DOWN

甘くとろける恋歌を

「昔、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家に憧れてたんだ」
 そんなナツミのことばに対して作ってきたのは、クッキーや板チョコを組み合わせ、ちょっと生クリームや粉砂糖でデコレーションしてきただけの、手のひらサイズのお菓子の家だった。ハヤトは一般的な男子高校生で、あまりお菓子作りに興味があるほうではない。
 それでも、ナツミのワガママだけは聞いてやろうと思っていた。彼女がただ一人の恋人で――明日に、手術を控えているから。
「どうだ、上手いか?」
 病室の窓の外を眺めながら、少し心配そうに訊く。
 その不器用そうな仕草に、ナツミはほほ笑む。もっとからかってやりたくなる。
「おいしいけど、もっと甘い物も欲しいなー」
 相手が振り返るのを待って、悪戯っぽく笑う。
「ねえ、愛してるって言って」
「何だよ、いきなり」
「こんなときでもないと聞けないでしょ?」
 無愛想で無口なほうのハヤトは、普段は決して口にしないようなことだ。それでも、入院中はどんなワガママもできるだけ答えてやろうと思っている彼は、少し赤面しながらベッドの上の少女に向き直る。
 期待しながら、ナツミは待つ。
 ――たまには聞きたい。
「お前が一番大事だ。お前に元気になって欲しいし、ずっとそばにいて欲しい」
 砂糖菓子より甘いことばを。


FIN.


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