DOWN

メモリーカード

 狭い機内で、エンジン音がかすかに重いビートを刻んでいた。初めは睡眠を邪魔されていたものだが、慣れた今となっては、安心感すら与えてくれる。宇宙には空気がなく、したがって音もない。このエンジン音は、ぼくが生きている証。
 目覚めると、ぼくはブリッジのコンソールでシャトルに異常がないことを確認し、一つしかない椅子に座って朝食をとった。大きなメインモニターの中、闇に浮かぶ地球を眺めながら、トーストにコーヒーのある食事をとるのが、いつもの日課だ。
 そして、地球と連絡をとる――これは、学校の決まり。まあ、今はこれもただの日課と変わらないけど……。
『おはよう、ウィル。調子はどうだ? 風邪でもひいてないか?』
 簡単な操作の後、スピーカーから聞き馴れた声が聞こえてきた。今回の訓練でぼくとパートナーとなった、親友のロンだ。
「ぼくはいつも通りだよ。そっちこそ、何か変わったことはあったかい?」
 地球からは、毎週ニュースをまとめたデータが送られてくる。だから、きく意味はないかもしれない。でも、これも日課なのだ。
『こっちもいつも通りさ。大したことはない。ま、あと少しで訓練も終わりだ。もうすぐ自分の目で確かめられるようになるさ』
 ぼくもロンも、国際宇宙アカデミーに所属していた。その最終訓練として、一週間、実際に宇宙で生活してみるというのがある。ロンはすでにその訓練を終えていて、ぼくが今年8人の卒業生の中で最後だ。
 そんなわけで、ぼくは今、軌道上のシャトルにいた。
『ま、気長に待てよ。焦っていいことなんてないからな』
 いつものようにそう励ます彼のことばに、ぼくは複雑な気分でうなずいた。
「ああ……待つよ」
 このシャトルには、何でもそろっている。高度な循環システムのおかげで、水にも食料にも困ることはない。万一の時のために冷凍睡眠装置もあるし、普通に起きているのが退屈なら、寝てればいい。装置の故障の可能性はないとは言えないけど、今のところ、その兆候はない。
 つまり、その気になればいつまでだってここにいられるのだ。
 ぼくはいつも通り、励まされた気分とがっかりした気分を半分づつ抱えながら、スイッチを切った。
 バカバカしい。何を期待していたんだろう。
 そうだ、少し眠ろう。起きたばかりだし、それで何か変わるわけでもないけれど……。
 ぼくは頭を振り、冷凍睡眠室に向かった。

 それからきっちり3日後、ぼくは目覚めた。頭がぼんやりする……冷凍睡眠の後はいつもこうだ。
 よろめきながらブリッジに入り、席に腰を下ろす。メインモニターには相変わらず、そうしようと思えばずっと見とれていられそうな、青い星がたたずんでいる。まるで、ずっと昔からそこに在ったかのように。
 それを見ながらボーっとしていると、ピピピ、と呼び出し音が鳴った。
 そういえば、今日はニュースデータが送られてくる日だったんだ。いつも前日にスイッチを切っておくんだけど、忘れていた。
 コンソールのパネルに手を伸ばしかけたぼくの耳に、何度も聞いた、あのニュースが流れてくる――
『×月×日未明、ついに砲撃が開始されました。ハイテク化が進んだ兵器が使用されるとなると、世界規模での壊滅的被害は免れず――』
 ぼくは、凍りついたように宙で指を止めていた。もう、それを動かすことなどできなかった。聞きたくもないのに。
 女性アナウンサーのどこか怯えたような説明が終ると、ロンの声が、語りかけるように続ける。
『ウィル……地球はもうだめだ。もう、止められない。お前だけは、生きてくれ。そこにいれば、何年でも生きられる。頼む、生きてくれ。生きてさえいていれば、望みはある。お前だけが、地球の記憶……』
 そうして、声は途切れた。
 地球には、誰もいない。こうやってメモリーカードに録音された人の声を聞いていても、それはむなしい過去の産物で、ぼくと同じ時を生きてはいない。
 一体いつまで待てばいいんだろう?
 何事もなかったようにたたずむ地球を見ながら、ぼくはこの訓練が終り、『卒業』できる時を願った。


FIN.


文字書きさんに100のお題「メモリーカード」回答

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