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新しい始まり

 宇宙空間は、以前目にした時と変わりなく、暗く静かだった。だというのに、今までよりずっと頼りなく感じられるのは、命を支えているのが自分の技術だからか。操縦免許証はあるし、恒星間航行の可能なこの時代、シャトルの操縦はほぼ全自動の簡単なものだが、他人を乗せての操縦は初めてなのだ。
 計器でシャトルの針路をチェックしながら、リクは苦笑した。ふと目をやると、となりのシートに座っている少女は窓の外を眺めており、少年の緊張には気づいていない。
 少女は、その名をサラと言った。リクとは同じ学校に通い、同じ屋根の下で暮らす、幼なじみだ。二人とも、地球からの入植者が暮らす、惑星テラ03の孤児院で育った。リクはもともと捨て子で、五歳のとき、事故で両親を失ったサラと出会う。
 それから一二年間、まるで兄弟のように、生活をともにしてきた。今更、ことばにしなければ分かり合えない想いなど無いはずだった。
 しかし、気楽に何でも語り合えるのとは逆に、リクには隠してきた想いがあった。今の関係を壊したくなければ話してはいけない、見せてはいけないと感じ、仮面をかぶせてきた想い。
 すべてを取り払った裸の想いを、いつかはぶつける時が来るのか、と考えていた。サラをこうして宇宙空間の散歩へ誘ったのは、無意識のうちにその時を望んでのことか。
「ねえ、どこまで行くの?」
 降りしきる雪のように窓の外を流れていく星を見ていたサラは、リクの思いなど知るよしもなく、不思議そうにきく。『もっと近くであの星空を見てみたい』と常日頃口にしていたのは彼女だが、リクは明らかに、ある一点を目差してシャトルを飛ばしていた。
 少女のことばに、リクはほほ笑みを浮かべた。
「新しい始まりを見に行くんだよ」
「新しい始まり……?」
「そ。行けばわかるよ」
 軽くかわされて、サラは少しムッとしたように、相手を見た。
「いっつもそうやって、驚かそうとするんだから……」
 溜め息混じりに言いながら、サラはあきらめたように、宇宙の闇と同じ色の瞳を再び窓の外にやった。その様子を見て、リクが再びほほ笑む。
「サラは、本当に星が好きだね」
 地上にいる時も、サラはよく、孤児院の近くにある丘で夜空を見上げていた。それに付き合っていたリク自身も、やがて宇宙に憧れを抱くようになっていったのだが。
 サラが星空に憧れる理由は、リクにも何となくわかっていた。
「星の間に行けたら、お父さんとお母さんの近くに行けたって思えるかなって。あたしにとって、天国に近い場所、っていうのかな」
 照れ隠しなのか、少しおどけたように、サラは答える。
 彼女の両親は、大気圏外の仕事中、爆発事故に巻き込まれて亡くなった。地上に形だけの墓はあるものの、遺体は回収不能だった。彼女には、星々の間が両親の墓に思えるのだろう。
「天国か……」
 独り言のような調子で、リクが口を開く。
「そうかもしれないね。宇宙空間の、星々の間に色々なものが生まれ、消えていく……ほら、見えてきたみたいだよ」
 そのことばに、サラは見逃すまいと、慌てて正面モニターを振り返った。
 そこには、広がる深淵の暗黒と、中央に小さなかすみのようなものが映っていた。リクがセンサーの倍率を上げると、かすみのように見えていたものが画面全体に拡大される。
 それは、どんな芸術家も創り得ない、壮大な美だった。
 紫色のベールに包まれたオレンジ色の膜になかに、無数の光の粒が瞬いている。中心ほどまばゆく、粒が敷き詰められているようだった。無数の星と、それを形作るチリやガスが創りあげた、ひとつの芸術。
「きれい……」
 しばらく声もなく見入っていたサラは、ようやく一言だけ口にして、また、じっと映像に見入る。
「新しい始まり。あのなかのどれかにいずれ命が生まれて、ぼくたちみたいに泣いたり、笑ったり、後悔したり、未来を思ったり……愛し合ったりするのかもしれないね」
 静かな口調で語るリクを、サラが振り返った。何かを予感するように、あるいは、期待するように。
 ああ、今、ここで言うんだ。
 リクはまるで映画を見ている観客のように、他人事のような気分でそれを確信し、すぐに決意に変えて、口を開く。
 そう、今、言わなければいけない。
 ずっと心の底に秘めてきた、新しい始まりをもたらすことばを――。


モノカキさんに30のお題「秘めごと」回答

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