笑顔の向こうに







夏休みを間近に控えた日の午後、レギュラー陣は午前中の練習の後顧問である竜崎から残るように言われていた。
「夏休みの間だけお前達のコーチをしてもらう事になった、 だ」
そう言って紹介されたのは、きれいな顔をしたかっこいい青年だった。
さわやかな笑顔が印象に残る。
 です。短い間ですが、よろしく」
そう言ってはニッコリと笑った。
「3年は知っているだろう。はこのテニス部の元部長だ」
そういわれたが、3年は思い出すのに一苦労だった。
「部長っていうのは名ばかりで、ほとんど副部長に任せきりだったから・・・」
覚えてないのも無理はない、とは笑った。
「確か、全国大会でベスト4までいった方ですね」
「そう、そう。よく覚えてたね」
データマニア(笑)の乾はノートをめくりながらそう言った。
「すごーい!でも、なんで覚えてないんだろ?」
「英二!」
悪気もなく無邪気な菊丸を大石が止める。
「いいんだよ。そのころは病気がちで部活だって半分も出られなかったし」
元々喘息があったは、そのせいで全国大会準決勝を欠場していた。
その後テニスを引退して今はコーチとして注目されている。
「これから夏休み明けまでのコーチは全面的にに任せようと思う。不慣れな事もあるだろうから、協力してやってくれ」
こうして、との長くも短い夏が始まった。



それからは毎回コーチとして参加するようになった。
先輩~~~v」
は不意に後から抱きつかれ、慌ててその場に踏みとどまる。
「菊丸君・・・。危ないから抱きつかないでって言ってるのに・・・」
あきれたように言いながら、は背中から菊丸を引き剥がす。
「で?ロードワークは済んだの?」
「もちろん!だからちょっと休憩しよ?」
猫が喉を鳴らすような菊丸の様子に、は苦笑した。
「まだだーめ!もうちょっと練習しておいで」
「え―――?!じゃあ、先輩試合しようよ!」
「え?!」
まるで子供のわがままみたいだ、と思いながらは困惑した表情を浮かべた。
「やりましょうよ、先輩。俺、先輩の実力が知りたい」
リョーマもすっかり乗り気で、は練習に顔を出していた竜崎に救いを求める視線を送った。
「もしよければ、体調に支障がない程度に相手してやってくれんか?」
「・・・はい、分かりました」
竜崎の言葉に、はあきらめたようにがっくりと肩を落とした。



「それじゃあ・・・途中で僕の具合が悪くなったら、悪いけど止めさせてもらうからね?」
「OKっス」
じゃんけんの結果、本日のの対戦相手はリョーマに決まった。
の体を考えての事だった。
「いくよ~?」
何とも緊張感のない声で合図をして、のサーブで試合は始まった。

バシッ

『えっ?!』
あっという間に決められたサーブはジャンプとともに勢いよく叩きつけるようなサーブだった。
「今のは・・・?」
「今の?僕はそのままジャンプサーブって呼んでるけど、がセンスがないって別の名前つけてたなぁ」
思い出せない、とはしばらく頭をひねっていたが、そのうちどうでも良くなったのか試合を続行させた。




「うそ・・・・おチビが・・・ストレート負け・・・・?」
結果はリョーマの大敗に終わった。
呆然とするメンバーを尻目に、は汗を拭きながらドリンクをがぶ飲みしていた。
「久々に試合するとやっぱ疲れるなぁ・・・」
さすがに限界らしく、はぐったりとしている。
「そんなに強いのに、何でコーチなんてしてるの?」
リョーマは負けた事をさほど気にしていないようで、の隣に座った。
「ん?僕、喘息あるから・・・。それはたいしたことないんだけど、ちょっと体弱くてね。すぐに体調崩すんだ」
もちろん、改善のために努力しなかったわけではない、とは続けた。
「最近なんだけどね、心臓に爆弾抱えてる事がわかってねぇ・・・」
メンバーははっと息を飲んだ。
しかし、は全く気にする様子もなく、笑いながら続ける。
「普通にしている分には問題ないんだけど、選手になるってことになると、いつ発病するか分からないらしいんだ」
だからコーチになるって決めたんだ、っとは満面の笑みで言った。
「さて、今日は疲れたし、練習止めて遊びに行こうか?」
は立ち上がると、リョーマの手をひいて立たせた。
「ほら、いくよ!」
はメンバーをせかすと、手塚の下に歩いていった。
「・・・・?」
不思議そうにしている手塚に、はそっと囁いた。
『テニスが出来なくなる事ほど、辛い事はないよ?』
「!!」
手塚は驚きに目を見張り、を振り返った。
そこには、変わらない笑顔があった。

は怪我のことを知っていたのだという事が分かった。
だから、忠告した。
無理をしないように、と。

「そうですね」
「うん」
短く一言答えた手塚に笑顔を向けると、はそっと頭をなでた。
「手塚君はいい子だね。でも、もうちょっと笑わないとだめだよ?」

ぴしいっとその場が凍りついた。

(((手塚(先輩)を子ども扱いしてる?!)))

「どうしたの?」
その場の異様な雰囲気にも気づかず、は相変わらず笑っていた。



END









★管理人コメント★

椎名紀伊さまのサイトでキリ番を踏ませて頂いて、リクエストさせて頂いたものです。
優しい笑顔の年上主人公が最高です!
リョーマに勝ってしまう位強いんですよ!
手塚部長を子供扱い出来るのも、光流的にかなりツボでした(笑)。
許可を頂きましたので、うちのサイトでもアップさせて頂きました。
椎名さま、本当にありがとうございました!




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