特別な先輩・特別な後輩







青春学園には中等部の上に高等部が存在する。
外部の高校への進学を希望する一部の学生を除いて、大半の学生はそのまま高等部に進学する為、高等部へ進学した後も中等部と高等部は何かと行き来があり、お互い色々と関わる事が多い。
そんな高等部から青学男子テニス部に、ある日一人の訪問者が訪れた。


「ちわ~っス!手塚居る~~?」


どこかのんびりした声に、練習中の数人の部員達が振り返る。

先輩?!!」

振り返った部員の内、いち早く菊丸がその声の主を認めて声をあげた。

「よー英二!お久~元気してたかー?」
「にゃんで先輩がこんな所に居るのさ?!」

突然の訪問者の姿に驚き駆け寄ってくる菊丸に、片手をあげて応えると、と呼ばれた少年はにっこりと笑顔を浮かべた。


「桃先輩、あれ誰っスか?」
「ああ、去年うちを卒業した先輩だ。今は高等部だな。」
「大きい人だね?」
「ああ、去年はウチの部で先輩より大きいのは乾先輩位だったからな。」
「へえ~…。」
「ちょっと行ってみるか?」

桃城の言葉にリョーマは暫し考えて、無言で頷いた。


「ちわス!先輩。お久しぶりっス!」
「お?桃!!久しぶり~又おっきくなったな~?」
先輩に言われてもあんまり嬉しくないっスよ?」


の言葉に豪快に笑って、桃城は大きく頭を掻く。
そんな桃城を優しげに見詰めて、は桃城の頭をポンポンっと2・3回軽く叩いた。

「桃、レギュラーなんだって?頑張ってるな?」

にっこりと笑うその姿は自分の事のように嬉しそうで、桃城は照れ臭そうに顔を綻ばせた。

先輩!桃ばっかズルイ!!俺だって頑張ってるんだからねー!!」
「はいはい分かってるって。英二も偉いぞー。」

不服そうに頬を膨らませた菊丸に、桃城にしたように数回頭を撫でてやる。
その表情は変わらず優しげに綻んでいて、菊丸は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。




「何を騒いでいる?練習はどうした?!」

不意にその場の和やかな雰囲気を破るようにして、背後から声が掛かる。
その聞き覚えのある声にビクリと身体を竦ませた菊丸・桃城・リョーマの3人は、恐る恐る背後を振り返った。

「げっ!手塚!!」

先程までコートには居なかった筈の手塚と大石・乾・不二・河村の5人がいつの間にか直ぐ後ろに立っている。
手塚のしかめっ面とは対照的に、同情交じりの笑いを堪えたような4人の表情を見て、菊丸は困ったように眉を寄せた。


「いや~これは……。」

「よっ!久しぶり~皆。元気かー?」


菊丸の言葉を遮るようにして、菊丸の肩越しにが声を掛ける。
その突然掛けられた声に、その場に居た3年生5人は唖然として固まってしまった。
丁度桃城の陰に隠れていたのと、後ろ姿しか見えなかったのとで、声を掛けられるまでだと全く気が付かなかったようだった。

先輩?!どうしてここへ?!」

いち早く立ち直った大石が、皆の心情を代弁する形で驚いたように声を掛ける。



「ああ、毎年恒例生贄ゲットのお使いで来たんだよー。」



のほほんとしたその言葉に、その場に居たリョーマ以外の全員がピシリと凍りつく。
そのいつに無い先輩達の反応に、リョーマは訝しげに首を傾げた。

「生贄って何の事?」

「あれ?君…一年生??」
「そうっス。一年の越前リョーマ…よろしく。」
「へえ~君レギュラーなんだ?!凄いなー!!一年でのレギュラーなんて手塚以来?」


桃城の隣で自分を見上げてくるリョーマに感嘆の声を漏らして、はリョーマの目線まで屈むと、にこりと笑顔を浮かべた。

「生贄ってのは、毎年高等部では春になると文化祭以外に生徒達の交流を深める為に一つのイベントが行われるんだけど、その助っ人としてテニス部は毎年中等部から一人手伝いに来てもらうんだ。その助っ人の事。」
「それが何で生贄なわけ?」
「だいたい毎年高等部のテニス部ではやりたがらない事をやらされるからだなー。ちなみに去年は俺だったんだけどさ『ホストクラブのホスト』だったな。一昨年は『彼氏代行屋のスタッフ』だろ、その前は『女装大会の部活代表』、その又前は『コスプレ喫茶のウェイター』その前は『お笑いライブの部活代表』それから……。」
「もう、いいっス……。」
「そっか?ま、ともかくあんまりイイのじゃないから『生贄』なんだよな。」


そこまで説明して、はニカッと笑ってみせた。
その何の邪気も無さそうな悪戯っ子のような笑みに、後輩達――特に3年生――はジリッと一歩後ずさる。
その理由は、生贄には次の年高等部に入学してくるであろう3年生がターゲットにされる事が多いという、半ば伝説と化したジンクスが存在していたからだった。
とはいえ、歴代には例外として1年生や2年生が生贄にされたこともあったのは確かで、桃城や海堂あたりも他人事として傍観していられるとは限らなかった。


「で、ちなみに今年は誰なの?」


((((越前!何て事をっっ!!!))))


3年生の心中の悲鳴を知ってか知らずか、リョ―マが興味深げに問う。
その問いに改めて笑みを深めると、はゆっくりと3年生達の方を振り返った。



「そうそう、今年のご指名は――手塚。」



にこやかなの言葉とは対照的に、その場の空気がピシリと凍りつく。
何より指名された当の本人は完全に硬直してしまって、身動きさえも忘れたかのように立ち尽くしてしまっていた。

「ふぅん…それで今年は何をやるの?」
「ああ『宝探しゲーム』だってさ。」
「はあ?!何なんスか、それは?!」

「今回の目玉イベントは『全部活対抗宝探しゲーム』なんだと。で、その参加者のうちの一人は全員中等部の生徒って事に決まったらしいんだよ。『中等部と高等部の交流も深めよう!』だってさ。まあ、うちは毎年中等部に頼んでるんだけどな。で、内容なんだけど、一つの部活から中等部の生徒一人、サポートする高等部の生徒一人の計2名で参加して、宝をゲット出来た部活には予算倍増の権利が与えられるんだ。」

厄介なイベントだよな――そう言っては後輩達を見回して苦笑した。



「何ですか、それは?!」



硬直していた手塚がの言葉に、ようやく我に帰る。
普段より更に深くなった眉間の皺は、その場に居る部員達の肝を冷やしたが、当の詰め寄られている自身は平然と手塚の仏頂面を見返して首を傾げるだけだった。

「あれ?言わなかったか?これって毎年部費の予算折衝のためのイベントなんだよ。これで成績が良ければ予算に上乗せしてくれるんだ。だから皆必死になってこのイベントでポイントを稼ごうとするんだよ。だから毎年助っ人を頼むわけ。と、言っても助っ人を頼めるのは規定として1人と決まってるけどな。」

何を今更…と言わんばかりに平然と答えるに、手塚は僅かな眩暈を感じずにはいられなかった。
このイベントは『生徒達の交流を深める為』と銘打ってはいるが、結局の所毎回必ず揉め事の種になる部費の予算折衝を滞りなく進める為の手段として、この方法が用いられているというのは間違いなかった。
この方法なら、例え予算が増やせなかったとしても、自分達の力不足…と言いくるめる事が出来るからというのが高等部生徒会の意図する所なのは誰の目にも明らかだった。


「とにかく、今年の指名は手塚なんだから、頼むぜー?」

ほんの少しだけ下の手塚の視線に、困ったように笑ってみせて、は目の前で拝むように手を合わせた。
基本的に高等部からの一方的な指名で生贄は決定されるが、何らかの事情がある場合には本人の判断に委ねられる事がある為、手塚が拒否すれば新たに別の生贄を決めなくてはならなくなる。
その場合、大体は連絡係にされた人間――たいていは一年生がパシリとして使われる――が責任を取らされて生贄にされるが、上下関係の厳しいスポーツ系の部活では殆ど先輩命令に逆らう部員など居ない為、そんな事は滅多に無かった。
そして、その例に漏れず、手塚も渋々ながらの言葉に力なく頷いた。



「………仕方ありません、分かりました。その『全部活対抗宝探しゲーム』とやらに出ます。」
「本当か?!サンキュー!!」

「ただし!!条件があります。」


喜び勇んで飛び上がったの言葉を遮るようにして、手塚が言葉を挟む。

「もう一人の高等部のパートナーは先輩がなって下さい。」
「えええ~~っっ?!」
「俺を担ぎ出すんですから、先輩もそれ位して下さい。」

有無を言わせない迫力で、手塚はそうキッパリと言い切った。

「マジかよ~~?」
「にゃははは!先輩、昔っから手塚には弱いんだよね~?先輩なのにさー。」

嫌そうに眉を寄せたに、菊丸が耐えられないといったように笑うと、それに吊られたように全員が笑みを浮かべる。
自分が生贄ではないと分かった段階で、全員ホッと胸を撫で下ろしていた為、その表情は比較的穏やかなものだった。

「手塚だって知らない先輩と組むより、先輩だったら気心も知れてるから、そっちの方が良いって思ったんですよ、きっと。」

手塚のフォローをするように大石が口を挟む。

「うう~~大石っていつも手塚の味方っていうか、フォローするよなー。」

恨めしそうにジト目で大石を見やって、は口を尖らせた。
その表情はとても高校生とは思えない程あどけないもので、目前でそれを目にした手塚は思わず口元を綻ばせる。
下手に身長が大きい分、本当なら大の高校生が拗ねても不気味なだけだが、何故かの場合はそう感じさせない何かがあった。



「俺、どっちにしても参加させられるって事じゃんか!俺に選択の余地は無いワケ?!」
「別にいいですよ。先輩がやらないなら、俺も断らせてもらいます。」
「手塚ぁ~~~~!」


半ば半泣きで手塚の肩に縋り付くは、手塚の最後通告とも思える言葉に大きく肩を落とした。



「…………参加させて頂きます……………。」



がっくりと肩を落としたを、満足そうに見やって手塚は表情を和らげた。
















「あ~あ、何でこんな事になったんだ……。」

高等部校舎敷地内の地図を片手には大きく溜息をついた。
『全部活対抗宝探しゲーム』当日の今日、半分開き直ったのか、比較的やる気満々の手塚と対照的にの表情はすぐれなかった。
結局、手塚をゲットする事には成功したものの、条件として自身の宝探しゲーム参加を突きつけられて、渋々それを了承する羽目になってしまい、はこうして手塚と共に高等部敷地内を探索している。
決して手塚と共に参加する事が嫌な訳ではなかったが、には手塚と一緒にこのイベントに参加したくない理由が存在していた。



「いつまで溜息をついてるんですか。いい加減腹を括って下さい。」

呆れたような手塚の言葉に、はもう一度溜息をついて隣を歩く手塚に視線を向ける。


「お前さー、これでやる気出せって方が無理だと思わないわけ?」


そう言って自分達の後ろを指差す。
振り返ると二人の後をずらずらと着いて歩く黒山の人だかり。
全て青学の生徒である事には間違いなかったが、その殆どが女生徒だと言うのがの溜息の理由だった。

「お前さ、前から思ってたんだけど、よくこんなの耐えられるよなー?」

嫌そうに自分達の後ろの女生徒達の群れを見やって、は女生徒達に聞こえないよう手塚の耳元で囁く。
その瞬間後ろから「キャー!」という悲鳴が複数上がったが、はそれには素知らぬ振りを決め込んだ。
が中等部に居る時から、手塚の校内での人気は凄まじいものがあったが、ここ高等部に来てもそれは変わらないようだった。


「もう、いい加減慣れました。いちいち気にしてたら身が持ちません。」
「……人気者ってのも色々大変なんだなー。」
「まあ、時々勘弁して欲しいと思う事もありますが。」

しみじみとしたの言葉に苦笑して手塚は小さく息をついた。


「あああ~~俺こういうの慣れねえから鬱陶しくてしょうがねーよ。」

常に人の視線に晒されているというのは、かなりの精神的ストレスを伴う。
それに慣れている手塚ならともかく、殆どそんな機会のないにとっては、複数の視線に晒され続けるのはかなりの精神的負担だった。




「そうですね、それなら………逃げますか?」
「はあっ?!」




手塚らしからぬ提案には思わず足を止める。

「いくら大人数でも、マケない事もない数です。どうしますか?」

「………逃げる!!」


手塚の言葉にニヤリと笑みを浮かべて、は小さく頷いた。

「では、少し耳を貸してください。」
「なになに?」

ニコニコと楽しげに笑みを浮かべたまま、は手塚の提案を聞くべく耳を寄せる。
そのの耳元に口元を寄せて、手塚は二言・三言小声で囁いた。
又も、その光景に背後から悲鳴が上がったが、手塚達は再び無視を貫いた。


「…………これで良いですか?」
「了解!」
「くれぐれも途中で捕まったりしないで下さい?」

「分かってるって。じゃあ行くぜ?…3……2……1……走れ!!!」



の声と同時に、二人とも一階へ続く目の前の階段を猛ダッシュで駆け下りる。
不意を付かれた女生徒達は、その突然の出来事に一瞬反応が遅れ悲鳴を上げて、走り去る手塚との後ろ姿をワンテンポ遅れて慌てて追いかけ始めた。


「あーっ!逃げちゃったわよ!!」
「や~ん、手塚くーん待って~~!」


数人の声に触発されて、他の女生徒達も慌てて走り出す。
その背後の喧騒を振り返りながら、は悪戯っぽく舌を出してニヤリと笑って見せた。



「待てって言って待つ奴がいるかよ。」



走りながらの為、僅かに息があがってはいるものの、何処か楽しげに笑いながら共に隣を走る手塚に目を向けてはそう言い放つ。
そんなの姿に微かに表情を和らげて、手塚は走りながらに向かって左手を差し出した。
その手塚の反応に一瞬だけ戸惑いを見せたも、直ぐに満面の笑みを浮かべて、その自分より僅かに大きい手をきゅっと握り締める。
握り返してきたの掌の温かさに、滅多に見せる事の無い微笑を浮かべて、手塚はの手を引いて目的地の避難場所へと走り始めた。
















バタンという激しい音と共に生活指導室のドアが閉まる。
一階の階段を下りて直ぐに生活指導室に飛び込んだ手塚とは、自分達がここに居るとも気付かずに廊下を走って行く複数の女生徒達の足音に耳を澄ませながら、彼女達の集団がこの近くから離れるのを息を潜めて待っていた。


「行った…か?」
「……そのようですね。」


廊下の気配に意識を向けた手塚がそう答えるのを聞いて、は張り詰めていた緊張を解く。
こんな所で常日頃の練習の成果が出るとは、二人とも想像もしていなかったが、そのおかげで運良く女生徒達の集団を振り切る事に成功していた。


「……ぷっ!………くくくくっっ………!!」


俯いて息を整えていたが不意に、耐えられないといったように声を漏らす。

「あはははは!!面白かったなー!」

心底楽しそうに笑って、は共に座り込んだ隣の手塚の肩に頭を乗せた。
の、ごく親しい人にしかやらない筈のこの行為に、手塚は一瞬目を見開く。
以前、まだ達が中等部に在籍していた当時、手塚は偶然の噂話を耳にした事があった。
気を許した一部の人間にだけ、は擦り寄るようにして自らの頭を相手の肩に預ける…というものだったが、その当時特別親しいという訳ではなかった手塚には、事の真相を確かめる事は叶わなかった。
その噂が本当だとしたら、今手塚の肩に身を預けているは、手塚に気を許しているということになる。


先輩、これは癖ですか?」

自分の肩に頭を乗せたまま上目遣いに見上げてくるに、手塚は些か困ったように声をかけた。

「あ、悪ィ。重かったか?」
「いえ、それは平気です。疲れましたか?」
「いや、そんな事ねえけど、ほっとして気が抜けたんだな。」

照れ臭そうに頬を掻いて、は身体を起こそうとする。
それを抑えて、手塚は小さく首を横に振った。

「手塚?」
「別に大丈夫です。」

暗に、起き上がる必要は無い――と示して、手塚はそのまま目を閉じた。
その手塚の言葉にも再び身体の力を抜いて、手塚に寄りかかる。
の方がほんの僅かだけ高い為、少し身体をずらして手塚の肩口に頭をすり寄せると、それを支えるように手塚の腕がの肩を抱き寄せた。


「サンキュー……。」


はしっかりと自分を支える手塚の腕に、嬉しそうに目を細める。
中等部在学時からスキンシップ過多の傾向の強かっただったが、手塚に至ってはそんな雰囲気とは掛け離れていた為、こんなに近くで手塚を感じる事が出来るのは初めての事だった。




「なあ、手塚?」

「何ですか?」
「俺、ずっと気になってたんだけどさ、何でお前だけ俺の事『先輩』って呼ぶんだ?皆『先輩』って呼ぶのに?」


穏やかな雰囲気の今だからこそ聞けそうな気がして、は恐る恐る尋ねてみた。
そんなの問いに、一瞬困ったように視線を逸らして、手塚は小さく溜息をつく。

「言わないと…いけませんか?」
「いけないって事ないけど、気になるんだよな。何かお前にだけ認められてないみたいな気がしてさ。」

「……その他大勢の中の一人という認識を持たれたくなかったから…かもしれません。」

「?」
「少なくとも他と違う呼び方をする事で、先輩には俺という存在を認識して欲しかった。」
「え?」


予想外の告白に、はピクリと身体を動かした。
静かに、ゆっくりと紡がれる手塚の言葉が、身体を通して伝わってくる。


「ただそれだけです。」


それだけ言って手塚は口を閉ざした。
その横顔をぼんやり見上げて、は女生徒達が大騒ぎをする程整った後輩の顔を見詰める。
ふざけているのではない事は、手塚の性格やその目を見れば明らかだったし、何より冗談ではない事を願っている自分が確かに存在していた。


「バッカじゃねーの……。」
先輩?」
「お前みたいなスゲー後輩、誰が見たって特別じゃねーか。それに、俺なんか数居る先輩の一人でしかないのにさ。」


照れたように頬を僅かに赤らめて、は手塚から視線を逸らす。
自分の口から漏れる『特別』という言葉が、いやに気恥ずかしくて、は片手で自らの目元を覆い隠してしまった。

「そんな事ありません。皆、先輩の事はどこか特別に見ていました。勿論俺も……。」
「何でだよ?俺お前達にそんな風に思われるような事何もしてないのに。」
「憶えてませんか?俺が初めてレギュラージャージを手にした時の事です。」

そう言って手塚はの顔をじっと覗き込んだ。
その視線には僅かに首を傾げた。

手塚が初めてレギュラージャージを手にしたのはリョーマと同じく1年生の時。
その当時もランキング戦に参加出来るのは基本的に2・3年生が主だった為、手塚のランキング戦参加と、レギュラー獲得はテニス部内でかなりの騒動になっていた。
いつの時代でも、妬み・ひがみはどこにでもあるようで、手塚自身もその対象として嫌な目にあわされる事も少なくなかった。
それでも、大多数の先輩達が「生意気な1年生」という目で手塚を見る中、だけはまだ立場の弱い手塚の非難の矢面に立ち、手塚を庇ってくれていた。



「あの当時、先輩もレギュラーじゃなかったのに、俺や俺を庇おうとした大石や不二・菊丸達を他の先輩達から守ってくれました。理不尽な行為を止めさせようとしてくれました。それを俺達は忘れません。」



はっきりとそう断言して、手塚はまっすぐにの瞳を見詰める。
テニス部で一番強い訳でも、部長や副部長といった役職がついている訳でもないを、皆が慕っているという事実を分かって欲しいと手塚は思っていた。

「そっか。そんな風に思っててくれたんだ…ありがとな。」

面と向かって手塚にそう言われて、は照れながらも嬉しそうにはにかんだ。
純粋に手塚の、後輩達の好意が嬉しかった。




「さて!そろそろ宝探し再開しないとな。先輩達に怒られちまうし。」

ずっと手塚に身体を預けていたは、壁に掛かった時計を見上げて時間を確認すると、照れ臭さを振り切るようにして勢い良く立ち上がり、座ったままの手塚に手を差し出す。
女生徒達から逃げる時とは反対に、から差し伸べられた手に戸惑いながらも、手塚はその手に自らの手を重ね合わせた。
温かい手がぐっと力を込めて、手塚を引き上げる。
立ち上がると手塚より僅かに上のを見上げるような形になるけれど、今までとは明らかに二人の距離は違っていた。


「じゃあ行くか!」

「…?待ってください、先輩。」

手塚の手を引き、再び気合を入れて歩き出したにストップをかけ、手塚は生活指導室の資料棚に視線を向ける。


「あ!あれって生徒会が用意した得点プレート!!」


手塚の視線の先にキラリと光る銀のプレートを見つけて、は声をあげた。
この得点プレートが宝の代わりに高等部校舎のあちこちにセッティングされており、それを見つけるのが今回の手塚との仕事だった。
プレートも黒・白・赤・青・銀の順に得点数が上がっていき、この銀色のプレートは最高得点の50点が与えられる事になっている。
しかし、これは校内でも3ヶ所にしか設置されないもので、各部活死にもの狂いでこの銀色のプレートを探し回っていた。



「運が良かった…というべきか…。」
「やっぱ俺の日頃の行いが良いからだろー?」
「見つけたのは俺ですが?」



手塚の呟きに、少しおどけて見せると、ようやくいつもの手塚と同じ反応が返ってくる。
ただ一つ今までと違うとすれば、変わらず繋がれたまま二人の手と、ツッコミを入れる手塚の表情が酷く穏やかだという事くらい。

「はいはい、分かったって。お前のおかげですー手塚さま~。」
先輩……。」

の反応にこめかみを押さえた手塚が小さく溜息をつく。
それに笑って、は首を横に振った。



「違うって、手塚。『先輩』…だろ?」



「?!」
「もう、呼び方変えなくたってお前の事はちゃんとに特別として認識してるから。」

そう言っては真横の手塚の肩を引き寄せると、今日一番の幸せそうな笑顔を浮かべた。




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