#DOWN

終結 ―遠い〈記憶〉の彼方―(5)

 彼が歩き出すと、皆、無言で後を追った。そして、彼が足を止めると、その背中越しに最後の空間に続く〈入口〉を見る。
 正方形の通路の入口に、奇妙な光景が詰まっていた。奥から照らす出されたような、淡い灰色の空間に、イナズマに似た色とりどりの光が瞬いている。
 何か、今まで目にしてきた光景とはかけはなれた、歪んだ風景。
「この先は、入るたびに違うことが起こるんだ。でも、辿り着こうと信じていれば、必ず辿り着ける。そういう空間だから。何があっても、気を強く持って念じてね?」
「ややこしそうだね……」
 ルチルが苦笑し――覚悟を決めたように、レイガンを右手にかまえる。
 迷いはなかった。
 もう、お互いの意志を確かめることもない。ここまで来て、迷うような少年少女たちではない。
「行くよ」
 短く、一声かけて。
 少年たちは、一歩を踏み出した。

 クレオは、のしかかってくるような重さで目を覚ました。
 どうやら、入口をくぐった瞬間に意識を失ったらしい。
 その事実と、自分が仰向けに倒れていることを知ると同時に、頬に、やわらかいものを感じる。
「ん?」
 しっかりと目を開けると、意識が急激に覚醒する。自分の顔に胸を押し付けるようにのしかかっている赤毛の少女が、丁度目を開けるところだった。
「あ」
「え」
 口を開いた拍子に思わず洩れた音を残し、しばらくの間、茫然と見つめ合う。
 やがて――
 ルチルの平手が炸裂した。
「いったああぁぁぁ……」
 のた打ち回る少年をよそに、レイガンをかまえた少女はゆっくりと立ち上がり、油断なく周囲を見回す。
 広大な、鈍い銀色の壁と天井に囲まれた車輌用道路に似た空間だった。幅は数十メートルと言ったところだが、背後も、行く手も先が見えない。
「珍しいな、大体、一人一人バラバラになるって聞いたけど……執念を向けた相手についてくることもあるってことかな」
「そりゃあ、あたしはキミに執念はあるよ」
 何とか起き上がる少年のことばに、ルチルは、どこか自嘲するように笑った。
 立ち尽くしているのも気分が乗らないので、二人はとりあえず、歩き出す。どちらが先とも後ろともつかない、奇妙な通路を。
「その執念は、刑事としてのものなの?」
 少年は、自分をマークしていた相手に、静かな声で問うた。
 初めてルチルの正体を聞いたとき、彼は、内心少なからず動揺した。
 組織の内側にいる間はある程度遠ざけられてきたが、世間が彼らに向けている視線を一気に突きつけられた気がした。
 それも、今では冷静に受け止められる。啓昇党のしてきたことから、サイバーフォースに怪しまれても仕方がない、と想像できる。
「最初はね、キミがうらやましかった。珍しいじゃん、家族そろってるのって。だから、絶対コイツ凄いアマちゃんだろうな、とか思ってた」
「で、実際アマちゃんだった、と」
「うん」
 あっさりうなずきを返され、クレオは転びかけた。
「ルチルちゃん……」
「いやあ、ちょっとがっかりしたよ。馬鹿にしてたけど、ちょっとだけ、期待もしてた。温かい家族に囲まれた、優しくて勇敢なヒーローを期待してたのに、こんなアマちゃんで」
 家族に囲まれながら、その言いなりとなってヒーローを気取り、罪のない者の命を奪うようなことにも手を貸していた自分。
 ほんの少し前の自分をかえりみて、クレオには、反論のことばもない。
「今は違うよ」
 容赦のない言いように落ち込みそうになった少年に、少女は笑みを向ける。
 彼女は少しだけ、その頬を、髪と同じ色に染めた。
「今のキミ、カッコイイよ」
 心からのことばだった。
 勝気な少女が口にすることは滅多にない、少年が耳にすることも滅多にない、素直な褒めことば。
 面と向かって言われて、クレオは顔を背け、照れたように頭をかいた。
 それを、ほほ笑ましい気持ちで見つめながら、ルチルが正面を指差す。
「さあ、とっとと先に進もう。あたしには、サイバーフォースの一刑事としての義務がある。どうしても、行かなきゃならないの」
「オレは……」
 迷うように、クレオは口ごもる。
「何なの?」
 ルチルに促され、少年は決意の目を向けた。
「本物の……作り物じゃないヒーローになってやる!」
 先の見えない道が変容していく。見覚えのある、部屋の姿に。
「それに……もたもたしてると、リルちゃんをシータと一緒にしてしまうかも……」
 歪み、形を変えていく世界を真っ直ぐ見届けながら、ルチルは手にしたレイガンの横腹で、となりに立つ少年の後頭部を叩いた。

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