#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (15)

「あなたの知ってることを話しなさい……先ほど、啓昇党の男たちの記憶を喰らったでしょう?」
 舌をもつれさせながら、サーペンスは答える。
「ああ。あいつら、ゼーメルの教会に拠点を持ってるんだ。そこからシュメール経由で管理局にクラッカーを派遣して、セルサスを封じてる」
「クラッカーは誰です?」
「みんな知らん名前だ……でも、偽名かも知れねえ。顔も偽ってるかも」
 仮想現実の構成論理に通じた者なら、顔や名前を自由に変えることが出来た。セルサスの検査を潜り抜けられる者は少ないが、今なら、技術さえあれば難しいことではない。
 一応三人のクラッカーの名前を聞き出し、シータが記憶する間に、読唇者が別の質問をした。
『ゼーメルの教会とやらに行くには、どうするんだね?』
 サーペンスはその声の正体を知らないが、シータの仲間だろう、と判断したらしい。
「とりあえず、教会じゃ〈大いなる進化のために〉とか合言葉を言うんだが……あいつらは、セルサスの転移機能で移動してるからな。教会自体は、今の状況じゃ、地道に捜し歩くしかねえと思うぜ」
「そうですか……わかりました」
 もう用は済んだ、という調子で、シータはことばを切る。
 一体、用済みになった自分はどんな運命を辿るのか。サーペンスは震える声で、自分よりいくつも幼く見える少年にことばをかける。
「な、助けてくれよ……そうしたら、絶対に邪魔はしない! これからは、大人しくするからさあ……」
 懇願する男を見上げ、シータは頭をひねる。彼としては、サーペンスがこれから何をしようと、邪魔になるだけの要素もない。
 解放してもいいかもしれない、と思い始めた彼の背後に、覚えのある気配が生まれる。
「先週もそう言ったわ」
 高い靴音が、コツコツと響いた。
 わずかな光を反射して輝く銀髪を揺らす魔法少女が、薄暗い通路を渡る。その背後に、少し遅れて歩く赤毛の少女と、車椅子の少女の姿が見えた。
「な、なぜそれを」
「噂はどこからでも洩れるものよ」
 小さく笑って、狼狽するサーペンスに答えてから、リルはシータを見る。
 ハンターの少年は、左肩の傷もいつの間にか治り、平然と捕らえたクラッカーを見上げていた。それも、かなりの実力を持つクラッカーを。
「サーペンス・アスパーを圧倒するなんて……やっぱり、あなただったのね」
「何のことですか?」
 振り向いてとぼけたふりをするシータに、リルは静かに視線を向ける。恨みでも驚きでもない、複雑な感情の絡んだ視線だった。
 彼女は、口を開きかけて閉じ、また開く。
「待って!」
 その声の意味を即座に理解できた者は、声をかけられた者だけだったに違いない。
 背を向けたシータはもちろん、読唇者ですら、とっさに行動を起こすことができない、瞬間の動作。
 サーペンス・アスパーの帽子が、パサリと落ちた。その尖った先端が床に触れるなり、一気に黒い液体となって床に溶ける。
 シータが振り返ったときには、すでに帽子は消えていた。続いて、鎖に捕らえられていた男の身体が干からびたように縮まり、粉と化す。
 目を見開くステラと口もとを押さえて驚きの表情を浮かべるルチル、そして動揺のないリルの前で、シータは肩をすくめる。
「やれやれ……油断しましたね」
『なかなか地道なトリックを使うな。まあ、あれでも殿堂入り級の実力はあることは証明されたか……さて』
 読唇者も、さして残念がるような調子もなくぼやいてから、声の調子を変える。
『わたしはそろそろ失礼させてもらおう。次の目的地も決まったからな……』
「シュメールへ行くのね」
 リルが、そう確認した。帰ってきた答は、肯定の沈黙。
「なぜ、そこまで啓昇党を追うの? 誰かと同じく、古くさい正義感から?」
 彼女のことばに、シータがわずかに、表情に動揺の色を浮かべる。
 読唇者のほうは、今までと変わりない口調で応じた。
『年寄りの、古いしがらみだ。かつてわたしがワールドの設計に関わっていたときの後輩に、現在啓昇党に協力しているハッカーがいた。べつに親しいわけでもないが、放っておくのも落ち着かないのでな』
「そういうこと」
 返事を聞くと、リルは興味を無くしたのか、口を閉ざす。
『動機は違えど、また出会うこともあるかもしれんな……わたしは、シュメールをめざそう。では、さらばだ』
「さよなら」
 事情がよく飲み込めないながら、ルチルが別れのことばを口にする。
 壁や天井からのびていた鎖も消え、取り残されたのは、三人の少女たちと、彼女らに背を向けた一人の少年だけだ。

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