DOWN

シミュレーション

 その男が逮捕されたのは、三度目だった。彼は以前にも顔を合わせた、サングラスの青年の前に引きずり出される。
 部屋には窓はなく、古臭いテレビが一台、天井から吊るされていた。
「あんたら、予知能力でも持ってるみたいだな」
 資産家の家に忍び込み、金庫をこじ開けて中身の札束を手にしたところで、隠れていた警官に取り押さえられる。老人を狙ってことば巧みに金を振り込ませようとすれば、電話を切って部屋を出たところで逮捕される――それが、三回続けてだ。まるで、行動をすべて見透かされているかのように。
 サングラスの青年は表情を動かすことなく、相手に顔を向ける。
「我々は、自分の仕事をしているだけだ。イデア計画に従って」
 イデア計画。どこかで聞いた覚えのあるそれについて、男は思いをめぐらせる。
 もともと、詳細は公表されていないはずだ。犯罪予防のために専門家が集められ、イデア計画と名づけられたものが開始された――という情報だけが、約四〇年も前に、さりげない日常のニュースとして人々の目と耳に触れただけだ。
 ただ、その前後だったか。毎年一度、国民一人一人の身体と性格、行動パターンデータを分析し、司法省が保存することになったのは。
 男の記憶から引き出されたのは、そういったことだった。
「計画のおかげで、犯罪阻止率は、九〇パーセント以上に昇っている。お前も、犯罪なんて無駄なことはやめろ。先が見える」
「そりゃ、そうかもな」
 どこか不敵な笑みを浮かべ、男は応じた。無駄と言われればやり遂げたくなる性質なのだ。
 彼は再び立たされ、ドアの外で待っていた警官に引っ立てられていく。それを見送りながら、サングラスの青年は肩をすくめた。
「ありゃ、またやるな」
 ジャケットの内ポケットからリモコンを取り出し、テレビのスイッチを入れる。画面に現われたのは、コンピュータにより描き出された、仮想の街並みだ。
 リモコンを操作すると、映像が切り替わる。あるアパートの一室で、先ほどの容疑者と同じ顔をした男が笑みを浮かべ、布で盗みに使う道具を手入れしていた。
 と、不意に、衝突音がする。画面上の男が顔を上げるなり、表情を歪め、倒れる。銃を手にした別の男が、足もとに転がった部屋の主の脈を確認し、金目のものを物色し始める。
 それを眺めていた青年は通信機を取り出した。
「N市本町三丁目の大貫。強盗だ。確保しろ」
『はい。了解しました』
 部下の応答を聞き、彼はテレビのスイッチを切った。


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