#DOWN

語る人形たちの宴(4)

 セティアはまず、大陸の六王国の各地を旅した時の話をした。彼女の話に一区切りがつくまで、人形たちは大人しく話を聞いていた。一息つくと、途端に、旅先で食べた名物料理の調理法や、小さな村の風習、冒険者に同行した時の怪物との戦いなどについて聞かれたが、なんと言っても必ず聞かれることは、使用した魔法のことと、出会った魔術師についての話だ。セティアは、人形たちが屋敷の主人の行方の手がかりを求めていることに気づき、高名な魔術師の噂話なども話して聞かせた。
「〈魔王の落とし子〉や〈疫病神〉、〈月法師〉、〈降魔の魔女〉とか、そういう有名どころは知ってるんだがねえ」
 パイプをくわえた船乗り風の人形が言った。
 彼が口にした二つ名を持つ魔術師たちは、数百年を生きるという強力な者だ。この屋敷の主人もそれらの魔術師と並ぶ腕の持ち主らしい。
「〈命封精〉イグニ、って知らないか?」
「……聞いたことないな」
 魔術師の名はかなり記憶しているセティアだが、初めて聞く名だった。
 船乗りなど一部の人形たちはかなりがっかりした様子だが、セティアはかまわず話を続けた。彼女の話を一言も聞き漏らさないように、皆、じっくりと耳を傾けている。
 セティアは、話題が尽きるということはなかった。しかし、聞いているほうは、旅の話がずっと続いているうちに、どうしてもひとつの疑問を抱く。
「どうしておねえちゃんは旅をしているの?」
 背中からゼンマイが突き出した小さな男の子の人形が、きしんだ音をたてて首を傾げる。
「それはまあ……護衛や届け物などの依頼を受けたり、経緯があってのことだよ。自分の性格って言うのが一番の理由ではあるけどね……ひとつのところに留まるのは好きではないし」
「今も、依頼を受けてるの?」
「ああ、まあ……」
 と言って、彼女は黙った。代わりに、少し遠くから聞こえてくるような声が、人形たちの疑問に答える。
(それはね、ボクの依頼だからだよ)
「お兄ちゃんが? 今、どこにいるの?」
(……ボクは、風霊の谷にいる。谷の、ある塔の一番上に)
 人形たちは博識で、風霊の谷についても知っているようだった。谷には、神聖な力を持つ有翼族が住んでいる。神話に登場する天使の末裔ではないかと言われる閉鎖的な種族だ。
(ボクは生まれつき身体が弱いんだ。そう長くは生きられないって言われている。だから、短い余生のうちに色々なものを見たり、聞いたりしたいと思ってね)
 だからセティアに、魔法で中継しながら各地を旅してくれるように頼んだのだ、と彼は言った。
 人形たちはそれからしばらく無言だった。

「ホント、ありがとうネ。きみたちのおかげで有意義な時間を過ごせたヨ」
 ゼペットは身をかがめて玄関をくぐり、屋敷の前まで見送りに出た。セティアはあくび混じりに首を振る。
「こちらこそ、貴重な体験だったよ」
(でも、命がかかってたからね、ちょっと冷や冷やした)
 シゼルが眠たげな声で言う。そのことばに、ゼペットは奇妙な表情をした。人間の表情に例えると、苦笑が一番近いかもしれない。
 訝しげなセティアとシゼルに、長身の人形は言う。
「命を奪うなんて、暴力的なことシナイ。ただ、人間ではなくなってたろうけどネ」
「……人形になってたってこと?」
「ああ。昨日、きみたちにご主人サマの行方をきいた人たちのなかに、ちょっと必死な人たちがいただろう? 彼らみたいにネ」
 彼のことばに、セティアとシゼルは、少しの間驚いて黙っていた。
 だが、やがて、ゼペットに別れを告げて木々の間に姿を消していく。
 空は、昨日とはうって変わって晴れ渡っていた。

 屋敷がもう見えなくなったころ、セティアはシゼルがあくび混じりに言うのを聞いた。
(あの屋敷の主人、どこにいるんだろうね。セティアも、名前も聞いたことないんだよね)
 濡れた草や木の枝で滑らないよう気をつけながら、セティアは歩いていた。不意に、その唇が歪み、おどけたような笑みを形作る。
「……案外、あのなかにいたのかもよ」
(人形たちのなかに? まさか)
 驚いたようなシゼルの声に、魔女は本気か冗談か、よくわからない表情で続ける。
「あそこの主人はいたずら好きみたいだしね……」
 彼女は、自分が歩いてきたほうを振り返った。
 木々と生い茂った草に阻まれ、屋敷の姿はもう見えなかった。

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