DOWN

話し

 硬貨を投入口に入れ、ホットコーヒーの見本品の下にあるボタンを押す。ガタン、という音がして、取り出し口に缶コーヒーが下りてくる。
 それだけで用は足りるが、最近は、妙な機能がついている自動販売機もある。
『今日は金曜日。日曜日までもう一息。ラッキーアイテムはカラオケだよ! 頑張っていこう!』
 当たりが出ればもう一本、というものなら少しはお得かもしれないが、しゃべる自動販売機なんて何の意味があるんだか……とは思うものの、アパートの近くにある自動販売機は、この、小さな商店の前にあるひとつだけだ。
 仕事帰りに、ここでコーヒーを買って帰る。それが俺の日課だった。
『今週もこれで終わり。来週は他人との触れあいを大事にするといいことがあるよ!』
 正直、夜に買うと何となく悪いことをしている気分になる。店の者が一番うるさい思いをしているだろうに、迷惑じゃないんだろうか。
 ともかく、選択肢はないんだから、自動販売機の種類が変わるまで我慢するしかない。
 今夜も俺は、疲れた身体に甘めのコーヒーが欲しくて、一二〇円を入れてボタンを押す。ガタン、という音ともに、いつもの、アニメの子どものような声が流れた。
『しゃがんで下を見ると、いいことがあるかもしれないよ!』
 何だか、いつもより具体的なメッセージだな。
 どうせ何もないだろうと思いながら、膝を折って機械の下を覗いてみる。
 甲高い音、続いて轟音がした。
 何が起こったかわからない。見上げると、青い金属がぐしゃりと潰れ、自動販売機にめり込んでいた。ゆっくり考えて事実を把握すると、ようやくトラックが突っ込んできたのだと理解する。
 店の人たちや近所の者が驚いて飛び出してくる。誰が呼んだのか、間もなくパトカーや救急車がやってきて、周囲は騒がしくなる。

 幸い、俺にもトラックの運転手にも大した怪我はなく、自動販売機も数日後に新しい物に取り替えられたが、あの自動販売機がしゃべることは、二度となかった。


FIN.


文字書きさんに100のお題「ベンデイング・マシーン」回答

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