DOWN

生か死か

「それで、どうなってる? 例のアレは?」
 朝早い時間帯のために、食堂にはほかの姿はない。モーニング・セットのコーヒーをひと口すすると、城木は何の警戒もなくそう切り出す。
 私は一応、ちらりと周囲を見やる。カウンターの向こうの職員も、今は暇を潰すために奥の部屋へ姿を消している。
「ああ……今のところ順調だ。マウスによる実験でも問題はない。少なくとも生きてはいる」
 声を潜め、深刻な声で告げる。
 城木は哀れむような目を向け、しみじみと、「お前も大変だな」とつぶやいた。
「でも、奥さんは元気なんだろ?」
 彼は元気付けるように言うが、私にとっては何のフォローにもなっていない。しかしまあ、しょせんは他人事だ。仕方がないか。
 私はただ、溜め息交じりにうなずくだけだった。
 それで多少はこちらの心境を察したのか、城木は気の毒そうに訊く。
「とりあえず生きてはいるって言ってたが……まさか、マウスが死んだことはないだろ?」
「ないさ。会社の貴重なマウスを死なせるわけないだろう。二度ほど、リトマス試験紙が強い酸性を示したことがある。その時点でやめたよ」
 こんなことに会社の研究施設を使ったことが知れたらどうなることか。でも、私は確かめないわけにはいかない――命に関わることなのだから。
 私たちは、それからしばらく無言だった。
 城木が早い朝食を終え、席を立つ。空の食器が載った盆を抱える彼を、私はたぶん、恨めしげな目で見上げていただろう。
 彼は苦笑し、
「ま、やっぱり妻にするなら料理の上手い女性ということだな」
 そう言い残して離れていく。
 私は懐から包みを出し、それを開けた。ゴム手袋を両手にはめ、慎重に銀色の蓋を取る。現われたのは、白いご飯と、鯖の味噌煮、トマトサラダなど、一見普通の弁当の内容。
 それを一瞥すると、私は白い試験用紙をトマトサラダのソースに近づけた。
 触れると一瞬にして、用紙は真っ黒に変わる。
「また駄目か……」
 思わずつぶやき、肩をすくめる。
 こんなに苦労するとは思わなかった――
 破壊的料理を作る妻を持つことが。


FIN.


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