#DOWN

終結 ―遠い〈記憶〉の彼方―(8)

 一歩近づくと、淡い緑のドアが横に滑る。
 開けた視界の先に見えたのは、落ち着いた空色の壁の、短い通路だった。通路のあちこちに、別の部屋へのドアやアーチ状の出入口がある。
 シータとリルが部屋を出ると、直後に、覚えのある話し声が耳に入る。
「そこにいるのですか? クレオ! ルチル!」
 シータが叫ぶ。
 続いて、ドタバタと、騒がしい足音がした。
 出入口のひとつから現われた二つの姿は、間違いなく、クレオとルチルのものだった。クレオのほうはもう一方の少年少女を見つけると、猛スピードで突進する。
「やっぱりこっちと一緒になってたか! リルちゃん、何か危ないことされたりしなかった?」
「ううん、全然」
 深刻そうにのぞきこむクレオに、銀髪の少女は平然と首を振る。
 そのとなりで、むしろ、されかけたのは自分のほうだとシータは思うが、そんなことを口に出すわけにもいかなかった。
「まあ、無事みたいで何よりだけど……ステラちゃんは?」
 クレオの後ろから、少し遅れて歩み寄ってきたサイバーフォースの一員である少女は、心配そうに二人に目を向ける。
 二組のどちら側にも、車椅子の少女の姿はない。脱出することができず、空間に閉じ込められているのではないかと、四人は不安げに視線を交わした。
 待っていれば、何かいい手が浮かぶかもしれない。
 シータは、そんな虚しい期待を胸に沈黙するのは、すぐに止めた。無言で周囲を見守るだけのクレオたちを置いて歩き出すと、ミッション・ルームへの出入口に向かう。
「おい……」
「彼女に我々と一緒に来る気があるなら、そのうち出てくるでしょう。無理なら、早くセルサスを復帰させて空間を正常に戻せばよいのです」
 クレオの問いかけに、出入口の前で足を止め、振り返る。面倒臭そうに言うべきことだけを言うと、彼はまた、歩き始めた。
 残された、三人全員が納得しきったわけではない。それでも距離を詰めようと駆け寄ろうとする前で、急に、シータが足を止める。
 その後ろ姿の向こうに、少女がいた。〈ミッション・ルーム〉の文字を刻んだプレートがはめ込まれたドアの前に車椅子を横付けにしたステラが、やってきた四人の姿に気づき、顔を向けてほほ笑んだ。
「彼女のほうが、先に行く気持ちが強かったみたいね」
 ほっとしたように顔をほころばせ、リルが前を行くシータに声をかけた。
 少年は苦笑し、軽く振り返ってから、ドアの前に進む。ステラは通路の端に避け、隙間に、シータに負けじとクレオが入った。
 ドアの向こうから、誰もが胸が騒ぐような妙な気配を感じる。皆、ここが終わりの場所だと直感する。
 クレオは、剣の柄に手をかけた。
「行こう」
 気合を入れるように、声を張り上げ、彼は、ドアに近づいた。
 ドアが音もなくスライドする。
 閉じていた空間が、前方に向かって開かれる。
 その、新しく視界に加わった景色の中に、少年少女たちは飛び込んでいく。
 大きな円形の部屋に、コンソールや椅子が配置されていた。中心には、モニターや入力機器などがまとめられた、直径数メートルもの柱状の装置が床と天井をつないでいた。
 室内の機器は、生きているようだった。部屋は明るく、やけに暑い。
「やっと来たな」
 野球帽を被った男が、待ちくたびれたように顔を上げる。
 おそらく、待ち伏せを仕掛けていたのだろう。出口に向かい、二人の若い男が立っていた。野球帽の男に、サングラスをかけた細面の男だ。
「これが全員ではないでしょう?」
「ああ、もう二人いるはず……」
 ことばを交わす少年たちに、サングラスが向けられる。その男の目は見えず、口はかたく閉じたままだ。野球帽のほうとは逆に、表情が見えない。
 結局彼は口を開かず、野球帽の男が、代わりに話を続ける。
「黙って見てるって言うなら、何もしない。賢者さまの最後の温情だと思え。言うことを聞かないなら、何としてでも排除する」
「だったら、こっちは何としてでも通らせてもらうぜ」
 クレオが剣を抜いた。後ろでは、ルチルがレイガンをかまえる。
 男たちの雰囲気が変わる。話し合いや取引での解決など、最初から考えていない。

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