土も花も水も空気もこの肌も。
全部は同じ原子から出来ているのだと聞いたとき、なら伸ばした指先の先端を為す原子と指先を包む大気を為す原子のその境はちゃんとあるのだろうか? どちらも同じものならば指先と空気は混じり合い、溶け出しているのではないかと思った。
それは甘い想像だった。決して慄くものではない、密かに胸を高鳴らせるような。
結局その疑問は誰にぶつけるわけでもなく、いくら眺めても宙に消えてはいかない指に、きっと何か知らない作用でもってそんなことになりはしないのだろうと結論付けた。
それでも幻想は地下水脈の如く、ずっとあかねの中をひたひたと走り続けていた。
だから。夜気に晒された身体の輪郭を執拗にまさぐる指や腕や胸や腰や。
それらがもたらす絶え間ない感触に、あかねは曲線で構成された自身の肢体を更にうねらせ捩じらせながら、溶けていく溶け出してしまう、と吐息を漏らす。
事実、随分前から目尻や口の端からは流れた跡が幾筋も光り、一際高い粘性を帯びたそれが溢れる下肢はぐずぐずで、ゆるゆると自身の生み出す水溜りに浸されていく氷を思わせた。
しかしそんな冷たい欠片とは反対に、あかねは熱を帯びている。そして頼久の指に絡まる液体は尽きることを知らず、捏ねくり差し入れ掻き出される動きに伴ってヒチャヒチャと卑猥な音を立てる。
絶え絶えに浅い呼吸を繰り返しながらも無意識にあかねの腰は泳ぐが、決して逃れようとした仕草ではない。熟知する頼久は、浅ましい律動をそのまま自由にさせている。
二人とも既に羞恥の処理回路を封鎖している。
「何を、考えて…?」
捩じ込まれた囁きは返答を待たずに一緒に舌まで捩じ込まれ、あかねは狂ったように頭を振った。勢いで瞑った目から涙がまた散った。
「目を開けて。口も。全部開いて見せて」
あかねの全てを支配する声に従い、そろそろと瞼を上げると、穿つように昏く光る瞳とぶつかる。
更に言われたとおり、口元を緩めてちらりと舌を出せば頼久はうっそりと笑み、彼もまたわざとゆっくり舌をだしてからあかねのそれと絡ませ一気に吸い上げた。
唾液が再びあかねの顎を伝うのと同時に、左手が双丘を乱暴に揉みしだき、大きな爪が頂を弾く。一際大きな声をあげてあかねの四肢は跳ね上がり、頼久の腕がそれを逃すことなくうつ伏せにさせた。
背中に圧し掛かる重みすら、あられもない声をあげさせる刺激でしかない。
今、この部屋を支配するのはそういう力学。
あかねの身体は重力から解き放たれてさえいて、仰向けられ裏返され起き上がり押さえつけられ、それは頼久の逞しい腕一本で好いように操られているのだ。あかねの力はその腕に肩に縋りつくだけにしか作用することを許されない。
声さえ、うなじを吸われ胸を揉みしだかれ秘所を攻め立てられ、有らん限りに叫び声を上げているのに、それらは全て口腔で空気に触れ、あられもない嬌声へと化学変化を起こす。
そういう理の世界。
溶ける。溶けてしまう。そんな感覚はもう死んでしまうと思うほどなのに果てなく続き、どうして溶かしてくれないのだろうと涙が零れる。
いっそ溶かして欲しい。いっそ殺して欲しい。
「より、ひ、さ…さん」
これほど絡み合い混ざり合い貪り合い、なのにどうして二人は溶けずにいるのだろう。
「何? どう…したい?」
けれどあかねが本当にして欲しいのは溶かされることでも、ましてや殺されることでもなかったから、ひたすらに頼久の名を呼び続けた。
「何て、顔を」
微かに舌打ちした頼久は乱暴にあかねの身体を引き起こし、折れるほどに抱きしめ。あかねはその背中に爪を立てて、縋りつきながらも「頼久さん」と繰り返す。
どんなに擦り合わせても掻き回しても舐めても吸っても。
決して溶け合い混ざり合ってひとつになることのない相手の名を。
こんなに愛しいのにどうして一つになれないのか。
こんなに欲していて、どうして私の中に混ぜ込めないのか。肌を重ねるたびにその想いは強さを増して飢餓となり。
けれどその一方で、決してそうにはならないことに死ぬほど安堵している。
快楽の頂点で溶け合いたいと、一つになってしまいたいと思うけれど、そうなってしまえばそこに残るのはたった一人であり、肌を合わせ欲望を分け合う者はもうどこにもいないのだ。
これほどまでに乞い焦がれる存在は。
だから二人は原子が解かれることない肌と肌を合わせて、夜毎に汗と涙と唾液と体液を交換し合い、互いの満たされない渇望を確認しあう。
決して溶け合うことのない、どうしようもない絶望と幸福を。
「目を。見せて。名前を、もっと」
耳に流し込まれた睦言に思考を譲り渡して、あかねは自分を隅々まで暴き出す者の名前を連呼した。頼久は、その小さな身体を苦も無く持ち上げて向かい合わせのまま、自分の胡坐をかいた上へ導いた。
あかねは一気に刺し貫かれる衝撃に新たな涙を零す。そして自分たちは互いが塵になり原子に還って混ざり合うまではこうやって夜を過ごすのだと、その長さと短さを思う。
そうやって流された涙を頼久は舐め取った。
喉を通っていったその雫は、こうやって夜毎その量を増し、やがて頼久の中にもあかねと同じ地下水脈を生み出して流れ出すに違いない。
それをまた二人でこうして啜り合えば、あかねのそれも深さを増し、二人の身体の中に一つの同じ河が滔々と流れ始めるのだ。
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