DOWN



 雨の中を歩いていた。当然、道にも人通りはない。特に、わざわざ傘もささずに歩いているのは、私くらいのものだろう。
 雨は好きだ。すべてを流し去ってくれるから。
 私は、全身びしょ濡れになりながら、海岸の丘に向かった。『晴らしが丘』と呼ばれる丘が、私のお気に入りの場所だった。
 ところが、今日は先客がいた。
 しかも、私と同じく傘もさしていない。長い髪の、私と同年代くらいの女の人で、綺麗な花柄のワンピースが濡れそぼっていた。
「こんにちは。あなたも、晴らしが丘の伝説を見に来たんですか?」
 思い切って話し掛けてみると、彼女は笑顔で答えてくれた。
「ええ。ふと、思い出して。ここにはよく来るんですか?」
「はい。私の場合、ほとんどは好きだからただ来てる、って感じなんですけどね。でも、今日はちょっとわけアリかな。昨日、実家で飼ってた猫が死んでしまって」
 私は、笑みを作って見せた。でも、本当に笑っているかどうかは、私自身にもわからない。
 彼女も、笑っていた。
「私のほうは、入院していた祖父がついに亡くなってしまって。ずっと前から覚悟はしていたんですけどね」
 雨の中、私たちは笑顔のまま、色々と他愛のないことを話した。
 そのうちに、雨がやんだ。
 私たちは、同時に空を見上げる。
「あ」
 黒雲に切れ目が走り、陽の光が海の上に降りそそいだ。じっと凝視している私たちの前で、うっすらと、七色の筋が濃くなっていく。
 泣きはらした乙女の心を晴らすため、涙を流す雨が切れて空が晴れたとき、天からの使者が虹を渡り祝福する――
 私たちぐらいしか気にかけていない、晴らしが丘の伝説。
 それでも、それは今、私たちの心を晴らしているのに間違いなかった。


※モノカキさんに30のお題「雨」回答

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