何より大切な存在だから、自分の全てで彼を守りたい。
そのためなら自分の全てを差し出しても構わない、それ程に。
彼だけが自分を本当の自分にしてくれる。
全て彼と居る時間が世界になっていく。
彼と出会って世界が暖かい事を知った。
守りたい人
「国光…。」
自分の腕の中でまどろんでいる自分より僅かに大きな手塚に小さく声を掛ける。
答えるように顔を上げる手塚をそっと抱き寄せて、は彼の少し癖のある髪に顔を埋めた。
腕の中の確かな温もり。
まだ純粋な魂を持つ愛しい恋人は、まだ幼い少年だけれどの全てを受け入れてくれる。
何もしてやれない自分を優しく包んでくれる。
この愛しい存在が居るだけで、世界が色付き、廻り出す事に気付いたのは何時からだったか。
「ありがとうな……。」
囁くように紡がれた感謝の言葉。
けれど、それはにとってはどんな言葉よりも意味のある言葉だった。
こうして抱き合うたびに増していく愛しさ。
不器用に自分を愛し、自分を求めてくれるひたむきなその想いが、自分をこの世界に繋ぎとめている。
「どんな事があっても…俺が守るから…。」
「…どうしたんだ?」
ゆっくりと柔らかな髪を撫でると、手塚の腕がの頬に伸びる。
暖かく大きな手が頬に触れ、愛しげにの肌を擦る。
その手に自分の手を重ねて、はふわりと笑みを浮かべた。
「何でもない、言いたかっただけ。」
「何か不安な事でもあるのか?」
いつにないの仕草に手塚は僅かに眉を寄せる。
「そうじゃない。不安…というより誓い…かな。」
「誓い?」
の言葉の意味を図りかねて、手塚は問い返す。
「国光もきっと、色々大変な事や嫌な事にぶつかると思うんだ。でも、その時は他の誰がなんと言おうと俺が国光を守ろうって…そう思っただけ。」
「俺は守られる程弱いか?」
「そういう意味じゃないよ。国光が俺を守ってくれるように俺も国光を守りたいんだ。ただそれだけ。」
「…。」
柔らかく笑みを浮かべては再び手塚をそっと抱きしめた。
それに応えるように手塚の腕がの腰をゆっくりと抱き寄せる。
背中に廻された暖かな温もりに、は幸せそうに目を細める。
この時だけは手塚の全てを感じる事が出来るような気がした。
無言のまま抱き締めあい、たたお互いの温もりだけを感じる、それだけで満たされていく。
は子猫が擦り寄るように自分の肩口にある手塚の髪に顔を埋めた。
「?」
手塚の頭を抱き込むようにして髪を梳くに、そっと手塚は声を掛ける。
「そんなに頭ばかり撫でるな。子供じゃないんだ。」
困ったような言葉には小さくクスリと笑みをこぼす。
「まだ子供だろ?国光は。」
クスクスと笑いながら髪を撫で続けるに眉を寄せると、手塚はガバリと起き上がり反対にを腕の中に抱きこんでしまう。
最初こそ、その行動に少なからず驚いたも、すぐに素直に手塚の胸に頬をすり寄せ力を抜いた。
「子ども扱いするな、ただでさえ歳が離れているんだからな。」
何処か拗ねたような様子の手塚の声に、は再び顔を綻ばせる。
この、まだ幼い恋人が可愛くて仕方なかった。
「可愛いな、国光は♪」
自分より僅かに高い手塚の頬に軽く触れるだけの口付けをして、は自らきゅっと手塚に抱きつく。
「またそうやって子ども扱いする…。」
「してないって。俺の方が国光に甘えてばかりだ。本当だぜ?」
「……いつも歳の差を感じてしまうのはオレだけだ…。時々が遠い存在に感じる時がある。」
そこまで言って軽く眉を寄せると、手塚はの手の平を握り締める。
「普段のを見ていると…やはりは俺より年上なんだと気付かされるんだ。そして自分がまだ未熟な子供なのだと思い知らされる……。の隣に居られない自分が酷く口惜しい。」
「国光……。」
「こうしている時だけ、俺はお前に近付けたような気がするし、俺だけのものに出来たような気になれるんだ。」
自らの心の内を吐露するように、手塚は静かだがしっかりとした口調で言葉を紡いでいく。
その横顔は酷く大人びていて、はドキリとする。
愛しい恋人がまだ幼い事は変えようもない事実だけれど、ふと見せる幼さと、こうして時折垣間見せる大人の男の表情のアンバランスさが、の心を捉えて離さなかった。
「の隣に立てる、相応しい男になりたいとそう思うのに、俺はいつまでも未熟なままだ。」
「そんな事ない!国光は俺を支えてくれてる。本当なんだよ?だって、こうして気を張らずにいられるのって国光だけなんだから。……それに、そんな事言ったら俺だって同じだよ?」
そう言っては瞳を逸らした。
「いつも国光の周りの子達が羨ましくてたまらない。いつも一緒に居られる、色んな国光を知っている…俺だってもっと遅く生まれてたら…って。」
手塚の瞳を覗き込むと、普段はキツイ印象を与えがちの茶色の瞳が静かに揺れている。 その瞳は酷く優しげで、柔らかな光を湛えていた。
「少しは妬いてくれているか?」
「バカ!当然だろ?!言っとくけどな、大人の方が色々と制約が多いから、不安になるんだぞ。」
そう言って子供のように頬を膨らませて、手塚の鼻をきゅっと摘み上げる。
「痛っ!」
「国光と同じ歳だったら、誰にも文句なんか言わせずに堂々と隣に居られるのにって…さ。そしたら国光にもこんな想いはさせなくて済んだのに。」
ふっと小さく息を吐いては手塚に寄り掛かった。
そんなを無言のまま更に抱き寄せて、手塚はが手塚にしたように静かに髪を撫で続ける。
暖かい大きな手が優しげに髪の中に差し入れられる度、はその暖かさに目を細めた。
「こうやって国光に甘える事もいつだって出来るのかなって思うんだよ。」
「甘えてくれてるのか、俺に?」
少し嬉しそうに笑みを浮かべて手塚が問う。
手塚から見て、恋人だというひいき目を抜いても、は一人の男として一流の大人の男だ。
学歴も社会的地位も名誉も経済力も、その上テニスの実力さえも未だ未成年で学生の手塚とは比べ物にならない程上で、唯一今現在手塚が勝っているのは身長位ではないかと思う程だ。
もちろんそんなだから当然異性にモテるが、その性格ゆえかハッキリ言って異性だけでなく、同性にまで慕われて人気がある。
そんなが人に甘えるなんて、多分他の誰も想像がつかないだろう程に、は『イイ男』だった。
だからそんなが、年下であり同じ男である自分に甘えてくれているのは、手塚にとって酷く嬉しい事だった。
「俺のこんな姿、他の奴らが想像できると思う?驚くなんてもんじゃないぜ?」
「そうか?誰も知らないか?のこんな所?」
「誰が知ってるって言うんだよ?第一、こういう関係になっても良いって思ったの、国光だけだぜ。」
照れたように言って視線を逸らす。
しかしこれはの本心だった。
「この俺が、男のプライド捨てても…抱かれても良いって本気で思ったんだぜ?!普通信じるかよ?!」
ほんのり頬を染めて、はぶっきらぼうに呟く。
その語尾は消え入るように小さいものだったけれど、身体を触れ合わせている手塚にだけははっきりと聞き取る事が出来た。
「俺だけ…か?」
「国光だけ!」
ガバリと身を起こすと手塚の腕から抜け出し、仰向けの手塚の上に馬乗りになる。
「喘がされるのも、俺の身体すきにさせるのも、男のプライド要らないって思っちまうのも全部国光だけなんだからな!」
照れ隠しに手塚を押し倒すような形に押さえ込んで、は手塚を見下ろした。
表情は少しだけ拗ねたようだったが、その頬は相変わらず赤かった。
そんなの腰にゆっくり腕を絡めて、手塚は静かに笑みを浮かべる。
そしてそのままを引き寄せて、再び腕の中に閉じ込めてしまう。
腕の中の年上の恋人が愛しくてならなかった。
「可愛いな………。」
「何だよ、それ?!本気で言ってんのか?普通この俺にそんな事言う奴…居ないぜ。」
「俺だって可愛いなんて言う奴は居ない。でも、は言うだろう?」
「だって、本当に国光可愛いんだもん。」
「それと同じだ。年上も何も関係無い。が可愛い。」
そこまで言って手塚はの前髪を掻き揚げると、額に小さく触れるだけのキスを落とす。
優しく触れてくる手塚にそっと苦笑してみせて、は手塚の首に腕を絡めた。
「本当に俺ってば国光には甘えまくってるよな……これじゃどっちが年上だか分かりゃしない。」
「かまわん。こんな時位しか無いからな、歳の差を感じないのは。」
何処か嬉しそうにそう言って手塚は再び額に口付けた。
その瞳は普段見ることが出来ないほど優しげで、もどこか嬉しくなって瞳を閉じる。
この何にも変えがたい時間を守る為ならどんな事でもしてみせよう―そう思う。
このまま幸せな時間だけが続く筈は無いと分かっているのに、こんな時だけはそれが永遠に続くような気にさせてくれるから。
「国光……。」
「何だ?」
瞳を開けると、誰よりも大切な、誰よりも愛しい手塚の意志の強さを感じさせる瞳が、じっとを見詰める。
「ありがとう……。」
もう一度その言葉を囁いて、は誰よりも幸せそうに微笑んだ。