〜SANAGI(蛹)〜
「これで2ダウン奪取か・・・・」西岡は観客席でそう呟いた、彼女が見つめるリング上ではうつ伏せになって蠢く対戦相手と
息も荒く見下ろす優香が立っていた。顔には幾つかの紫色の痣が点々と染み付いていて真っ赤な血が滲んでいる。
「あのバカ・・・余計なパンチを貰い過ぎだよ・・・あの程度のパンチなら普通見切れるだろうに・・・」西岡が呆れたように溜息をつく。
前半の1、2ラウンドで優香は相手の攻撃を幾つも喰らっていた、それもガード可能なものばかりを、である。
優香自身も所々クリーンヒットは打ち込んでいるものの遥かに貰ったパンチの方が多かった。
幸いにもダウンはしてないので仮に判定にもつれ込んだとしても取りあえずは有利なのだが・・・・
それでも西岡やマリア達に言わせてみれば「何でそんなに試合運びが下手なんだコイツ」というレベルである。
毎度の事だが西岡自身どうしてコイツにアタシは負けたんだろうと疑問に思っていた。
「1・・・2・・・・3・・・・4・・・・」レフェリーが倒れ伏してる対戦相手にカウントを取り始めた、優香自身はホッと安堵の息を「ふぅ・・」とつき
ニュートラルコーナーに寄りかかった、「ま、これで相手が立たなければこれでも上出来かな・・・」西岡がそう思った時
再びムクゥと相手が起き上がって来た、カウントは6で止まった。「・・・やっぱり最後の一撃が甘かったからかな・・・」
「ボックス!」レフェリーの号令で再度試合が展開する、相手は猛然と優香に密着戦を挑みボディーを攻めたてる。
優香はそれをかわす事が出来ず必死にボディーをガードしつつジリジリと後方に下がっていく。
「アホかアイツ!そんな攻撃ぐらい避けろっての!」思わず西岡が叫んだ、優香は相手のなすがまま防戦一方な展開。
ズドォ!とガードしてる腕目掛けて相手が思い切りストレートを放ち優香の身体をガードごと後方に吹き飛ばす。
「あうっ!」とバランスを崩し倒れそうになるが辛うじてロープに引っかかりダウンは免れる。「アイツ、ステップバックとか知らんのか・・」
西岡はいよいよ持って呆れると同時に防御手段の一つもままならぬ優香に負けた自分がひどく情けなくなってきた。
相手はチャンスとばかりにロープで痺れる腕を痛々しそうに押さえる優香に腕を振りかぶって突進する。
「これで終わりかな・・・・優香」西岡がそう呟いた時だ、ドゴォッ!と相手の身体が思い切り九の字に曲がった。
優香がカウンターのボディーを放ったからである。本来のパンチ力に加えて相手の突進力で威力はかなりのものだった。
「ぐお・・・ぉ・・」相手がフラフラと後ずさりをすると同時に優香のフックが相手の顔面を強襲、追い討ちでダメ−ジを与える。
「うりゃっ!」続けて反対側から反動を付けたフックを重ねてお見舞いし相手を振り子のように揺らす。
「・・・・・アイツは蛹なんだか蝶なんだか・・・・・」思わず西岡がそう言った、あの時の試合もたしかこんな感じだったか・・・
明らかに自分が有利だった試合だったのにまさかのKO負け、確かあの時の優香もこんな感じだったな、とにかくつかみ所が無い。
アイツは本当は強いのか弱いのかよくは分からないが只一つ分かってる事は自分より未知数な「何か」を持っているという事だ。
「おおぉっ!」リング上の優香は勢いにまかせ止めの一撃を相手に喰らわせようとしていた、
しかしその時、相手の右グローブがギュッと握り締められる。「・・・・!カウンターか!避けろ優香ァ!」西岡が叫んだ。
だが次の瞬間、大きく振り上げられた相手のパンチが優香の頬をえぐった。
バキィッ!!相手のパンチが見事にクリーンヒットし優香の口から血と唾液の飛沫が噴出しマウスピースが飛び出す。
「・・・・やっぱ喰らったか( ̄− ̄;)」西岡は少し予想していた展開が見事に当たった為思わず肩を下ろす。
優香はそのまま白目を向きドタァ!と大の字にマットに倒れる。レフェリーが屈みこんで様子を見るが
すぐさま手を交差し試合終了のゴングが辺りに鳴り響く、完全に気絶してしまったらしい。
「ふう・・・・」すっかり脱力した西岡が席を立ち出口に向かって歩き始める。ふと、後ろをくるりと見て呟く
「ま、まだ立派なイナズマンになるには当分先って訳かな・・・・あのサナギマンは」
リング上で倒れてる優香を横目でみながらクスリと西岡が微笑を浮かべそのまま出口へと向かって行った。