DOWN

レトロ

 緊迫した空気の中、大岡博士はモニターを覗き込んだ。
 まだ、決定的な作戦は提案されていない。それというのも、モニターを赤茶色にぼかすガスと、電波を感知して攻撃してくる自動対空砲のせいだ。
 ガスのせいでその存在は視認できないが、モニター上に映し出された景色の奥に、地球人からこの惑星に入植した者が住む、小さな基地があるはずだった。基地とはいえ、小さなコスモポートが併設されているだけの、居住区に過ぎない。この惑星上の二つの国の争いに巻き込まれ、逃げ遅れた住人を、大岡たち地球軍付属救援隊の一機、〈ネオクロウ〉が救護に向かったのである。
 しかし、予想に反して、基地の周囲はかなりの防衛兵器で固められていた。
「まだ、アルパ政府とは連絡がつかないのか。助け終える前に攻撃が始まっちまうぞ」
 艦長のオバードが、苛々した様子でオペレーターを見る。若いオペレーターは首をすくめた。
「それが、通信も妨害されているらしくて……」
「こっちで片付けるしかないってか」
 金髪の士官、エルムが肩をすくめる。
 艦内の頭脳担当が文字通り頭を突き合わせて考えること二時間。未だ、妙案は浮かんでこない。
「頼むぜ、理論屋よお。約七〇〇人の命がかかってるぜ」
「ああ、わかってるよ」
 再三の艦長の要求に、大岡は肩をすくめる。
 基地に、脱出方法はそろっていた。脱出用ポートやシャトルにに乗り込み、大気圏外に出てしまえば、邪魔されることなく、〈ネオクロウ〉が回収できる。問題は、連絡がとれないことだ。通信も妨害されていることで、基地内の地球人は、詳しい戦況も知らないだろう。
 通信は妨害され、電波を発する小型探査艇も発射できない。
「いっそ、鳩に手紙でも括り付けて飛ばすか?」
「ガスで死ぬぞ。それ以前に、どこに鳩がいるんだよ。お前が飼ってるカナリヤか?」
「よせよ。わが子同然だぜ?」
 大岡のことばに、エルムは顔色を変えて首を振る。
「子どもか。早く帰って祐樹と再会したいもんだ」
 大岡は、ふと、ステーションで帰りを待っている我が子のことを思い出した。
「あいつ、宇宙船のパイロットになりたいってな。よく紙飛行機を作って遊んでたよ」
「紙飛行機? また、レトロなもんを……」
 半ばあきらめかけて雑談を交わす二人を、艦長がにらむ。
 それと同時に、突然、大岡は身を乗り出した。
「そうだ……紙飛行機だよ! 機体にメッセージを刻んで飛ばせばいいんだ」
 彼のことばを、ブリッジ内の他のスタッフたちは、すぐには理解できない様子だった。だが、いち早く、大岡のアイデアに気づいたエルムが、まだ半信半疑ながら、口を開く。
「実際に紙で飛ばすわけにはいかないし、推進力はどうするんだ?」
「形状記憶合金の板を使うんだよ。推進力は……プロペラを使うってのはどうだ?」
 博士は、同意を求めるように一同の顔を見回す。
 望みはある。そう感じ取るなり、艦長は一時間ぶりに晴れやかな顔をして、号令をかけた。
「早速作戦に取り掛かれ」

 二時間後。
 〈ネオクロウ〉号の艦内広間は、助け出された地球人の入植者たちであふれ返っていた。恋人同士らしい男女や老人とその息子らしい青年、少年とその両親など、老若男女が危機を脱して、一息入れていた。
「それにしても、よく思いついたよな」
 避難民の子どもに紙飛行機を折っている大岡に、カナリヤを指先に留まらせたエルムが感嘆を洩らした。
 大岡は、できた紙飛行機を少年に渡してやりながら、ほほ笑む。
「温故知新。レトロなものの裏方にも、未来に通じる知恵が隠されてるってことさ」


※モノカキさんに30のお題「レトロ」回答

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