DOWN

初めてじゃない最初

 太陽系の第三惑星、地球。二〇〇〇年代に入ると、この惑星の人類の進歩はさらに加速していった。紛争や食糧不足は完全な決着をみたわけではないが、不況をやり過ごした先進国の目は、必然的に地球の外へと向いていた。あるいは、不況を乗り切るための利益を求めて、か。
 SETIプロジェクトや、次々射ち上げられた宇宙望遠鏡、最新鋭の機材を搭載した人工衛星の観測により、ある惑星から人工的な信号が発信されている可能性が高まったのは、暑い夏の日のことだった。
「向こうもこっちに気づいたらしく、以前より強い信号を定期的に送ってきております。解析結果によると、二週間後に何かが起こる、ということだそうです」
「何か、とは?」
 壇上の研究チームの主任である科学者に、聴衆席のマスコミから質問が飛ぶ。
 科学者は机に手をつき、身を乗り出した。
「現在……交信相手の何者かが地球にやってくるのではないかという説が有力です」
 聴衆席からどよめきが起こった。それまでも期待の目が壇上の白衣姿に向けられていたが、学者たちの理論に裏づけされ、いよいよ、という気運が高まってくる。
 科学者は少し場が落ち着くのを待って、再び口を開いた。
「この事態に際し、国連は対策委員会を組織する運びとなりました。詳細は議論中です」
 再び、会場がわいた。説明が終わったと見るや、記者たちは我先にと手を上げて質問を始める。
「今回交信している相手はどのような形態をしていると思われますか?」
「他に何か言ってきていることは?」
「攻撃的な相手だと思いますか?」
 この取材攻勢に、主任科学者は戸惑いながら、個人的な主観だと前起きして適当に答えた。そして、逃げるように壇上から降りて控え室に向かう。
 控え室には、国の高官が映像で会場の様子を眺めて待っていた。
「やあ、お疲れ」
「疲れましたよ、本当に。何でここまで騒ぐんだか」
 どさっとパイプ椅子に腰を下ろし、部下に渡された紙コップのアイスティーをしばらくのどに流し込んでから、主任科学者は溜め息混じりに言った。その向かいで、政府の高官は苦笑する。
「彼らにとっては未知との遭遇だ。それに、物には順番というものがあるのさ」
 その翌日から、ニュースは毎日、ほぼすべて国連の会議と信号の情報になった。『信号は昨日と同じく繰り返されている』という変わり映えしない情報が表現を変えて毎日流された。一方、会議のほうは順調に進み、時間のかかった場所決めも、丁度相手側の惑星を向いており、上空からわかりやすい、そしてロマンを感じるという考古学愛好家やUFO愛好家の押しもあって、ナスカの地上絵付近に決まった。歴史的瞬間を歴史的に美しい場所で迎えようということである。
 国連の代表団が現場に赴き、一週間前から準備を進めた。警備員たちが遮る周囲をマスコミが陣取り、上空をヘリが何機も飛び交った。当日には、上空は航行禁止になるが。
 各国首脳や外相、心理学や科学系のスペシャリストで構成される代表団が現地に到着して一週間、やがて、約束の時がきた。
 空は薄らと雲がかかり、はるか天空まで見通せるとは言いがたい。いつもは隙あらば関係者にインタビューしようと言うマスコミたちも静まり返っており、ナスカの地上絵の神秘も手伝って、どこか異様な雰囲気だった。
 代表団の本部が、人工衛星が地球に近づく飛行物体を捉えたという連絡を受け、それをマスコミに向けて発表すると、一度周囲は騒然とした。だがそれも、すぐに沈黙に変わる。
 世界中の人々が注目する中、それは突然、空中に現われた。
 灰色の、船に似た飛行物体。
 人々はざわめきもせず、降下する船を茫然と見ていた。
 やがて着陸した船の入り口が開き、人々は息をのむ。現われた三人の異星人たちは、地球人とほとんど変わらぬ外観をしていた。
 代表団は恐れ気も無く、宇宙船に近づく。いまだかつてない注目の中でお互いの代表者が近づき、やがて、目の前に立った。
「ようこそ地球へ」
 国連側の代表者が大きな声で言い、次に、相手にだけ聞こえる声でささやいた。
「お疲れさん。第一声、頼むよ」
 言って、手を差し出す。異星人側の代表者は肩をすくめ、差し出された手を握った。
「初めまして、地球の諸君」
 彼が流暢な英語で言うと、周囲の人々が歓声を上げた。
 会談の場所は、代表団が設置したテント内に映る。マスコミの目はシャットアウトされるが、親しげなやりとりから、人々は安堵と驚愕を得ていることだろう。少なくとも、相手が攻撃的でないことと、この会談が成功に終わりそうだということは印象付けられている。
 実際、テント内の席につくまでに、それぞれの代表は親しげにことばを交わしていた。
「長旅、お疲れさん。どこの出身だい?」
「プレデアスだよ。そっちは?」
「ああ、ここから二三光年先の田舎だよ。代表団には、遠く一〇〇光年以上旅してきた者もいるんじゃないかな」
「とにかく、やっとこっちに認知されるってわけだね。まあ、今となってはあまり意味はないかもしれないが……ちゃんと歴史の教科書に『異星人と初コンタクト』って載っけてもらわないとな」


※モノカキさんに30のお題「はじめまして」回答

0:トップ
#:SS目次