#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(13)

「おや……あなたたちも、冒険者の方ですか?」
 かなりの手錬、と、ルチルは直感する。彼女に今まで気配を悟らせなかった上、すぐにシーフマスターたる彼女の動きに気づいたのだから。
 すでに気づかれたものは仕方がないと、四人は森の中の広場に進み出た。もちろん、武器こそかまえていないものの、いつでも戦闘態勢に移れるだけの警戒をした状態だ。
 相手は、焚火を前に、温かい飲み物の入ったカップを右手にして座り込んでいた。白いローブに、肩にかかる金髪。色の白い顔には、柔らかな笑みが浮かぶ。どこか、ステラに似た雰囲気があった。
 どこかで、見たことがある気がする。
 一目見るなり、リルは奇妙なデジャ・ヴを覚え、目を瞬いた。
 相手の姿を視界に入れるなり、反応した者は、ほかにもいる。クレオは、超一流スピード系格闘家もかくやという速さで相手に迫り――
 茫然としている相手の華奢な手をギュッと握り、言う。
「結婚してください!」
 真摯な、少年剣士の目。
 驚く相手。
 あきれる少女たち。
 そんな構図の中で、なんとか我に返り、金髪に緑の目の相手は言った。
「あの……わたしは男ですが」
「…………ホント?」
「ホントに」
 少年剣士は、顔から地面に突っ伏した。
「いくらなんでも、性別も関係なしとはねー」
「よっぽど愛に飢えてるんでしょうね……」
「ほんっと、見境ないわよねえ」
「そのうち、その辺の木に結婚を申し込むかも」
 ここぞとばかりに女性陣はあきれの声を上げ、ステラももっともらしくうなずく。額を地面にこすりつけたまま、クレオは情けない声を上げた。
「そんなぁ、ステラちゃんまで……ああっ、哀れみの目で見ないで〜!」
 必死に懇願する彼の耳に、いかにも愉快そうな笑い声が届く。見ると、今しがた彼を失望させた男が、笑顔を向けていた。
「何やら……おもしろい方たちですね」
 柔らかな物腰に、天使のようなほほ笑み。中性的な顔立ちは、女に間違えられても仕方がなかった。
 その顔を見ると、クレオは、沸々と怒りが湧いて来るのを感じる。彼は身を起こし、顔を突き出した。
「そもそもっ! あんたがややこしい格好をしてるからっ!」
「わ、わたしのせいですかっ?」
「そーだそーだ! あんたがそんな格好してるから悪い!」
 そんな格好と言われても、と自分の姿を見下ろすローブ姿の若者の前に、ルチルが歩み寄り、クレオの首根っこをつかまえて引き離した。そのまま転がった剣士は無視して、少女が真剣な目を向ける。
「あたしはルチル。そこでのびてるのがクレオ、あっちの魔女っ子がリルちゃんで車椅子の子がステラ……あなたは?」
「私は……シータ。そうお呼びください」
 まるで、本当の名前ではないかのようだ、と少女たちは思う。しかしそこは追求せず、交渉も得意なシーフマスターは相手の目を見る。
「こんなところで一人で……かなりレベルが高そうだね。良かったら、これからどこへ行くつもりなのか教えてくれない?」
「特に予定はありませんが……あなたたちはどうするのですか?」
 ルチルは、シータの背後に置かれた荷物にボウガンと杖を見つけて警戒感を強めるが、相手のほうには、最初から警戒が感じられない。実に気軽な口調で尋ねてくる。
「わたしたちは、アガクの塔に行こうと思うの」
 ステラの車椅子を押して近づきながら、リルが簡単に答える。
 シータは、わずかに表情を変えた。
「今は、魔物たちも普通の状態ではありませんから、よしたほうがいいですよ。この辺りにも、ステータスの値がおかしくなった魔物が出没しますし」
 先ほど戦った吸血コウモリのことを思い出し、リルたちは顔を見合わせる。端に捨てられていたクレオも真剣な顔で、焚火の周囲に戻ってくる。
「ってことは……もう、セルサスの異状がかなり知れ渡ってるのか?」
「いいえ」
 シータは、意味ありげに笑った。
「やはり、そういうことですか……まあ、わたしのように推測している者も、かなり増えてはいるでしょうけどね。大方は、大規模なバグが発生していると感じているようです。皆、修正されるまで町に閉じこもっているつもりのようですよ」
 ラージスの森のような一つのダンジョン内でも、通常なら、他の冒険者と出会うことは珍しくない。
 しかし、今回はシータと出会うまでには、一組も他のパーティーの姿を見なかった。理由を聞き、リルたちが抱いていた一つの謎が解ける。

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