鬼の霍乱
ずっしりとした重みで、目が覚めた。
身体にかかるその重みに、身動きが取れない。
「う……? なんだぁ……?」
眠気で薄れる意識を無理やり覚醒させて、はゆっくりと瞳を開いた。
「やっと起きた? ねぇ、どっか遊びに連れてって?」
にこおっと笑って上目遣いにおねだりするのは、彼の弟のリョーマ。
は、思わずリョーマの頬をつねっていた。
「痛い、痛いっ! 何するの、兄貴!」
赤くなった頬を撫でながら、リョーマは潤んだ瞳でを睨みつけた。
「あぁ、わりぃ。……お前、何かあったのか?」
は、呆然としながら問いかけた。
リョーマは、本来こういう可愛い反応をするはずがない。
ありえないのだ。
それは、兄である自身が良く知っていた。
「? 何もないよ? 部活休みだし、どっか連れてって!!」
に跨ったまま、駄々っ子のように頬を膨らませる。
いつもの生意気さはどこに行ったんだ? と首をかしげながらも、はこれ幸いとリョーマの誘いに乗った。
「よーっし! どこでも連れて行ってやるぞ。支度するから、ちょっと待ってろ」
は、わしわしとリョーマの頭を撫でる。
リョーマが甘えてくれるなんて、めったにないことなのだ。
楽しまなくては、もったいない。
「やった! 早くしてよね、兄貴!」
リョーマは満面の笑みを浮かべると、の頬に口付ける。
そして、そのまま踊るようにの部屋を飛び出した。
「……やっぱ可愛いなぁ」
後に残されたのは、幸せ気分でボケッとするブラコン兄だった。
「ねぇ、兄貴! どこ連れてってくれる?」
リョーマは、キラキラした大きな瞳で真っ直ぐにを見つめる。
「行きたいところ、決めてなかったのか?」
「だって、兄貴と一緒にいるだけで満足だし」
呆れたように言うと、リョーマは頬を膨らませた。
その言葉を聞いて、無性にリョーマが可愛く思える。
「じゃあ、買い物でも行くか? なんでも好きなもの買ってやるぞ」
は、ぎゅうっとリョーマを抱きしめた。
すると、リョーマも抱き返してくる。
「やった!」
喜ぶリョーマの顔は、久しぶりに見る無邪気な笑顔で……。
(夢でも幸せ……)
は、嬉し涙を流すのだった。
ここまで来ると、ブラコンを通り越して変態である。
一方、リョーマはそんなことなど露知らず……。
「兄貴! ペットショップ行って、カルピンの玩具買いたいんだけど……」
の服を引っ張って見上げる。
大きなアーモンド・アイで見つめられると……。
(お……襲いたくなるじゃないか!!)
の危ない心中を察したのか、リョーマは怪訝そうな顔をする。
「……兄貴?」
「ああ! なんでもない! じゃあ、ペットショップ行こうな」
ハッと我に返ったは、誤魔化すように笑った。
とたんに、リョーマもつられて笑顔を取り戻す。
「ついでに、お昼も食べない?」
焼き魚定食食べたいんだけど……と、期待満ちた目で見られたら……。
「ああ、そうしような」
即刻OKするより他ないだろう……。
「やった! だから、兄貴って好きなんだよね」
クリティカルヒット!!
の脳内では、『好き』という言葉が永遠とリピートされている。
(ふふふ……。好き……好き……。あのリョーマが、好きって!!)
ニマニマ笑う姿を、リョーマが見ていなかったことがせめてもの救いだろう。
「リョーマ―――!! 兄ちゃんも、お前のこと好きだからなぁぁぁ!!」
ガバッとリョーマに抱きついて、腕の中に閉じ込める。
それをされるリョーマはたまらない。
「兄貴、放してよ!!」
暴れて腕から逃れようとするが、それはかなわなかった。
体格からして三十センチ以上違うのだから。
「リョーマ~~~可愛いなぁ」
頬擦りせんとばかりに抱きつく。
「兄貴~~~~!!」
リョーマの絶叫が、辺りに木霊した。
……周囲にさほど人がいなくて、本当に幸いであった。
猫や犬の鳴き声が充満する中、はホクホク顔でその光景を見つめていた。
「可愛い! いいなぁ……俺も犬飼いたい」
チワワと戯れるリョーマ。
(リョーマの方が、可愛いよ)
そう思ったが、口には出さない。
小動物が戯れているような光景に、顔がほころぶ。
「飼いたいなら、買ってやるぞ?」
「ほんとに?!」
思わず口をついた言葉に、リョーマが目を輝かせて反応する。
しかし、その輝きもすぐに失われた。
「でも……カルピンがいるし。俺、部活が忙しくて世話できないかも……」
しょげてしまったリョーマを見て、は慌てた。
せっかくリョーマが笑ってくれていたのに……。
そんな顔をさせたいのではない。
「俺が世話するって! それに、カルピンならそいつとも仲良くやるさ」
宥めると、次第にリョーマは表情に明るさを取り戻していく。
「……飼ってもいい?」
「もちろん!」
おずおずとお伺いを立てるリョーマに、は力強く頷いて見せた。
とたんに、リョーマの表情に花が咲き、抱いていたチワワをぎゅうっと抱きしめた。
「ありがとう! 名前、決めなくちゃ」
無邪気な笑顔ではしゃぐリョーマを、は穏やかな瞳で見つめた。
(夢なら覚めないでくれ……!!)
実は、内心嬉し涙を流していたりするのだが……。
焼き魚定食に満足したリョーマは、買ってもらったチワワを抱いていた。
隣を歩くを時折見上げながら楽しそうに話すリョーマは、普段の生意気さなど微塵も感じさせない。
「兄貴……」
「なんだ?」
不意に呼ばれて、は振り返った。
ちゅっ
(………………え?)
唇に柔らかさを感じて、呆然とする。
目の前には、顔を赤らめながら微笑むリョーマ。
「兄貴、今日はありがとう」
幼さを残した声が、の脳でリフレインする。
べらぼうに高い子犬も、無駄ではなかった。
今度リョーマが素直な可愛さを見せてくれるのは、いつのことだろう?
は、この幸せに涙した。
物陰で怪しい笑みを浮かべて佇む人物がいたことは……には秘密である。
(カリは返したからね、)
その人物は、二人を見届けるとその場から音もなく消えた。
END
あとがき
光流さん、一周年おめでとうございます!
駄文ですが、受け取っていただければ幸いです。
これからも、よろしくお願い致します。
「もし、リョーマが素直だったら」素直なリョーマがこんなに難しいなんて、思ってもみませんでした。
……もっとガンバリマス(汗)
★管理人コメント★
椎名紀伊さまより、当サイトの一周年記念のお祝いとして頂きました。
今回はリョーマBLドリームです。それも兄弟モノを…っ(感涙)!
当サイトの一周年記念企画部屋にて『もしも~』のテーマで駄文をアップした所、『もしもリョーマが素直だったら…』というテーマを思いつかれたとの事…。
流石は椎名様です!こんなに可愛いリョーマだったら、私なら速攻で迷わずさらいますよ(爆)!
ブラコン兄…との事ですが、もうこれはブラコンにならざるをえないでしょう!
それ位、凶悪に(笑)可愛いリョーマが最高ですvv
兄弟という関係が、普段とは又違った雰囲気と関係を築けていて、ただただうっとりしてしまいます。
本当に素敵な作品をお祝いに頂き、ありがとうございました!!