頑張れとしか言えないけれど。
君の不安や辛さを代わってやる事は出来ないけれど。
君のその夢を叶えるのは君だから。
俺には君の夢を手助けする事は出来ないから。

だから、その代わりに俺は祈り続ける。


君の夢が叶いますように――と。






~瀬那編~







いつからだろう…セナの瞳に強い光が宿るようになったのは。
ビビリでパシリな小心者の少年は、いつの頃からか夢に向かって進む力強さと、何ものにも負けない思いをその身に宿す、誰もが目を奪われずにはいられないそんな存在になっていた。
まるで幼虫から蛹、そして成虫へとその身を変える蝶のように。



「ど、どうかした?兄ちゃん?」

不意に掛けられたセナの声に、俺よりも低い位置にあるセナの顔をぼんやりと見つめていた俺…は、数度目を瞬かせる。
物思いにふける余り、俺の視線に耐えかねたセナが居心地悪そうに身じろいだ事にさえ気付かなかったらしい。
俺は慌てて小さく笑って、呆けていた事を誤魔化すようにセナの癖の強い髪をガシガシと何度もかき混ぜた。


「わわわわわ!」
「わりーわりー。何でもないって。」
「本当……?」
「ホントホント!セナの顔に見惚れてただけだって。」


ふざけてそう言ってニヤリと口の端を持ち上げてみせれば、微かに頬を染めながらバタバタとうろたえ始める。
こんな所は以前と変わらないのに。
けれど俺は知っている。
ひとたびフィールドに立てば、その瞳は遥か先を見詰め、その黄金の足が紡ぎ出すのは光速の世界の物語。
果てしなき夢の舞台へと続く、限られた者だけが手に出来る片道切符を求めて、闘いに出るのだ――このまだ幼い少年は。

しかしその夢の舞台への道行きを俺は共に歩く事は出来ない。
君の夢を分かち合えるのは、君と共に苦難の道を歩く事が出来るのは、倒れそうな君を支えてやれるのは、君にとってかけがえのない存在達――チームメイトだけ。
だから俺はこうして君の側に居る事しか出来ない。
笑い掛ける事しか出来ない。
そして、夢に向かう君をただ励ます事しか出来ないのだ。


頑張れ――と。


「俺に出来る事なんてホント何にもないよなぁ………。」

何も出来ない自分が情けなくなる。
本当なら誰よりも俺自身がセナを支えたいのに。
セナの辛さ、悲しみ、苦しみ、恐れ……全てを共に受け止めたいのに。
でもチームメイトでもない俺にはそんな権利も資格もなくて。

……兄ちゃん?」
「ごめんなーセナ?俺、お前に何にもしてやれなくて。」

何がセナの兄貴分だ。
ただ従兄弟として、セナに近いというだけじゃないか。
これなら、まもりのやつの方が余程セナの助けになっている。
俺は一体何の為にセナの側に居るんだ。
本当に『居る』だけしか出来ていないなんて。
そんな俺に一体何の価値があるだろう。
悔しくて情けなくて………何だか笑うしかなかった。



「そんな事ないよ兄ちゃん。」



自嘲気味に笑う俺に、随分と逞しくなったセナの手が伸ばされる。
まだ僅かに俺より小さな掌がそっと俺の頬に添えられて、俺は大きく目を見開いた。
見た事も無いセナの表情。
さっきまでのあどけなさとは対照的な、少年を過ぎた僅かに大人びたその眼差しに、俺は言葉を失う。


「僕…いつだって助けられてるよ?」

「セ……ナ………。」

「いつだって兄ちゃんは何も言わずに側に居てくれる。いつだって優しく笑ってくれる。僕が苦しい時は一緒に悩んで一緒に泣いて…挫けそうな僕をいつも励ましてくれるじゃないか。兄ちゃんだけだよ?そうやって僕をずっと助けてくれるのって……。」



だからそんな顔しないで――そう言ってセナは俺の肩をそっと引き寄せた。

まるで俺の情けない顔を隠そうとしてくれているかのようなセナ。
未だ俺より小さいとはいえ、以前より遥かに鍛えられて逞しくなったその肩口に引き寄せられるまま額を預ける。
まだまだ幼い少年だと思っていたのに、その仕草も表情も、俺を抱きしめる腕の力強ささえも、いつのまにか一人前の男らしくなっていて。
俺は少年から大人への階段を確実に上っているセナの成長と変化を感じながら、ゆっくりと全身の力を抜いた。




「なあ、セナ?」
「何?兄ちゃん?」

「もし……もしも遠く離れる事があっても……たとえセナがどんなに遠くに行ってしまっても……俺はいつでもお前の味方だから。」



君が遥か遠い夢の先へと駆け上がり、そしてその先の未来に羽ばたいていったとしても。
たとえ俺が必要じゃなくなったとしても。
いつか二人の生きる世界が遠く離れたとしても。



「どんなことがあっても…いつもお前を想うから。セナが幸せであるように……セナの未来が輝くように。セナの夢が叶うように………。」



こんな俺じゃ何もしてやれないけれど。
君の夢を叶えてやることは出来ないけれど。
こんなちっぽけな俺がセナの為に出来る事といったら、ただ祈る事だけ。

君が笑顔で居てくれますように。
君の未来が輝くように。
君が幸せでありますように。

君の夢がいつか叶うようにと……祈る事だけ。

俺に出来るのは君を想って祈り続ける事だけだから。




「なら、簡単だよ?」

「セナ?」


不意に小さく笑ったセナに、そっと顔を上げれば。
嬉しそうに顔を綻ばせたセナの満面の笑みが間近で飛び込んできて。



「これからもずっと兄ちゃんが笑って側に居てくれれば……ね?」



その幸せそうな笑顔に、俺は今出来る精一杯の微笑みを向ける。
そして、優しく抱きしめるセナの背中にそっと腕をまわしたのだった。








そして俺は今日も祈り続けるのだ。
セナの夢が叶いますように――と。




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