DOWN

最期のプレゼント

 地球人がL79と呼ぶ星雲にある惑星アノンから来たその女性は、スペースポートの床を踏んだ瞬間から、丸山藤吉の目と頭の中を支配した。
 色白な肌に細い手足、まるで本物の黄金のようなブロンド。目は薄い茶色で、ほとんど地球人と差異はないが、近づいてみれば手の指の間にわずかにえらが張っていた。しかし、当然ながらそれが彼女の魅力を損なうことは少しもない。
「あなたが案内人の人?」
 流暢な銀河共通語でのことばに、初めてこの仕事に就いていたことを喜びながら、藤吉は大きくうなずいた。
「アノン星からいらっしゃったエーソさまですね。わたしがガイドの丸山藤吉です。それでは、早速出発しましょう」
 エアカーに乗り、藤吉の運転で地球の名所めぐりが始まった。
 彼はここぞと持てる知識と知恵を発揮し、名所にまつわる話で彼女を感動させ、移動中の車内では笑わせた。やがて、だいぶ打ち解けた彼女は自分の身の上の話を始め、地球で文科系ジャーナリストになりたいと言い、それに対し藤吉は知り合いを紹介しようと応じた。
 地球を訪れるアノン星人は少ない。初めての惑星で頼りもないエーソは、それに感謝した。
 ツアーが終了してからも何度も二人は顔を合わせ、やがてお互いを恋人と認識するまで時間はかからなかった。それもやがて夫婦という関係に変わり、贅沢ではないが豊かな生活が始まった。
 始まって間もなく検査で地球人とアノン星人の肉体構造に相容れない部分はないと判明すると、子宝にも恵まれた。史上初の地球人とアノン星人のハーフの女の子は、すくすくと育っていた。
 しかし、幸せが続くのもここまでだった。エーソが原因不明の病に倒れたのである。
「先生、何とかならないんですか?」
 藤吉はつかみかからんばかりに医者に詰め寄った。しかし、医者はどうしようもない風に首を振る。
「アノン星の医者でも治療法のわからない病なのです。気の毒ですが、お手上げです」
 間もなく妻を失うことになった男は、目の前が真っ暗になった。妻を失うことも悲しいが、娘が不憫で仕方がない。その上、一人で娘を養っていかなければいけないのだ。
 エーソは何も伝えられていないにもかかわらず自分の状態を理解しているのか、病室で二人きりになると、最期の頼みだと告げた。
「最期なんて言うもんじゃないよ。すぐに元気になるって」
「いいの、わかってるの。だからお願い、聞いて……わたしが死んだら、火葬にして。そして、骨以外の物は自由に使ってね」
 なぜ、そんなことを言うのか。理解はできなかったが、藤吉は彼女の想いを汲み、わかった、と答えた。

 その一ヶ月ほどあと、エーソの葬儀が行われた。少ない参列者で式は慎ましやかに行われ、やがて彼女が火葬に処されたあと、藤吉らが中に入る前に、火葬場から係りの者が小さな容器を持ってやって来た。
「どうやら、これは奥さんからの最期の贈り物のようです」
 受け取ると、見た目より重い。三キログラムはあるだろうか。
 中身を見ると、そこにはエーソの髪を思わせる黄金が輝いていた。


FIN.


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