DOWN

つなぐ絆

 有紀と祐輝は、血のつながらない兄弟だった。母が有紀を連れた父と再婚し、祐輝は抵抗もなく妹を受け入れる。一年もすると、友だちのような感覚で話をするようになっていた。
 しかし、大切な用事で親戚が泊りに来るので、自室を親戚の寝泊りに使わせて欲しい、だからしばらく兄の部屋にいて欲しい――と、両親に頼まれると、当然有紀は猛反対した。
「年頃の娘を、こんな猛獣と一緒にしようっていうの!」
「猛獣って……」
 後ろで祐輝が面倒臭そうに抗議するが、有紀は無視した。
「いくら兄弟って言っても、男臭い部屋じゃ安心して眠れもしないよ!」
 両親は困ったように顔を見合わせる。
「と言ってもねえ……急な話で悪いけど、泊るのは小さい子とその子のお母さんだから、物置部屋に泊める訳にもいかないし」
「ほんの、二日間のことだから」
 両親の説得にも、有紀は怒りが収まらない様子だった。
 結局、彼女は新しいバッグを買ってもらうことを条件に引き出し、それでも不承不承ながら、兄の部屋で寝泊りすることを承諾する。
「ここから先、立ち入り禁止だからね!」
 身の周りのものを祐輝の部屋に運び込んだ有紀は、辺りに散乱していた本や上着をドアから床の上に一直線に並べると、八つ当たり気味に言って布団に入った。

 親戚親子は、早朝、有紀の部屋に入った。若い母親と四、五歳くらいの男の子だ。
「さあ、ご挨拶して」
 母親が優しく促すと、背後に隠れていた少年が頭を下げる。
「狭い部屋だけど、どうぞごゆっくり〜」
 高校への登校時間が迫り、慌てて家を出る兄の後ろで、妹は何度も見送る母子を振り返っていた。

 家で兄妹が同じ部屋で寝泊りしているからといって、学校で何かが変わるわけではなかった。授業時間も、休み時間も、いつも通りに過ぎていく。
 放課後、祐輝はサッカー部の部室に向かう途中で、妹の教室に立ち寄る。
 いつも通りの、日常。そんな中で、彼は義妹の様子がおかしいことに気づいていた。窓から見えた、妹のクラスの体育の授業の風景の中でも、一人、何か悩んでいるようにうずくまっているようだった。
「有紀はいる?」
 いつも義妹と一緒にいる三人の女子にきくと、掃除をしていた彼女たちは、首を振る。
「有紀なら、もう帰りましたよ」
 妹は、女子バスケットボール部に所属している。今日はバスケ部は休みだったかな、と不思議に思いながらも、祐輝は練習が始まる時間が近づいているのに気づき、慌てた。
「ありがとう」
 礼を言い、急いで運動場のそばにある部室に向かう。
 すでに友人たちは着替えを終えていた。
「おせーぞ、祐輝」
「悪い悪い」
 友人たちとことばを交わしながら、運動着に着替え、バッグの中のシューズを捜す。
 しかし、いくら捜しても目当ての物は出てこなかった。
 悩みながら捜しているうちに、彼はふと、思い出す。昨日、義妹が部屋の中央に並べて境界線にしていた物のなかに、スパイクシューズがあったはずだ。
「家に忘れてきた。取って来る」
 祐輝の家は、学校から近い。友人にそう告げて、祐輝は部室を出た。

 家に帰ると、鍵が開いていた。妙に静まり返った雰囲気に、祐輝は足音をたてないよう気をつけながら、部屋に近づく。
 ドアは開いていた。足を踏み込むと、見覚えのある背中があった。それは、小さく震えてるように見える。
「有紀……?」
 黙ってうずくまっているように見える少女の背中に近づいた。
 義妹からは、返事がない。
 祐輝は少しためらい――境界線を越えた。
 それに気づいて、有紀が振り返る。その顔は、少し恥ずかしそうにほほ笑んでいるように見えた。手の上には、自分の部屋から持ち出したらしいアルバムが広げられている。
「あの親子見てたらさ……前のお母さんのこと思い出しちゃった」
 前の母親。有紀にとっての、血のつながった実の母親だ。
「今のお母さんも好きだけど……早く、忘れないと失礼だよね」
「忘れる必要ないだろ」
 祐輝はそっと、義妹の肩に手を置いた。
「家族なんて、そう簡単に忘れるものじゃない。違う家に行ったらすぐに忘れられるなんて……俺は嫌だ」
 目を合わせず、照れくさそうに、横を向いて言う。
「そうだね」
 その顔を見上げながら、有紀はほほ笑んだ。


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