DOWN

節分

 どこかで子どもが泣いている。ふと横を向くと、窓の向こう、となりの家の窓のカーテンに、うずくまっているような人影が映っていた。そのそばに、大人のものらしい影が歩み寄る。母親だろう。
「かずちゃん、泣いてばかりいたら鬼に食べられちゃうぞ。ほら、悪いことしたら、ごめんなさい、でしょ?」
 猫なで声の母親に、子どもはただ泣き続ける。
「かずちゃん、泣かないの。近所迷惑でしょ?」
 確かに迷惑だが、小さな子どもにそんなことを言っても通じない。
「ほら〜、早く泣き止まないと鬼が来るぞ〜」
 脅しは相手を怖がらせるだけでまったく効果が無い、悪いしつけの見本だって心理学の本で読んだことがあるな。
 少しあきれながら、窓を眺める。我ながら野次馬根性旺盛だ。
 見ていると、子どもは立ち上がった。お、泣き止んだのか?
 子どもが影が映る範囲から消える。と思ったら、何かを手にして戻って来たらしい。そして、小さなものをバラバラと投げる。
「まあ、なにするの?」
 慌てた母親に、子どもは涙声で、
「鬼が来たら嫌だから、追い出すの。ね、豆まきしたら鬼、来ないよね? お母さん」
「まあ……」
 母親が驚いたように言う。
「そうね、かずちゃん。でも、いい子にしてたら、鬼がもっと遠くに行くわよ」
「うん。ごめんなさい。ぼく、いい子にするね」
 子どもと母親は和解したらしい。窓の影は消え、わきあいあいとした「鬼は外、福は内」の声が遠くなっていく。
 そういえば、今日は節分か。でも、豆なんて買っていないな。一人暮らしの若者なんてこんなものかもしれないが。
 でも、私は豆自体は好きだ。そういえば、つまみに買っておいたものがあったかな?
 キッチンの棚を探ってみる。そのとき、怒鳴り声が聞こえた。
 流しの壁にある小さな窓から、先ほどとは別のとなりの家の窓が見える。カーテンの向こうで、大人二人が、何か言い争っているらしい。
「前からずっと約束していたでしょう! いきなり行けないってどういうことよ!」
 若い女性らしい声が響いた。夜七時に大声を出すのはやめてもらいたい。
「しょうがないだろ。大きな声出すな。そういうとこが下品だってんだよ」
 こちらは若い男。修羅場か。
「何ですってー!」
 女性は金切り声を上げて、左手で何かを持ち上げた。その何かに、右手を突っ込む。
「この鬼ー! 出てけー!」
 何かを、相手に叩きつける。たぶん豆だろう。
「いてててっ! なにすんだよ!」
「鬼は外ー!」
 開き直りぎみの女性の攻撃に、男性は窓から見える範囲から退場した。
 節分も流儀は家それぞれだな……と思いながら、大豆をゆでる。
 自分の年齢の数だけ食べるといいというのを思い出したが、そんな年齢の数だけゆでるのは水がもったいないので、適当な数だけゆでた。
 それと、掃除が面倒なので、豆は狙って部屋の隅に投げることにする。
 ……これが私流ということで。


※モノカキさんに30のお題「鬼」回答

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