御伽や本田、海馬や遊戯…そしてお前と同じモノを――。
同じ目線
「でよー、俺がそこで引いたカードが何と!時の魔術師だったわけよ!」
大きなジェスチャーで自分の戦果を誇らしげに語ってみせる城之内に、小さく相槌を打ちながら、俺は何気なく通り沿いの店に目を向けた。
城之内が話しているのは、今流行のカードゲームの話だ。
そして、俺が視線を向けた先にある店のウインドウに貼られている広告用ポスターも、そのカードゲームのものだった。
『デュエルディスク』
老若男女を問わず、城之内同様にそのカードゲームの魅力の虜になってしまった者達が、こぞって手にしたがるもの。
インダストリアルイリュージョン社が世界に広めた『デュエルモンスターズ』において、その映像をソリッドビジョンによって立体化させるという、極めて高度な技術をもつ、いわば玩具だ。
その販売促進用の広告ポスターを見て、俺は一人の男の顔を思い浮かべた。
海馬瀬人。
高校生にして海馬コーポレーション社長。
そして、デュエルモンスターズ界において、1・2を争う実力者。
華々しい世界に身を置くそいつは、俺と城之内のクラスメイトでもあった。
「ん?どした??」
「ああ、悪ィ。」
「何見てんだよ?あ~?デュエルディスク~~?」
俺の見ていた先を目で追って、城之内は驚いたように声をあげる。
「何だ?、デュエルモンスターズに興味あったのか?!」
「違ぇよ。最近良く見るなーって思ってさ。」
「ああ、最近一般にも販売始めたんだよな、こいつ。」
「元は限られた奴しか持てなかったんだろ?確か海馬コーポレーションが認定したデュエリストだけとかって。」
以前噂で聞いた事を思い出して、俺は城之内を見やった。
俺はカードゲームはしないけど、流石に町中を騒がせたバトル・シティの事くらいは知っている。
そのバトル・シティにおいて、主催者である海馬コーポレーション…ひいてはその代表である海馬瀬人が、それなりのレベルと認めた者のみ、デュエルディスクは所持する事を許されたらしい。
「そーなんだよなー。俺のような真のデュエリスト達にのみ、手にする事を許された、いわば実力者の証だったんだよなー。」
更にふんぞり返って胸をはってみせる城之内に、俺は苦笑するしかなかった。
それ以前から、比較的デュエルモンスターズ界では知名度・実力共に評価の高かった遊戯と違って、城之内自身はそれなりの評価しかなかったと聞いている。
実際のところがどうだったのかは定かではなかったけれど、一種ラッキーで手にしたであろう事は容易に想像できた。
「海馬も凄ぇよなーこんなの作っちまうんだから。」
ウインドウに貼られたポスターの奥、店のディスプレイの中では、デュエルディスクにセットされたカードのモンスターが立体化されて映し出されている。
とても実体の無い立体映像とは思えないほど精巧な映像に、俺は感嘆のため息を漏らした。
これが俺と同じ高校生、いや同じクラスメイトが作ったものとは到底思えない。
いかに海馬が俺達とは世界の違う人間かを、思い知らされる。
「けっ!あのいけすかねー野郎の何が凄いってんだよ?!」
俺の言葉に一瞬にして機嫌を損ねた城之内が、プイッと顔をそむける。
すっかり忘れてたけど、海馬と城之内はしょっちゅう衝突するほど仲が良くないんだった。
ライバル……といえば聞こえはいいが、城之内が一方的に噛み付き、海馬が嘲笑うという、何とも妙な関係が二人の間には存在していた。
「はは……海馬に勝てないからって、ムキになんなよ。」
「ぬぁに~~?!っ!てめえっ俺が海馬に負けてるってのかよ?!」
「だって負けてんだろ?」
「ぐぬぬぬぬぬぬ~~~っっ!!」
子供のように地団太を踏んで、城之内が悔しそうにこぶしを握り締める。
そんな城之内の姿に、俺は自然と笑みがこぼれていた。
こいつのこんな所に俺はずっと癒されてきたのかもしれない。
バカで単純だけど、純粋で友情に篤くて、真の強さを持った奴。
気を張らなくても心地良い空間を作る事が出来るのは、才能でもあり、又そんな所が城之内が城之内である『人となり』だと思った。
俺には無い何か……輝く何かを持った、そんな……。
「?」
暫くボーッと自分の思考の世界に入っていた俺の意識を、掛けられた城之内の声が現実に引き戻す。
何事かと一瞬驚いて身体を震わせた俺の視界に飛び込んできたのは、すぐ間近で俺の顔を覗き込んでいる城之内の顔だった。
「おわっ!!何だよ城之内!?おどかすなよっっ!」
「どしたよ?何かボーッとしてたぜ?」
思わず後ずさった俺に小さく苦笑して、城之内が俺の肩に腕をまわす。
俺より少しだけ大きくて、暖かな城之内の温もり。
それがすぐ近くで感じられる。
その暖かさに包まれたまま、俺は静かに俯いた。
「おい、?」
急に顔を伏せてしまった俺に、心配そうに城之内が眉を寄せる。
それに気付いていても、俺はどうする事も出来なかった。
城之内という一人の人間に惹かれていく自分。
それを自覚すれば自覚するほど、城之内と自分との違いを思い知らされる。
そして同じように遊戯や海馬もまた城之内と同じ側の人間なのだと気付かされる。
あいつらと……そして城之内と同じモノを見たいと思うのは、同じ世界で生きていたいと思う事は、分不相応の事だろうか?
「ただ……おなじものを見たいだけなのに………。」
手が届かなくたっていい。
歩き出せなくたって構わない。
ただ、それでもあいつらや城之内の視線の先にあるものを、同じようにこの目にしていたいだけ。
同じ視線、同じ視点、同じ目線で世界を見てみたいだけなんだ。
「同じモノ??」
ふと零れた俺の呟きに、城之内が怪訝そうに首をかしげる。
「いや、何でもない………。」
小さく頭を振って、俺は笑ってみせた。
これは俺の問題だから。
すぐそばにある城之内の透き通った光をたたえる瞳を見返して、俺は城之内の肩を一度だけ軽く叩いた。
「あれ?あそこにいるの……。」
ふと顔をあげた俺の視線の先に、見慣れた顔が映る。
「ん?どうした?………………ゲッ?!」
俺の視線の先に同じように目を向けた城之内が、嫌そうに声をあげる。
「何だ、どこの馬の骨かと思ったら、腰抜け凡骨か。」
「んだと?!海馬ってめえ!」
「よ!海馬。珍しいな、お前がこんな所に居るなんて。」
「か……お前がこんな凡骨とつるんでいるとはな……。」
相変わらずな海馬と城之内に思わず苦笑がもれた。
なんだかんだ言いながら、二人ともガキみたいな関係をそれなりに受け入れているように見える。
それが俺に、再び二人との違いを思い起こさせる。
俺はもう一度沈みこみそうになる意識を、軽く頭を振る事で阻止すると、目の前で睨み合っている二人にむかって両手を差し出した。
「そんなピリピリすんなって。ほらこれやるからさ。」
差し出した掌の中には、小さなキャンディー。
「何だこれは?」
訝しげに海馬が眉を寄せる。
「見りゃ分かるだろ?ミルクキャンディーだって。イライラしてる時なんか甘いのが欲しくなるだろ?」
半ば強引に二人にキャンディーを握らせて、俺はニッと笑ってみせた。
たまには世界の違う奴らを、こうして俺の方に引き寄せたって構わないだろう?
苦笑する城之内と、大きなため息をつく海馬とをじっと上目遣いに見上げて、俺は少しだけ満足感を感じる事が出来た。
と、ちょうどその瞬間、俺のカバンの中から着信を知らせる着メロが流れる。
「何だ?鳴ってるぜ?」
「ああ。杏子からだ。」
ごそごそとカバンを探って携帯を取り出すと、俺は通話の為に液晶画面に触れた。
「もしもし?何だよ、杏子?」
『ごめん。そこに城之内居ない?』
「え?居るけど?」
『悪いんだけど、かわってくれる?』
どことなく切羽詰ったような様子の杏子に、俺は戸惑いながらも城之内に携帯を差し出す。
「杏子から。何か慌ててるみたいだけど?」
「え?俺??」
不意に指名されて、城之内は首をかしげる。
不思議そうに俺の携帯を手にした城之内は、二言三言電話越しの杏子と言葉を交わすと、途端にパッと顔色を変えた。
「分かった!杏子は本田に連絡とってくれ。頼んだぜ!」
慌てて携帯を切ると、城之内はバツが悪そうに頭を掻きながら視線を伏せる。
その様子に、何か緊急事態が発生したのだと俺は理解した。
「あ、あのよ…?急で悪ィんだけどよ……その……この後……。」
ごにょごにょと口ごもりながら、困ったように視線を彷徨わせる城之内。
自分から誘っておいて、予定をドタキャンする事に自責の念でも感じているんだろう。
それだけで俺は充分だった。
少なくとも、それで俺に嫌な思いをさせたくないと思うからこそ、ハッキリと言えず口籠るのだろうから。
「何かあったんだろ?」
「ああ、遊戯が……今は上手く説明できねぇけど……。」
「行ってこいよ。皆待ってんだろ?城之内の事をさ?」
「……!」
「ほら!早く行けって!」
「悪い、!必ず埋め合わせはする!」
そう叫んで城之内は勢いよく道路へと駆け出していく。
走り去っていく城之内の背中が路地の向こうに消えた頃、俺はようやく一つ大きくため息をつくことが出来た。
「フラレたな、?」
ククク…とのどを鳴らして海馬が小さく笑う。
それにつられるように苦笑いして、俺はそっと目を伏せた。
「いーんだよ。俺が惚れてんのは、こういう城之内なんだから。」
「ほう……?」
いささか驚いたように目を見開く海馬に、片目をつぶってみせて、俺は城之内の走り去っていった方向に視線を向ける。
そう、俺が惹かれたのは、俺が同じものを見たいと思ったのは、偽りのない自分に正直な城之内だから。
誰よりも友を大切にする城之内だから。
「相手が遊戯じゃな、勝ち目ないだろ?」
「ふん……お前よりも遊戯を優先させた…という事だぞ?」
「あいつの事だから、もし一緒に居るのが俺じゃなくて大切な彼女だとしても、同じように飛び出していったと思うんだよな。大事な親友である遊戯のためだったらさ。でも……俺はそんな城之内だから………。」
そこまで言って俺は口を閉ざした。
「さてと………フラレた淋しい俺としては、この後の予定が空いちゃったわけだけど……。海馬?忙しいお前に言うのもなんだけどさ、良かったら少し付き合わない?さっきのキャンディー同様、たまには庶民の味に触れるってのも悪くないだろ?おごるからさ。」
再び片目を閉じて見せると、やれやれといったように海馬が肩をすくめた。
「一分一秒さえ惜しむほど忙しいこの俺を、城之内のような凡骨のかわりにさせようとはな………。」
「あ、やっぱダメか?」
「フ……面白い奴だ。」
「そうか?まあ、誉められたと思っておくよ。」
「いいだろう。貴様に付き合ってやる。そのかわり、こちらで行き先は決めさせてもらうぞ?」
「ゲゲッ?!お前が決める所なんか、俺金払えねぇぞ?!」
「心配するな。元から真っ当な所に行けるとは思ってない。」
そう言って海馬は不敵に笑った。
「おいおい、どこ行くんだよ?」
先を歩き始めた海馬に後ろから声を掛ける。
「貴様の家で構わん。庶民の味とやらを出してみるがいい。」
思いもしなかった言葉に俺は思わず呆然としてしまった。
城之内、思ってるより海馬って嫌な奴じゃないみたいだぜ?
もう姿の見えない城之内に心の中でそう呟いて、俺は海馬の後を追って走り出す。
高級食材で舌が肥えてしまったこいつに何を食べさせてやろうか?
そして……城之内だったら何を好むだろうか――?
そんなことを考えながら……。