DOWN

永遠に美しく

 騎士イスタル・カートンと王女の侍女セリアス・アルテナの深い関係は、宮廷に勤める者の誰もが知っているところだった。何せ、二人は孤児院からの幼馴染で何をするにも一緒だったのだ。同じ宮廷勤めという役職を選んだのも、おそらくできるだけ長く一緒に居たいからであろう。
 そんな二人をずっと目にしていた王女マイアはある日、悪戯心を出した。
「イスタル。そなた、わたしの物になれ」
 最初は、王女としても冗談のつもりだったのだろう。しかし、言われた方はそうは受け取らない。何せ、騎士は王族に剣を捧げた身であり、侍女のセリアスにとっては王女は主君なのだ。
 二人は泣く泣く王女に従った。宮廷勤めを辞め駆け落ちするなども考えなかったではないが、王立孤児院で育った二人には、国への恩返しという大きな目標もあったが故だとされている。
 初めは冗談のつもりで適当なところで切り上げようと考えていた王女も、やがて見目麗しく誠実なイスタルに夢中になった。彼女は父王の反対を押し切ってまで、騎士と婚約しようとした。イスタルは、王女との婚約をあることを条件に承諾したという。
「どうか、薔薇の一種類をわたしにください。その薔薇にセリアス・アルテナと名づけ、愛でることをお許しください」
 当時、貴族の間では薔薇を掛け合わせ新種を作ることが流行していた。王女も自分の土地で何種類もの薔薇を作らせ、新種を生み出していた。
「なんなりと選ぶがいい。その代わり、もうあの女と会うことは許さぬ」
 イスタルはそれを受け入れ、小ぶりな薄いピンク色の薔薇を選んだ。間もなくセリアスは侍女の役を解かれ、人知れず宮廷を後にしたという。
 薔薇の一種類くらい何だ、と王妃になったマイアはたかをくくっていた。彼女の宮は薔薇や宝石で彩られ、画家に美しく着飾った自分を何枚も描かせてあちこちに飾った。イスタルに常に自分を忘れさせないようにするかのように、永遠の美を刻み付けるように。
 だがイスタルはそれを目にしながら、ひっそりと咲く薄桃色の薔薇に毎朝声を掛けるのを忘れなかった。
「セリアス、今日も綺麗だよ」
 まるでそれが幼馴染の代わりというかのように、彼は薔薇を愛でた。毎日それを目にしているうちに、最初は平然としていたマイア王妃の心に嫉妬が燃え上がる。しかし、誇り高き彼女は約束を破ることはできず、ただ自らの美を磨くことでイスタルの心を奪おうとした。
 しかし、やがてその国は隣国からの侵略で滅ぼされる。きらびやかだった宮廷も焼け落ち、王妃の描かせた絵もほぼすべてが炭と化し、わずかに残った宝石や芸術品は奪われた。
 ただ、王妃が作った何種類もの薔薇は各地で栽培され、五〇〇年もの時を経て今に伝わっているという。

「へえ……マイア王妃の薔薇だけは、永遠の美になったんですですね」
 学生らしい少女が、台の上に飾られた鉢入りの薔薇を眺めてため息を洩らす。そのとなりで、連れの青年が苦笑した。
「永遠になったのは、美しさだけじゃないけどね」
 言って、彼は愛おしむように小さな薄桃色の花びらを撫でた。
「セリアス、今日も綺麗だよ」


FIN.


0:トップ
#:SS目次