DOWN

裏切り

 四〇年続いた名君の治世が終わると、あっけないほど簡単に国は乱れ、貴族派の南と王族派の北に分かれた。境界上の村など常に襲撃に怯え、人々は緊張を強いられた。
 それだけなら、まだマシなほうだっただろう。一部の町や村では敵方からの潜入者を見つけた者には報奨金が出るとされ、魔女狩りに等しい様子を呈していた。
 サルビス・レイマーも、そうした潜入者狩りの犠牲者の一人には違いない。ただ、一四歳の少年が潜入者らしいということに、疑惑の目を向ける者、軽蔑の目を向ける者もいたが。
「まったく、ついてないよなあ、お前も」
 見張りの兵士の中でよく話しかけてくる男が同情の目を向けてくるが、サルビスは唇を噛んで睨み返す。
 故郷のサリトナで何年もともに笑いともに泣いてきた少女、エルナ。確かな絆があると信じてきた想い人に、敵方の潜入者だと突き出されたのは、一週間ほど前だ。
 ――金に目がくらんだか。
 エルナの母は病気で、弟もまだ幼い。彼女が今日を生き抜く金にすら困っていたことは知っていた。
 ――だからって、こんなやり方するなんて。
 仕方がない、という気持ちと裏切られた、という気持ち、そして、本当は嫌われていたんじゃないか、などというさまざまな疑念が湧いてきて、少年の心を苛む。
 処刑の日取りも決まっておらず、彼は幾日もの間、暗く冷たい牢の中で過ごした。
 だが、妙に喧騒が流れてきた日の夜、いつもの兵士がサルビスに声をかけた。
「終わったよ。お前の疑いも晴れるだろう」
「……どっちが勝ったんだ?」
 大した興味もなく訊くと、兵士は苦笑した。
「民衆の一部が蜂起した。民衆派の勝ちだ」
「じゃあ……サリトナは無事か?」
 格子を握って身を乗り出すと、兵士の表情が曇る。
「サリトナでレジスタンスが蜂起したんだ。中心になった連中は逃げて別の町で逆転したが、町は戦場になった。町民はほぼ全滅で、今は焼け野原だ」
 そう言い残して、兵士は去っていく。
 何も信じられず、しばらく茫然としていたものの、やがて、少年の喉の奥からしぼり出された叫びが、夜の空気を震わせた。
 小さな窓からのぞく満月だけが、それを見下ろしていた。


FIN.


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