百物語 


 The END 


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 駅前ビルの6階の名画座の前で、ずーっと立って待っていた。
 1時間も経ってしまうと、もう来ないんだなあ、というのがじわりと身に染
みて来る。それでも何かの間違いかもしれないと、家に電話してみた。
 「明人さんはおいでですか?」
 「朝から出かけて、いませんよ」
 仕方がないので映画館にはいって、2人組が一世一代の詐欺を試みたあげく、
最後に撃たれる、という劇を途中から見た。面白かった。最後に主人公がむっ
くり起きあがって、にやりと笑うのだもの。
 外に出るのが恐くて、もう一度最初から見た。涙が出てくる。あたしたちは
どこが間違っていたんだろう。


 最初はあたしが断った。あたしはそのころ、他の男とつき合っていたから。
明人はあたしの2年ごしの片思いの相手だった。だからいったん断ったあとで
3日悩んで、自分から電話した。
 「今つきあっている人とは別れます」
 「そうか、じゃデートしようか」
 最初に出かけたのは岐阜の金華山。ここは斉藤道三の居城跡だそうだ。ああ、
ここが濃姫のいたところかと思った。金華山は平野のなかにむっくり起きあが
った丘で、天然記念物のギフチョウの生息地だそうだ。子どもの頃よく蝶をと
りに来たんだよと、明人が教えてくれた。茶店で豆腐田楽を食べた。二股に分
かれた竹の櫛に刺された豆腐に味噌をつけて焼いた素朴なものだ。
 帰りは市電に乗って岐阜駅へ出てそこで別れた。

 それが一番はじめのデート。


 あたしから何度か電話して駅前で落ち合って喫茶店へ行った。話がつきると
駅前の地下のジャズ喫茶へ行った。ジャズ喫茶は明人に連れられていったのが
初めて。彼はこういう音楽が好きなのだなあと思いながら聞いていた。薄暗い
店内のソファーに並んで座っていると、明人の手が私の手を握りしめる。

 あたしは、ただ、大人のムードに酔いたいだけだったのかもしれない。


 何度めかのデートで、明人がささやいた。
 「きょうは帰らなくてもいい?」
 「ええ」あたしはうなずいた。
 店を出て、タクシーを拾いホテルへ行った。はじめてのホテルは、入り口を
入るのさえ恥ずかしい。顔を伏せるようにして明人の後ろをついていった。
ホテルの受け付けは従業員が一人いて、キーをくれるだけだった。
 エレベータで4階に上がる。
 明かりが煌々としている部屋にはいるまもなく、明人は手慣れたように私に
キスをし、ブラウスのボタンを外しにかかった。
 「ちょ、ちょっと待って、明かりを消して」
 「いいじゃないか」
 そのまま手をゆるめずに、明人はあたしの胸をまさぐり、強く唇を吸い、あ
たしの頭は真っ白になって、ベットに倒れ込む。
 ベットに仰向けになると、鏡ばりの天井にあたしの体が足が顔が写っている。
無理矢理抱かれているあたし。だんだん頭が冴え冴えとしてきて、あたしの体
は冷たくなっていく。
 「あっ、痛い。お願いだからそうっとして」
 「大丈夫、大丈夫」
 そういいながらもあたしの中にむりやり入ってくる。どこまでいったらおし
まいになるのかなあ。そんな事を考えていた。
 「よかったよ」
 そうっとあたしの髪をなでる明人。
 「シャワーしてくる」あたしを置き去りにする明人。
 あたしは毛布にくるまって、天井を見上げていた。


 それからは、会う度にホテルへ行った。
 何度会っても同じだった。
 何度めかのデートのとき「今日はもう帰る」と明人を置き去りにして帰った。


 一ヶ月たった。明人からは電話がかかってこない。そういえば、あたしの方
からばかり電話していたと、はじめて気がついた。
 じーっと我慢して待っているのはつらい。電話をくれたら、何があっても喜
んで出ていくのになあ。ホテルに誘われても断らない。じりじり待っている。

 大学の構内でときどき明人をみかける。いつも友人たちと一緒に楽しそうだ。
あたしは一人ぼっちでとぼとぼ歩いていく。明人はあたしとすれ違っても気づ
かない様子だ。無視しているのかもしれない。


 二カ月ぶりに電話をしてみた。
 「映画を見にいかない?」
 明人からの返事はオーケーだった。でも、それはあたしの気のせいで、婉曲
に断られたのかもしれない。あたしはただ普通のデートがしたかった。最後の
楽しい思い出というのはとても大切だと思う。あたしの恋に未来がないのなら。
いつもよりめかし込んで出かけた。

 これで最後だ。

 待ちくたびれた映画館のスクリーンには、テーマソングが鳴っていた。
 タタンタタンタ、タンタン、タララ、ラーラララララー
 タタンタタンタ、タンタン、タララ、ラーラララララー

 The END

 明かりがついた。

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樹影にて
Arase Haruka (C)1999