#DOWN

少年の旅(3)

 少年の姿をした老人は、話を聞いていた魔女に、金貨を渡した。それは、滅多にお目にかかれない、一番高価な単位の金貨だ。
「これを……どうか、受け取って欲しい。話を聞いてくれた御礼だ」
 魔女は、一度差し出された金貨を見て考え込んだ後、それを受け取って懐にしまった。
「もし、彼女に会うことがあれば、ありがとうと伝えて欲しい」
「わかりました」
 言って、魔女は立ち上がる。
「わたしは、これで」
 彼女は一人、部屋を出、一階に降りて外に出る。家のなかには、他に人の姿はなかった。
(これでよかったのかな?)
 ドアを出るなり、魔女の頭のなかに声が響く。
 魔女は街へと歩きながら、小さくうなずいた。
「まあ、彼女のほうも恨まれていなかったわけだし、満足するだろう」
(じゃ、これから彼女のところに戻る?)
「面倒臭い。テレパシーで済ますよ。金貨はわたしが受け取っておく」
(いいのかなあ。まあ、いいか)
 魔女は、宿屋に向かいながら〈テレパシー〉の相手とことばを交わす。空は夕暮れ色に染まり始めており、通りに人通りは少なかった。
(それにしても……凄い話だね。ずっと想像のなかを旅していたなんて)
「まあ、彼女はもともと、旅をしていた記憶があるからね」
(ねえ、ぼくが本当は病気の少年じゃなかったらどう思う?)
 魔女は苦笑した。
「わたしはシゼルとは実際顔を合わせたじゃないか」
(それも実は幻……と言えないところが、セティアの喰えないところだなあ)
 セティアは、魔術師として名が知られていた。彼女を騙せる幻術が使える魔術師など、果たして存在するのかどうかも怪しい。
「だまされたら、しょせんそこまでの魔術師だったってことさ。逆に、もしわたしがきみをだましていたら、どうする?」
 彼女の問いに、シゼルは少しの間考えて、言った。
(どうもしないよ。まやかしでもいい。せめて短い間でもいい夢を見せて)
「そうだね……あの二人も、よい夢を見ていたんだろうね」
 老いた女魔術師は、自分と同じく夢を求める相手を見つけ、彼とともに、彼女の想像と魔法により創りだされた世界で旅をした。少年のほうの嘘が明らかになり、旅は終焉を迎えたが、二人にとって幻と嘘は、何か害になっただろうか。
 新しい旅を始めない理由はない。
 宿に一泊し、翌日の朝、窓にのぼる朝日を見ながら、セティアは老いた魔女にそう告げて〈テレパシー〉を終えた。

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