて見る刑事だった。
「…あ、なんですか?」
 オレはその刑事に近付いた。
「…彼が屋上で待ってます。そこのエレベーターで行けますよ」
「彼」――つまりヤツのことだったんだが――もやはり来てたというのか?
 その刑事の話し振りからしてもどうやらヤツはその、美雪という子にここに来るように
言っていたのだろうか。
 オレは素直に刑事の言うとおりにエレベーターに乗った。

「お、七瀬君、来たのか?」
 屋上に行くと、オレが以前高井デパートで見た中年の刑事――例のオッサンだったが
――がオレを出迎えた。
「…ほら、あそこで待ってるぜ」
 オッサンが指差したベンチにはヤツが座っていた。
 やっぱりヤツも来ていたのだった。
    *
 そんなこんなでヤツに頼まれ、オレがビルの前のコンビニに買い物に出た時だった。
 不意に何処からか携帯電話の着メロが流れてきた。
「…これか?」
 オレは彼女のバッグの中から携帯電話を取り出した。
 ディスプレイを見ると「はじめちゃん 090−43☆◎−36※#」と出ている。
「…もしもし」
 オレは彼女の声色で電話に出る。
「あ、美雪? オレだけどさあ、今どこ?」
 間違いなくヤツの声だった。

(…アイツ、はじめちゃんって呼ばれてんのか…)
 そのときオレは初めてヤツが何と呼ばれているのかを知った。
 何故ならばオレはヤツとは宝石展の時も、高井デパートの時も一寸会っただけで名前す
ら知らなかったのだから。
    *
「馬脚を現したな、美雪。いや、怪盗キッドさんよお!」
…な、何故だ? 何故この完璧な変装がバレたんだ?
「な、何言ってるの、はじめちゃん! あたしは本物の七瀬美雪よ!」
 オレは何とかしてヤツを誤魔化そうとした。
 しかし、ヤツにそれは通用しなかった。
「いーや、おまえは美雪じゃねえよ。よく変装したつもりだろうがな、オレの目は誤魔化
せなかった、てことだよ!」
「あ、あたしが美雪じゃない、っていうなら何か証拠があるの?」
「大アリだよ。あんたが本物の美雪だったら当然知ってるはずのモノをあんたは知らねえ
からだ」
「知ってるはずのモノを知らない?」
…一体どういうことなんだ? オレが彼女の姿形を借りる時、何かミスをした、とでも言
うのか?
「さっき、あんたに聞いたよな? 『オレのケータイの番号は何番だ?』って。そしてあ
んたはこう答えた。『090−43☆◎−36※#』ってな」
「それのどこがおかしいの?」
「その番号よ、実は美雪のケータイの電話番号なんだよ」
「え…!」
「あんたが持っているケータイは実はオレのケータイなんだ。美雪のケータイはこっち」
 そういうとヤツはポケットからパールピンクの携帯電話を取り出した。
「……最近のケータイはメモリーに登録してありゃ、掛かってきた相手の電話番号がわか
るシステムになっている。さっきオレが電話を掛けたとき、あんたはそのディスプレイを
見て、表示された電話番号がオレの番号だと思っちまったんだ。もちろんオレは、美雪の
ケータイのメモリーに細工をしたことも忘れなかったぜ」
 確かにそうだった。オレはヤツからの電話をコンビニの前で受け取った時、コンビニの
表示に「はじめちゃん」と出ていたのを見てヤツが彼女から「はじめちゃん」と呼ばれて
いるらしいことを知ったんだから。
「オレのジッチャンがよく言ってたけど、変装の名人というのは変装した相手になりきる
ために容姿から声色、相手のパーソナルデータまでを完璧に覚えるらしいな。でもよお、
その中に最初からニセのデータが入り込んでいたら、それをよく確かめもせずにそれを本
物のデータと思い込んでしまう。そんな欠点があるんじゃねえのか? ……どうだい? 
これでもあんたはまだ本物の美雪だと言い張るつもりかい? 怪盗キッドさんよお」

…なんてこった。ヤツは最初からこのことを計算に入れていたのか。
 そうなったら仕方がない。オレは正体を明かすことにした。
「ハハハ…こんなことでバレちまうとはな。完璧を期したつもりが、とんだ墓穴を掘っち
まったぜ。オレのこの完璧な変装を見破るとは。おまえ、一体何者なんだ?」
「別に誰でもねえよ。…おまえを捕まえようとしてる探偵だよ」
「探偵だと?」
「あんたがここに来る事はわかってた。…いや、オレがここに来るように仕向けた、と言
ったほうが正しいかな?」
「仕向けた?」
「ああ。前もって剣持のオッサンに言っといたんだ。『もしここに美雪が来て怪しいと思っ
てもそのまま通してくれ。オレが本物かどうか判断するから』ってな。…でもまさか本当
に美雪に変装してるとは思わなかったけどな」
 ということは、オレは自分からヤツの仕掛けた罠に入っていった、ということなのか?
 ヤツは不敵に笑った。しかし、その目は笑っていなかった。
(…な、何だ、こいつの目は…)
 そう、ヤツの目は何か冷たいような視線をしていたのだった。
 ヤツのオレを見る目は白馬のヤツやコナンとか言うヤツのそれとは全く違う目つきだっ
たのだ。
 なんと言うのか、ヤツの目は鋭いナイフのように光っていて、じっと見つめることがと
てもじゃないが出来そうになかったのだ。
 そんなオレの気持ちを知ってか知らずかヤツは、
「…なあ、怪盗キッドさんよお。あんた前にこんなこと言ったよな? 『怪盗は鮮やかに
獲物を盗みだす創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見て難癖付ける、ただの批評家にす
ぎねえ』って。…でもよ、芸術っつうのは批評されなきゃただの自己満足に過ぎねえんじ
ゃねえのか?」
「自己満足、だと?」
「ピカソも、ゴッホも、世に送り出されて、批評家のお眼鏡にかなったから、初めて芸術
に成り得たんだよ。それにな、犯罪は芸術なんかじゃねえんだ。…あんたが宝石を盗んだ
からって誰かが喝采をあげたか? あんたが宝石を盗んで誰かが幸せになるとでも言うの
か? あんたが宝石を盗んで何が残った? …残ったのは宝石を盗まれた者のあんたに対
する『憎しみ』と『悲しみ』しかねえんだ。…わかるか? 犯罪の後に残るのは悲劇しか
ないんだ。どんな理由があろうと、犯罪が世の中で『悪』と言われている以上、芸術には
なりえねえんだよ!」
…まあ、確かにそうかもしれない。オレだって自分がやっていることが「悪」と呼ばれて
いることは十分承知しているし、犯罪の後には後味の悪さしか残らないことも。
 それでもオレは宝石を盗み続ける。何故ならばな…。
「ま、ものは言いよう、ってことか」
 そしてオレは懐から特製の拳銃を取り出そうとした。
 こうなったら長居は無用。隙を見てここを逃げ出すしかないからな。
 ところが、懐に入っているべきはずのモノがなかった。
「…あんたが探しているのはこれかい? 怪盗キッドさん」
 見るとヤツがオレの特製拳銃を持っていた。
「い…、いつの間に?」
「実はオレも手癖が悪くてね」
 一体ヤツはいつの間にオレの拳銃を奪ったというのか? まさか、ヤツがオレの肩に触
れたときか? だとしたらコイツは…。
 程なくオレはヤツに対して思ったことが正しかったのを知った。
「よくマジシャンは手品を見せちゃならねえ相手が三種類いる、って言うよな。一つは何
が凄いかよくわからねえ動物。もう一つは驚くより先にタネを見せろとうるせえガキ。そ
して最後の一つは自分と同じマジシャンだ。何故か? ちょっと考えりゃわかるよな。マ
ジシャンの見ている前でマジックをやるってことは、警察官の見ている前で人殺しをやる
ようなモノだもんな。…参ったよ。あんたが最初に現れたとき、見事にあんたがやったマ
ジックに騙されたよ。だからさ、今度はオレがあんたに逆にマジックを仕掛けてやったん
だ」
 マジックを仕掛けた? 一体どういうことだと言うんだ?
「まだわかんねえのか? …あんた、オレが仕掛けたマジックに見事に引っかかったんだ
ぜ」
「…美雪さんのことか?」
「…それもあるけどな、例の宝石のことだよ」
「…『レッド・ライ』のことか? …あれはここにあるんだろ? そしてオレはそれを戴
きに…」
「…ハハハ、こりゃ傑作だ」
「…なんだと?」
「怪盗キッドさんよお。あんた『レッド・ライ』なんて宝石、本当にあると思ってたのか
よ?」
「どういうことだ?」
「ちょっと考えりゃわかることなんじゃねえか?」
「『レッド・ライ』…、レッド…ライ…、まさか!」
「その通り。レッド(red) は『赤』、ライ(lie) は『嘘』。つまり『真っ赤な嘘』っつーこ
と。実際にそんな宝石があったら、オレがお目にかかりてえよ」
「じゃ、じゃあ、あの記事は…」
「そんな記事、いくらでも捏造できるぜ。ハハハ、こんな簡単なマジックのタネがわかん
ねえとはな…。どうやら自意識過剰が墓穴を掘る結果となっちまったようだな。通りで世
の中、批評家に潰される芸術家がゴマンといるわけだ。…もっとも、こんなでかいマジッ
ク、普通は誰も考えねえか」
 なんてことだ。ヤツは「マジシャンの目の前でマジックをやるな」と言っておきながら
オレの目の前でこんなでかいマジックをやり、あまつさえオレをも騙したというのか?
そして、オレとしたことが何でこんなマジックを見破れなかったのか。
「おまえ、マジックなんてどこで…」
「ジッチャンから教わった程度だよ。でもさ、怪盗キッドのようなマジックの天才に見破
られなかった、ってことは、オレのマジックの腕前もまだまだ捨てたもんじゃねえ、って
ことだな」
「…おまえ、ただの探偵じゃないな?」
「まさか、ただの高校生探偵だよ。しかし、こんなまわりくどい手をつかうとはな…。同
じマジックを使うにしろ、まだ地獄の傀儡師の方がやり方がスマートだったぜ」
「…地獄の傀儡師、だと? まさか、おまえ…」
 そう、この時オレは初めてヤツの正体を知ったのだった。

…そして、ヤツの正体を知った時、オレはこの勝負に勝ち目がないことを悟った。
 そして青子の言っていた「自分と同じくらいか、あるいはそれ以上のマジックの使い手
の刑事や探偵が相手になったらどうなるか」ということも。
 認めたくはなかったが、これがオレの目の前で起こっている現実なのだ。

「なあ、オレからもひとつだけ聞いていいか?」
「…なんだ?」
「…いつ頃オレの変装に気が付いた」
「いや、あんたが美雪に化けてここに初めて来たときから何となく、な」
「何となく?」
「最初の頃、あんたは一度もオレの名前を呼ばなかった。本物の美雪だったら、うるさい
くらいにオレのことを『はじめちゃんはじめちゃん』って呼んでるからな。つまりこれは、
あんたは最初の頃オレの名前を知らなかった、ってことだ。名前を知らなきゃどう呼んで
いいかわからない。かと言って異性の友達をいつまでも『きみ』とか『あなた』なんて呼
ぶヤツなんて普通はいないからな。あんたもオレのことをどう呼んでいいかわからなかっ
たはずだ。…あんたがオレのことを『はじめちゃん』と呼ぶようになったのはあんたがコ
ンビニに買物に行って来てからだ。丁度オレが電話をかけただろう? その時、あんたは
ケータイの表示を見て、今自分が対峙している男が『はじめちゃん』と呼ばれていること
を知ったんだ。勿論、それはオレがケータイに細工して、メモリーの『美雪』と入ってい
る部分を『はじめちゃん』に変えておいたんだけどな」
「…そういうこともあったか…」
…本当に恐ろしいヤツだ。そう言えば眼鏡の刑事もあのオッサンも一度もオレの目の前でヤ
ツの名前を言っていなかった。
 だからオレもヤツをなんて呼んでいいのかわからなかった。あの電話が会って初めてヤ
ツを「はじめちゃん」と呼ぶことが出来たんだしな。
 友達ならばわざわざ人に聞かなくても相手を何と呼んでいいのかくらいはわかる。ヤツ
はそこまで計算に入れていたようだ。

 どうやらオレは戦うべき相手を間違えてしまったようだった。
 こうなったら残されている道はただひとつだけだ。傷口が広がらないうちにここを逃げ
出すしかない。
 とはいえ、ヤツは下手な小細工は通用しそうにない相手だし、すぐそばではあのオッサン
がいつでも狙撃できる体制にあった。
(…落ち着け、こんな状況今までに何度もあっただろう! 落ち着くんだ!)
 オレは自分にそう言い聞かせた。

 そして、オレはこの状況を突破できる唯一つの方法に気がついた。
 リスクはでかいが、正面突破だ。
 オレは腹を括ると、ヤツに向かって走り出した。
 こういう時、誰も自分の元にやってくる、なんて考えるヤツはいないからな。
 オレが思った通り、ヤツも一瞬ひるんだ。
 勿論その一瞬の隙を見逃すオレではなかった。証拠を残さないように、とヤツの右手に
握られていた特製拳銃を奪うと、ビルの外に飛び出した。
 その後はどうやって帰ったのは覚えていなかった。
 いや、一応のためにハンググライダーは用意してあったし、おそらくそれを使ったんじ
ゃないか、と思うのだが、不思議なことに、その瞬間のことは今でも思い出せないのだ。
    *
 オレは自分の部屋に戻ると、ドアを閉めた。
「…!」
 オレは思い切り壁を殴りつけた。想像以上に大きな音がした。
「…なんで…なんであんなヤツにオレが負けるんだ…」

…そしてオレの頬を涙が伝わって落ちた。

 こんな形で、あんなヤツに完敗した事が悔しかった。
 そのときのオレには屈辱感しか残っていなかった。
 恥ずかしい話だが、その夜オレは一睡も出来なかったのだった。
    *
 ただ、その屈辱感も次の日になると、少しだけ、本当にほんの少しだけだったが晴れた
気がした。
 というのも、オレが「パープルティアース」を戴いた時の宝石展の主催者だった不動美
術館の館長が密輸と密売の容疑で逮捕された、というニュースを知ったからだった。
 はっきり言ってオレは不動美術館の館長が宝石の密輸や密売をしていたなんて知らなか
った。おそらくヤツだって知らなかったかもしれない。
 形は違いこそすれ、結局は宝石を館長の手の届かない所へと持っていってしまったのだ
から、オレの今回の仕事も完全には失敗ではなかった、ということか?
 それを知ってオレは昨日感じた屈辱感が少し晴れた気がした。

…今回の事件、オレも確かに迂闊だった所があったかもしれない。
 ヤツが仕掛けたニセのデータを見破ることが出来なかったこと。
 ヤツはオレが想像していた以上に頭の切れる男だったこと。
 そして一番大事なこと――ヤツが名探偵・金田一耕助の孫と言うことを知らなかったこ
と。
 でもオレは今、ヤツ――金田一一に感謝している。
 何故ならば、金田一はオレに初めて負けることの悔しさを教えてくれたヤツだったから
な。

(THE END)



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