ボクの(おんな)に手を出すな

(エピローグ)


 英栄二の逮捕により個展が中止となり、撤去作業を進めているギャラリーの中。
 その中の責任者らしき男がギャラリーの中の職員にいろいろと指示を出している。
 と、その部屋の隅でなにやら作業をしている人物を見つけた。
「おい、君、何やってんだ?」
「いえ、別に何も」
「それならさっさと作業を終わらせろ」
    *
 と、しばらくすると、ギャラリーの前に何台の車が停まった。
 そして中から何人かの警官が降りてきた。
「ごめんください」
 その声に関係者が近寄った。
「…何の用ですか?」
「われわれは警視庁のものですが」
「警視庁の…?」
「今回の事件に関して英画伯のかかれた絵を証拠品として押収することになりましてね。
この通り令状もありますよ」
 そういうと一人の刑事が令状を見せる。
「…よろしいですね」
 そして刑事たちはてきぱきと作業を進める。

 そして警視庁の車がギャラリーを去っていった。
…と、その様子をギャラリーの隅でじっと見つめている人物がいた。
 周りは気がつかなかったが、その人物の口元がほんの少し笑っていた。
     *
 学校から帰ってきたコナンは毛利探偵事務所へ続く階段を上がっていき、探偵事務所の
上にある小五郎たちの家のドアの前に立った。
 と、ドアの前には「5時までには帰ってくる。家と事務所の鍵は閉めておくから、帰っ
たら開けておいてくれ 小五郎」と書かれたメモが貼ってあった。
「…そうか、蘭も部活でまだ帰ってきてないんだ…」
 そう呟いたコナンがポケットから合鍵を取り出そうとポケットの中を探っていたときだ
った。
「…おや?」
 そう、ドアの前に何か小包のようなものが置いてあったのだ。
 よく見るとその小包は「コナン君へ」とだけ書かれた紙に包まれてあった。
「…一体何だ?」
 コナンは首をかしげながら鍵を開け、中に入っていった。

 コナンは居間に座ると小包の紙を開いた。
「…これは!」
 そう、それはなんとあの英栄二が描いた「スポーツシリーズ」の「空手」と題した蘭が
モデルの絵だったのだ。
「何でこんなものが…」
 と、その絵から封筒が落ちた。
 コナンはその封筒を拾い上げると封筒を開き、便箋を取り出した。
「…これは…」
 その内容を一目見たコナンは驚きを隠せなかった。

「小さな名探偵、江戸川コナン君へ

 なぜこの絵が君のところに届けられたか、驚いているでしょうね。
 そう、これは私が狙おうとした英画伯が描いた絵で、それがなんで君のところへ来たの
か、もしかしたら私が絵を盗んで君に送り届けたのではないか、と思っているのかもしれ
ないからね。
 心配しなくていいのよ。これは私がある画家に頼んで精巧に作らせた模写なのよ。私が
頼んだ画家の腕も相当なもので、私も一瞬どちらが本物の絵か見分けがつかなかったくら
いだから。
 何でそんなものを私が作らせたか、おそらく察しのいい君ならわかったかもしれない。
 そう、私はあの絵を盗んだ後にこの精巧な模写とすり替えておくつもりだったの。そし
て私はもうひとつの目標、そう、この絵のモデルとなった蘭さんを誘拐するつもりだった
…。
 なぜ、私は蘭さんを狙ったのか? 別に蘭さんを誘拐して身代金を奪おう、とかそうい
うことは考えていなかった。ただ、私の側に置いておきたかっただけだったの。

 でも、君のおかげで私の仕事は失敗した。
 私が蘭さんを自分のものにしたい、という気持ちより、君の命を賭けてまで蘭さんを思
う気持ちのほうが強かった。
 そう、私は君の蘭さんを思う気持ちまでは盗むことができなかった。本当に君は小さい
のによくやるわね。私は君のその勇気に感心した。
 だから今回、私は負けを認める。私に勝った記念にその絵を君に進呈するわ。

 ただ、これだけは覚えておいてちょうだい。
 もしまた今度君と会ったとしても、今度はこうはいかない。私だって怪盗紳士としての
プライドがあるもの。
 だから君も今回勝ったから次も勝つ、なんて絶対に思わないでほしい。
 
 また会える日を楽しみにしてるわ。
 
 怪盗紳士こと醍醐真紀」
 
 手紙を読み終えた後、コナンはしばらく黙っていた。
「…オレだってたまたま勝つことができただけさ」
 そう、彼自身、勝ったとはいえ、怪盗紳士を捕らえることができなかったため、決して
喜べはしなかったのだった。
 そして、もし再び相まみえたとき、果たして今度も勝つことができるか、そう考えてい
たのだ。

「…それにしても、この絵、模写にしてはよく出来てるぜ…」
 コナンはその絵をまじまじと眺める。
「…何だか、本当に英栄二が描いたとしか思えねーよな…」
 そう、あまり芸術に詳しくはないコナンだが、模写にしてはあまりにもよくできている
ような気がしたのだ。

 と、そのときだった。
(…まさか!)
 コナンは「ある可能性」に気がついた。
「…まさか、そんなバカなことはねーよな。オレの考えすぎだよ」
    *
 警視庁。
「…英画伯」
 留置場に目暮軽侮がやってきた。
「何の用ですか?」
「先ほど、押収した君の絵が警視庁に届けられてきてね。ちょっと君に確認してほしいん
じゃ」

 そして英栄二が取調室に連れてこられた。
「…とりあえず、ちゃんと全部あるかどうか確認してほしい」
 そういうと目暮警部と数人の刑事の立会いの下、英栄二が絵を一枚一枚確認していく。
 と、
「…これは?」
 ある一枚の絵を見た英栄二の目が止まった。
「…? どうしたのかね?」
 目暮警部が聞くが、
「い、いえ。その…、何でもありません」
 そして英栄二はもう一度その絵を見る。
(…これは、よく出来ているけど、精巧に出来た模写じゃないか。いったい誰が…? ま
さか、本物の怪盗紳士が…。くっ、やられたか!)
 おそらくこのことを刑事に話しても信用してくれまい。もし信用したとしても相手はこ
れまでにも何度も美術品を盗んできた怪盗紳士である。おそらく怪盗紳士が捕らえられ、
自分の元に絵が戻ってくる可能性はゼロに近いだろう。
 英栄二は怪盗紳士の手際に歯軋りをするだけだった。
    *
 都内の人目のつかないある場所。
 一人の女が椅子に座って物思いにふけっていた。
(…あの絵を見てあの子もびっくりしているでしょうね)
 そう、女が思っていたのは今回自分が盗もうとして、結局盗むことが出来なかった「あ
の絵」のことだった。
(まさか彼もあの絵が「本物」だとは思っていないでしょうね。あの子にはそういうこと
にしておいたし、実際に模写は作ったんだし…。まあ、英栄二だったらあの絵を模写だっ
て見破れるかもしれないわね。もしかしたら私が盗んだ、って思っているかもしれない)

 そう、女はギャラリーの作業員に変装をして作業をしている隙を狙って、英栄二の描い
た「あの絵」を精巧に作った模写にすり替えておいたのだった。
 自分が盗んでコレクションにするためではなかった。今回、自分の前に立ちふさがり、
自分の犯行を阻止した「あの少年」に敬意を表して絵を譲り渡すためだったのだ。
 正直言って自分のものに出来なかった悔しさがない、と言ったら嘘になる。しかし、自
分よりも英栄二よりも「あの少年」のほうが絵を持つのにふさわしいのではないか、そう
いう考えがあったのだ。
 そして女の計算が正しければ模写は英栄二の手に、本物は「あの少年」の手に今頃渡っ
ているはずである。

(…でも彼のことだから、もしかしたら自分の持っている絵が「本物」だって思ったかも
しれない。そうしたら、彼はどうするかしら? 警察にでも届けるのかしら? でもそう
したら、今度こそ私はあの絵を貰いに行くわ。そのときの対決が楽しみね。小さな名探偵、
コナン君)

(終わり)


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