DOWN

携帯電話

 命は等価値などではない。
 そう憲法に書き込まれたのは、何十年前のことだったろうか。あらゆるエネルギー源が枯渇してから、人々は、〈燃料〉となる生贄と、それをもとに生活する捕食者たちへと分かれていた。
 その命の価値が分かれるのは、日常の中で政府の燃料調達人に燃料にすべきと判断されるかどうか、あるいは、一八歳のときに一斉に受けるテスト結果が出た瞬間だ。
「試験結果、全解析結果……駄目だった」
 携帯電話でテスト結果の通知を眺めていた少女は、夕日に目を向け、明るく言った。
 彼女と一緒に丘の上に腰を下ろしている少年が、驚いたように目を向ける。
「リディ、それじゃあ……」
「ラス、あたし、燃料になっちゃうみたい」
 やっと振り向いた少女の白い顔には、明るく無邪気なほほ笑みが浮かんでいた。話している内容とは裏腹に、その表情は清々しいくらいだ。
「でも、あたし、ほら、昔っから身体弱かったでしょ? だから、覚悟はできてた。いつかこうなるんだって」
 ラスは、彼女が幼い頃から病気で学校を休みがちだったことを思い出す。明るくて、誰とでも仲良くなるような性格から、つい忘れがちになっていた。彼女が、病気で何度も命を落としかけていることを。
「だから……気にしないで」
 小声で言って、リディは、また夕日を見た。
 ラスは、これからもずっと一緒にいよう、と約束していた二人の間で最後になるかもしれないその会話に、納得できなかった。彼女の、何でもないような態度にも。
 だから、幼馴染みの細い肩をつかんで顔を向けさせて、
「リディ……」
 少年は、目を見開いた。
 リディの大きな目から、雫がこぼれ落ちていた。
「ラス、あたし……寂しい」
 二〇年近くそばにいて、初めて見る泣き顔、初めて聞く弱音。
 燃料に選ばれた者は、自分が機械で分解され、燃料に変わる番が来るまで、アリ一匹通さない隔離施設に入る。密閉された空間は完全に社会と隔絶され、一旦入った生贄の復帰は許されない。
 一方、彼女と違ってテストに合格したラスには、燃料から生み出されたエネルギーに支えられた、社会の中での未来が保障されている。
 しかし、彼は、リディのいない未来はいらないと思った。そう決意した瞬間、強く、恋人を抱きしめる。
「これからも、一緒にいよう――」

 最後の日、二人は、夕日を見ていた。
 格子のはめ込まれた窓の内側、密閉された空間から。
「そろそろ、か」
 つぶやいて、ラスは狭い部屋を見渡す。彼のそばには、幼馴染みの少女が寄り添うように立っていた。
 自分も一緒に、燃料になりたい――
 ラスの申し出は、あっさり許可された。生活に使うエネルギー源が増えるのだから、当然だ。家族は一応反対したが、見舞金と称した大金が出ると、すぐに何も言わなくなった。
「この時間帯って、黄昏時、って言うんだって」
 少年のたくましい手を、小さな白い手ですがりつくように握りしめながら、リディは、目に焼き付けるようにして、夕日を凝視していた。
「最後だね」
「ああ。最後まで、きみと一緒でよかった」
 その背後、分厚いドアを開けて、武装した男たちが入ってくる。
 二人は閉ざされた部屋から連れ出されると、四方を男たちに囲まれ、通路の突き当たりのドアの、清潔そうな白い部屋に導かれた。そして、天井と周りに奇妙な装置が並ぶベッドの上に寝かされる。男たちが部屋を出ると、透明な蓋がベッドの上を覆った。
「ありがとう、ラス」
 リディが再び強く、ラスの手を握る。となりの部屋からガラス越しに監視する男たちも咎めない。
「生まれ変わったら……いつかきっと」
 天井から光が降りそそぎ、周囲を白に染める。ラスは眩さに目を閉じる。すると、すぐに意識が遠のいていく。
 彼は身体が分解され、完全に意識がなくなるまで、ずっと右手のぬくもりに集中していた。

 光が収まり――徐々に、室内のものの輪郭がはっきりしていく。
 完全に装置が停止すると、一人の人間が身を起こす。
「今度も上手くいったようだな」
 となりの部屋のドアから入ってきた男の一人が、親しげに声をかける。ベッドの上の、唯一の姿に。
「今度の燃料はけっこう良さそうでしょ。最近の男の子は、すぐ燃え尽きそうなのが多いから苦労したのよ」
 溜め息交じりに言い――少女はベッドから降りる。
「さ、次の燃料を確保しなくちゃ。今月の燃料調達ノルマの達成も大変だわ」
 携帯電話のモニターで、何人もの別の学校の幼馴染みの顔を切り替えながら、少女は肩をすくめた。


※モノカキさんに30のお題「携帯電話」回答

0:トップ
#:SS目次