DOWN

咎人たちは風と詠いて(3)

 しかし、まず皆の目を引いたのは外の景色ではなく、椅子に腰掛けた、片目の男だった。黒い、しかし色あせた革の上着を着込んだその男は、少年ではない。年齢は、三〇代半ばくらいか。
「ナユト、連れてきてくれたか。ご苦労だった」
 男は椅子ごと向き直って、新しい顔を迎えた。
「オレはシェザース。数少ない大人だからか、一応ここのリーダーをやらされてる。一応簡単に、これからのことを説明しよう」
 話しながら、彼は目に焼き付けようとするかのように、一人一人の顔を見回す。
「まずは三日間、この列車の仕事をしてもらう。それで適性を見て、町での仕事か、ここに残るかが決まる。本人の希望なんてものは考慮されない」
 もう説明しなれているのか、何の感慨もなく言い切る。
「少しでも長く生きたければ、管理システムの機嫌を損ねないことだ……機嫌なんてものがあれば、もっとマシだったかもしれないが。我々は、ただのコマだ。ミスを犯せば、何の躊躇もなく切り捨てられる」
 彼の青い左目が、暗い影を映したまま一人一人を見据える。
 ホナミもツキミも、そしてナユトも改めて、シェザースのことばを胸に刻んだ。

 新米たちは、来た当日から、囚人列車での仕事を体験する。三日目には、全員がそれなりに、与えられた仕事に慣れていた。
 列車は砂に隠れたレールの上に浮かび、三つの町を回る。何もなければ三日ごとに回り、物資や手紙、時には乗客を運んだ。乗員の仕事は物の持ち運びの手伝いと整理、列車の点検や警備、そして、時折ある、町や砂上ビーグルからのSOSに応えることだった。
「そろそろタイム・リミットだぞ。あと三分だ」
 リーダーのシェザースが、歩いて列車に戻ってくるメンバーに向けて声を張り上げる。
 車両から飛び出した少年少女たちが、それぞれ担当の荷物を抱えて届け先に走り出してから、間もなく一時間が過ぎようとしていた。出て行った者が戻らなくても、列車は時間通りに発車する。そして、乗り遅れた者は役立たずとみなされ、命を落とす。遺体もエネルギーに変換され、その存在の痕跡は一片たりとも残さない。
「急ごう」
 列車からのシェザースの声を聞きつけ、ナユトたちは他の子どもたちに混じり、全力で駆け出した。
 彼とホナミ、ツキミが任されたのは、一番大きく重量のある箱だった。見た目に反し腕力も体力もある三人が、リーダーに担当を指名されたのだ。それを無事に工場に届けた三人は、急いで引き返して来た。それでも、プラットフォーム付近に辿り着いたときには、時間はかなり切迫している。
「あと一分!」
 息を切らし、プラットフォームに駆け上る。周囲の少年たちも、必死の表情で列車の入口に走る。
「五八……五七……」
 秒単位のカウントが始まる。他のメンバーともつれ合うようにして、一番近い出入口に転がり込んだ。
「さ、別の車両に移動しろ。残りの連中の邪魔になる」
 金髪の少年が一人だけ残り、となりの車両へのドアを、素っ気なく顎で示す。オーリスという名の、年齢より落ち着いた雰囲気のある少年だ。
 帰還した少年少女たちは言われた通り、急いで車両を移動した。移った先の車両に新米で一番年下の少年、レモの姿をみつけ、内心ナユトと姉妹はほっとする。
 だが、周囲はその思いとは裏腹に、緊迫している。
「おい、急げ! 早く!」
 ドアの近くに集まった少年たちが、鋭い声を投げかける。カウントダウンは、まだ続いていた。
「一二……一一……一〇」
 出入口のそばに集まるメンバーの後ろから顔を出してのぞき見ると、全力疾走でプラットフォームに上がってくる、小柄な少年が見えた。
「八……七……」
 彼は仲間たちに声をかけられながら、顔を紅潮させ、歯を食いしばって走る。
 しかし、出入口まで数メートルといったところで、プラットフォームのわずかなくぼみに足をとられ、つまづいた。
「三……二……」
 少年の手が、宙で、入口の仲間たちに向かって伸ばされる。だが、それは遠過ぎた。
「あんた……!」
「やめろ! 間に合わない!」
 周りの少年をかき分けて飛び出そうとしたツキミを、となり車両の出口からの声が制止した。ほぼ同時に、後ろから、ナユトが腕を、ホナミが服をつかんで引き戻す。
「……一」
 ボオオオォォォォ……
 重々しい、どこか幻のような汽笛が鳴った。
 ドアが閉じていく。その隙間から、目を見開いて見上げる、外に取り残された少年が見えた。
 窓をのぞけば、紋章の毒で命を絶たれる彼の最期が見えたはずだが、誰も動こうとしない。少年たちは声もなく、立ち尽くしていた。


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