ウェスタンショー殺人事件



「皆様、間もなくバスはワイルド・ウェスト・ワールドに到着いたします。お降りの際に
は足元にお気をつけてお忘れ物のないようにお願いします」
 バスガイドの声がする。

 10月中旬のある土曜日のこと。米花町内会の行事として「日光1泊2日紅葉狩りの旅」
が行なわれた。
 町内会の面々は観光バスに乗って朝早くに東京を出発し、東北自動車道を北上。そして
栃木県に到着した、というわけである。
 今日はこの後に東武ワールドスクウェアを見物し、ホテルで一泊。翌日に中禅寺湖と華
厳の滝を見物し、東照宮を見て東京に帰る、と言うスケジュールが組まれた。
   *
「それでは1時半に集合ですので遅れないでくださいね」
「わかってますよ」
 バスガイドに見送られて毛利小五郎が言う。
 そして町内会長から3人分の入場券(勿論これは小五郎と娘の蘭、そしてコナンの分で
ある)を受け取ると中に入っていった。

「…ふーん、なるほどね」
 中に入ってコナンが呟いた。
「ワイルド・ウェスト」の名の通り、ここは西部開拓時代のアメリカ西部を再現したテー
マパークとなっているのだ。
 コナンたちが貰ったチラシによると、馬に試乗することが出来たり、かつてハワイで砂
糖キビ列車を牽引していたSLに乗ることが出来たりするらしい。

「…あ、お父さん、コナン君」
「何、蘭ねーちゃん?」
「10時からウェスタンショーが始まるんだって」
「ウェスタンショー?」
「そ、折角だから見てみようよ」
   *
 ウェスタンショーが行なわれる場所というのは西部の町を再現してオープンセットが組
まれており、その一方でひな壇が組まれており、そこに観客が座るようになっていた。
 ショーが始まる5分ほど前になると、少しずつではあるが観客がやってきた。
 観客席は6〜7割の入りだろうか。
 一番前の観客席の片隅にコナンたち3人が座っていた。
   *
 10時半を少し過ぎた頃、何の予告もなくいきなりショーが始まった。
 内容としては、まあよくある保安官と悪人の対決なのであるが、悪人が馬に乗って登場
してくる場面はさすがにウェスタンショーの名にふさわしくサマになっている。
…のだがその悪人たち、所々でアドリブの台詞を言うようで、例えば悪人達の前を一組の
親子が通り過ぎたのを見ては、
「…おい、そこ! 人がショーやってる時に素通りすんじゃねーよ!」
 観客席の中にアイスを食べている観客を見つけては、
「おまえ! 人がショーやってる時にアイス食ってんじゃねーよ!」
 そういうことを言うものだから、時々笑い声が場内に起きるのだ。
(…オイオイ、コイツらコントやってんのか?)
 コナンは思った。
   *
 さて肝心のショーの方は、というと…、
「…それより相棒! 観客の中から金を貰って来い!」
「了解!」
 そう言うと相棒役の男は観客席に銃を向けた。
「…おらおら、手を上げろ! みんなでやれば恥ずかしくねーだろ!」
 またまた笑いが起こる場内。
(…いい加減にしろよな…)
 コナンはそんな二人を冷めた目で見ていた。

「…なんだよ、これだけかよ」
 悪人役の男が相棒の持ってきた金を見て言う。
「おまえ、300円って子供がお駄賃貰ってんじゃねえんだぞ! …もういい、こん中か
ら一人女を連れて来い!」
 そして相棒役の男は観客席を見回す。…と、
「…おい、そこのねーちゃん」
 相棒役の男が蘭に拳銃を向けた。
「え? 私?」
 蘭は自分を指した。
「そう、あんた立てよ!」
 そう言われると蘭は立ち上がった。
 どうやら強盗役の二人は蘭を人質役に選んだらしい。
「…蘭ねーちゃん。これはあくまでもショーなんだからね」
 コナンが蘭にささやく。こうでも言わないと蘭は相手を空手で叩きのめしかねない。
「…わかってるわよ」
「おい、何くっちゃべってんだよ!」
 そして強盗役の二人は蘭を立たせた。
「…おい、このねーちゃんを連れて行くぞ。じゃあな!」
 そして蘭はセットの裏に消えていった。
    *
 それからすぐに保安官役の男とその助手らしい男がセットにやってきた。
「おい、助手、ヤツは何処へ消えた?」
「はい、女の子一人さらって、あの中へ…」
「なんだと?」
 そして保安官と助手は中へ入っていった。

「お嬢さん、もう大丈夫ですよ」
 程なく保安官と助手に連れられ蘭が席に戻った。
 なぜか蘭の右手にはコーヒーカップが握られている(後で蘭に聞いたところによるとシ
ョーに参加したお土産として貰ったらしい)。
 その時、助手の持っている拳銃が地面に落ち、蘭の足元に転がってきた。
「あ、落ちましたよ」
 蘭が拾って渡した。
「あ、どうも済みません」
 あわてて助手役の男が受け取る。
    *
 そんなこんなでショーは進み、最大のクライマックス、保安官と悪人のアクションシー
ンとなった。

「あ、待てこの野郎!」
 助手役の男が相棒役の男に向けて発砲した。拳銃の先から火花が散る。
 が、勿論相手が傷つくわけでもなく、相棒役の男はセットの中に消えていく。
 程なく保安官がセットの右側から出てきた。
「おい、ヤツは何処へ行った!」
 保安官が助手に聞いた
「そういえばこの中に入っていきましたよ!」
「よし、追いかけろ!」
 そしてセットの中に入っていく二人。

 程なく悪人がセットから出てきた。
 相棒役の男が地面に転がり落ちて来た。
 そして立ち上がると保安官に銃を向けた。
 が、それより早く保安官の拳銃が2発火を噴き、相棒役の男が倒れる。
 と、もう一人の悪人が建物の屋上に昇り、保安官を狙っていた。
 保安官は悪人に向かって銃を向け発砲した。
…が、ぷすっ、という音がして火花が出なかった。
 2回、3回と繰り返すものの、火花は出ない。
「オイオイ、どうしたんだよ?」
 屋上の悪人役の男が言う。
「おい、助手! おまえの銃を貸せ!」
 おそらくその場のアドリブで言ったのだろうが、保安官役の男が言う。
 そういわれて助手の男が拳銃を渡した。
 そして保安官は屋上に狙いを定めて発砲をした。
 乾いた銃声が響き悪人の体から血が流れ出た。
 そして、建物の上からまっさかさまに落ちる。
 勿論下には見えないところにマットが敷いてあり、身の安全は確保されているのだが。
 保安官が拳銃をくるりと回すとホルスターに納める。
 観客が拍手をした。
   *
 と、ここで助手役の男がマイクを取った。
「…ということで第1部終了です。第2部はね、ガンマンたちの華麗なるショーを見てい
ただきたいと思いま…」
「…おい、ちょっと来い!」
 相棒役の男が助手役の男を呼んだ。
「…どうしました?」
 見ると既にショーは終わっている、と言うのに悪人の親分役の男がいつまで立っても起
き上がらないのだ。
 助手役の男も慌てて駆け寄る。
「…おい、しっかりしろ! おい!」
 保安官役の男が揺り動かす。
「…ひっ、し…死んでる!」
「なんだって!」
 場内がざわめきだした。
 助手役の男が観客に向かって、
「み、皆さん、そのまま! しばらくそのままでお待ちください!」
    *
 程なく連絡を受けた栃木県警の刑事たちが現場に到着し、現場検証が始まった。
 会場に残っていた観客達は刑事たちの誘導で、一ケ所に集められ、住所と名前を聞かさ
れて会場を出て行ったのだが、小五郎たちはそのまま会場に残っていた。

「…となると、被害者は?」
「はい、なにやら銃で打たれたようですね」
「銃ですか?」
 小五郎が言う。
 と、刑事たちの中の一人が小五郎に気づいたようで、
「…あなたは?」
「…私は毛利小五郎です。東京で探偵をやってるんですよ」
「…もしかして、あの毛利さんですか? いや、お噂はかねがね聞いておりますよ。毛利
さん、宜しければ捜査にご協力お願いできますか?」
「まあ、それは喜んで」

 程なく、警察の調べで殺された者はここに勤めている職員の一人で西岡達人、という名
前なのが程なくわかった。
 他の3人も名前を聞いたところ、保安官役をやっていたのは藤田義明、その助手役は北
村浩、悪人の相棒役の男は横井直道、というのもわかった。

「…となると、その藤田さんの撃った拳銃が西岡さんに命中してしまい、誤って西岡さん
を殺害してしまった、ということになりますね」
 栃木県警の刑事が小五郎に言う。
「そう言うことになりますな。でもいくらなんでもここは日本ですよ。そう簡単に普通の
拳銃なんか使えるはずは…」
 小五郎が言いかけると、
「…そういえば、凶器の件なんですがね」
 と、他の刑事が言った。
「どうなんだ?」
「…ガイシャを殺した銃を見たんですが…、どうやら改造拳銃のようですね」
「改造拳銃だと?」
「はい。おそらくショーの小道具として使われている拳銃を実弾が発射できるように改造
したのではないかと」
「…となると、誰かが小道具に使う拳銃を改造した、ということになりますな」
「そういうことになりますね」
「あの、刑事さん」
 横井直道が言った。
「…何だね?」
「いえ、ウチではこういった小道具は管理は厳重にしてるから勝手に誰かが持ち出す、と
いうわけには行かないんですよ。それに小道具のメンテナンスはその担当がいますし」
「…その担当を呼んで来てくれないか?」
「はい」

 やがて、このワイルド・ウェスト・ワールドの小道具担当だという木村直喜という男が
呼ばれた。
 手に皮手袋をしていた。何でも今の今まで他の小道具の点検をしていたらしい。

 彼の話によると、ここ数日の間小道具がなくなったという話は聞いてない、とのことだ
った。
「ただ…」
「ただ?」
「これを見てもらうとわかるんですけど…」
 と彼は4丁の拳銃を見せた。
 見るとその拳銃は全く同じ形をしていた。
「…全く同じ形をしてるじゃないか」
「はい、ウチは1日にショーを4回やりますからね。何かあったらの為に予備を含めて同
じ形の拳銃を何丁か用意してるんです。その方が何かと便利ですからね。部品も同じのが
使えるし。ですから、これは全員共通の小道具で誰がどれを使うか、というのは決まって
ないんですよ。ただ…」
「ただ?」
「さっきも言いましたけど、1日4回でしょう? 聞いた話ですけどさっきのショーで藤
田さんの拳銃が2発火花が出なかった、と言いましたよね? ああいうこともたまにある
から、よく部品交換はやるんですよ。ですから…」
「ですから何だ?」
「その部品を集めて改造拳銃を作るのはひょっとしたら可能かもしれませんね。ウチのス
タッフは私だけじゃなくそっちの方の知識持ってるのが多いですからね。藤田さんや西岡
さんなんか小道具のメンテナンスは自分でやったくらいですから」
「となると、この中にいる誰もが拳銃を改造するくらいのことは出来る、と言うことです
な」
「そういうことになりますね」
    *
「警部。今連絡があったのですが…」
 一人の鑑識課員が駆け寄ってきた。
「…何かわかったことはないのか?」
「…はい、一応指紋は見てみたんですが、ここにいる4人以外の指紋は発見されなかった
んですよ」
「4人の指紋?」
「ええ。しかも全員の持っていた拳銃から全員分の指紋が出てるんですよ」
「ということは…。あんたの言ってることは正しかったことになるな」
 刑事が木村に言った。

 今までの話を聞いてコナンは考えていた。
(…待てよ? アレはどうしたんだ?)
 コナンは一つ気にかかる部分があったに気づいた。
(…そうか、だとしたら、犯人はあの人だ!)
 そしてコナンは時計型麻酔銃を小五郎に向けた。
   *
「…どうします? このままではどうにもならないし…」
「…そうだな、いったん署に戻ってだな…」

「…ちょっと待ってください」
 いきなり小五郎の声がした。
「毛利さん、どうしたんですか?」
「ようやくわかったんですよ、この事件の真相が」
「わかった?」
「はい。やはり犯人は改造拳銃を使い、あのショーを利用して西岡さんを射殺したんです
よ」
「じゃあ毛利さん…」
「そうですよ、犯人はこの中にいるんですよ!」
「何ですって?」
「…そこにいる木村さんが仰ってましたが、ここにいる皆さんは改造拳銃を作れるくらい
の知識もある、と言っていましたね。拳銃のメンテナンスを自分でやる人もいるそうです
から。犯人は前もって自分がショーで使う形と同じ形の改造拳銃をあらかじめ作って準備
しておいたんですよ。ショーではまるっきり同じ形の拳銃を使っているから、前もって同
じ形の改造拳銃を用意するのは可能でしょう」
「でも毛利さん、あのショーでは何発も撃つ場面があるし、他の人物に向かって場面もあ
るんですよ。藤田さんだって西岡さんを射殺する場面の前で2発撃ってるし…」
「そうですよ。最初から実弾入りの改造拳銃を持っていたら危ないですからね。犯人はあ
る場面で自分の持っている拳銃と改造拳銃を取り替えたんですよ」
「取り替えた?」
「そんなことが出来るのはこの中に一人しかいません。…そう、犯人は北村さん、あんた
ですよ」

「…ちょっと待ってくださいよ、毛利さん! 私が犯人だとしたら証拠はあるんですか?」
 北村が小五郎に聞いた。
「北村さん。クライマックスで藤田さんが西岡さんを撃とうとしたとき、助手役であるあ
なたにこう言ったんでしょ? 『おい、拳銃を貸せ』ってね。おそらくアレはアドリブだ
ったんでしょう。勿論北村さんは前もって藤田さんの拳銃に細工を施して撃てないように
した。そうすれば藤田さんはそのようなアドリブをする、と計算してね。そして、途中で
すりかえた改造拳銃を渡す。ショーの進行はいつも同じものですから3発目で藤田さんが
西岡さんを撃つのはわかってるから、あらかじめ最初の2発に空砲を仕込んで、3発目に
実弾を発射するように準備しておく…。後はこんな所でしょう。あなたはまず小道具の拳
銃を持ってショーに出る。そしてガンファイトの場面になって、相棒役の横井さんに向け
て発砲したあと、藤田さんと共にセットの中に入った。そこで小道具の拳銃と前もって用
意しておいた改造拳銃をすりかえておいた。そして改造拳銃を持って改めて表に出てくる。
そして藤田さんが拳銃をよこせ、というのを待って改造拳銃を渡したんじゃないですか?
後は北村さんの計算どおり、藤田さんは西岡さんを射殺する…」
「…ちょっと待ってくださいよ、毛利さん。確かにあの場面で私は藤田さんに拳銃を渡し
ましたよ。だからって犯人扱いされるのは困るなあ。さっきも言いましたけど。証拠があ
って言ってるんですか? それにその前に私も1発撃ってるんですよ。もしそれが毛利さ
んの言う改造拳銃だったら横井君の身に何かあってもおかしくないでしょう?」
「…それがあるんですよ。あんたが藤田さんに渡した拳銃にはあるはずのものがなかった
んですからね」
「あるはずのもの?」
「指紋ですよ」
「指紋? …指紋だったらみんなの指紋があるじゃないですか」
「確かにそれはありますがね、もう一つなければいけないものがあるんですよ」
「なければいけないもの?」
「蘭の指紋ですよ」
「…私の?」
 蘭が素っ頓狂な声を上げる。
「…我々はショーを見てたんですがね、あのショーで蘭が西岡さんたちにさらわれてしま
ったんですよ。そして保安官――つまり藤田さん達に解放されたことになって戻ってきた
…。その時、おそらくハプニングでしょうが、北村さんの腰にしていた拳銃が落ちてしま
ったんですよ。それを蘭が拾って、北村さんに渡した…。しかし藤田さんが西岡さんを撃
ってしまった拳銃には藤田さんと北村さんの指紋しかないし、北村さんが持っている拳銃
も二人の指紋しかない。つまりこれは、北村さんが途中で拳銃をすりかえた、ということ
になるんですよ」
   *
 北村を警察に引き渡した後、コナンたちは予定通り東武ワールドスクウェアに向かって
いた。
「…それにしてもあの人たち、絶妙のチームワークだと思ってたのに、仲が悪かったなん
てね…」
 蘭が言う。
「…仕事は仕事、プライベートはプライベートだからな。特にあの殺された西岡ってヤツ
と犯人の北村の仲は最悪でお互い話すらしなかった、って言うからな」
 小五郎が言う。
「それが原因でいつの間にか北村さんが西岡さんに対して殺意を抱くまでになっちゃった
のね」
「まあ、結局西岡を撃っちまった藤田も西岡に対してちょっと気に入らなかった所があっ
たらしいし…」
「じゃあ、もしかしたら藤田さんが…」
「そういうことになるな」
 不意に蘭がコナンの方を向いた。
「…コナン君、友達と仲良くやらなきゃダメよ」
「わかってるよ」
(…ハハハ、アイツらとどーやったら喧嘩できるんだ?)
 コナンは元太達の顔を思い出していた。

(終わり)


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