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第6章 高級霊による地球人類救済の大事業

(一)暗黒の地上世界

霊的無知に陥っている地球人類

これまで地上世界には、本物の霊的知識がなかったため、人々は「霊的無知」の状態に陥ってきました。現在の地上人の中で、死後の世界について明瞭に知っている人は、ほとんどいません。もし死とともにすべてが消滅し無に帰してしまうとするなら、もし死によって富も名声も人間関係もなくなってしまうとするなら、誰も必死に努力しようとはしなくなるでしょう。誰も無理をしてまで高潔な人生を送ろうとは思わなくなるはずです。生きる意欲を失い、何のために生きているのか分からなくなってしまうことでしょう。

その結果、少しでも長生きをして、生きている間にやりたい放題のことをして、できるだけ人生を楽しもうと考えるようになります。とにかく手っ取り早く楽しもうとして、自分さえよければそれでいいと考えるようになり、他人のことなどかまっていられなくなります。そして自分の物欲と本能的喜びを満たすことだけが、人生の目的になってしまいます。

世の中には、地上の富と権力を手中に収めた一部の人間(独裁者)が存在します。また金(かね)の力に任せて、何でもできると考える人間もいます。そうした者は例外なく、今あげたような物欲と本能的喜びをとことん追求する人生を送るようになります。一方、食べることに特別不自由しなくなった現代先進国の人々も、程度の差こそあれ同じように物質的欲望・本能的快楽を追い求め狂奔しています。“幸福”とは、多くのモノ・富・名声・権力を手に入れることであると考えています。そうした「物質的価値観」が、現代人の心を強く支配しているのです。

そして病気になって初めて、金や権力だけではどうにもならない現実に置かれていることに気がつくようになります。物質的価値観にとらわれた人々の心の底には深い絶望感が横たわり、人生に対する生きがいもなく、虚無(きょむ)主義・刹那(せつな)主義・快楽主義に翻弄(ほんろう)されるようになっています。

地上を支配してきた二つのガン

これまで地球人類は、霊的無知のために物質に支配されてきました。人間の心・精神・霊は物質の片隅に追いやられ、物質の中に閉じ込められてきました。従来の地上世界は、精神や霊が中心ではなく、物質と肉体が中心だったのです。地球人類は長い間、「物主霊従」「肉主霊従」の状態に置かれてきました。こうした物質欲支配・本能的快楽支配の状況は、二十一世紀を迎えた地球においても、そのまま継続されています。

霊的無知に陥っている現在の地上世界には、二つのガンが存在します。一つが「物質中心主義」、そしてもう一つが「利己主義」です。この二つのガンによって地球人類は霊的世界から切り離され、物質の中に閉じ込められ、霊性発揮の道が閉ざされています。この二つのガンは、多くの地球人類の人生を無意味なものにするだけでなく、地球全土を悲劇の蔓延する地獄さながらの世界に陥れています。戦争(人殺し)・貧困・飢餓・犯罪―こうしたものはすべて「物質中心主義」と「エゴイズム(利己主義)」から発生しているのです。

地上の宗教は、すべて失格

地球人類の霊的進化には、地上の宗教が大きく関わっています。しかしこれまでの宗教は、最低限の霊的知識や霊界の実情さえ、正しく人々に伝えてきませんでした。それどころか霊的事実から懸け離れた、子供だましのような教えを強制的に押し付け、人々を“霊的牢獄”の中に閉じ込めてきました。宗教は人類の霊的成長を促すどころか、反対に霊的成長を妨害してきたのです。霊界から見たとき、地球上のすべての宗教は失格です。

人類が地球上に誕生して以来今日に至るまで、人間はまさに物欲と本能に支配されてきました。宗教や思想は存在したものの、それらは人類を物欲から解放し、魂を救うことはできませんでした。宗教は政治権力者の独裁のための手段として利用され、地上世界に紛争と戦争を引き起こす元凶となってきました。

地上を支配する二つのガンは、本来は宗教によって克服されるべきものです。しかし現在の宗教に、それらの問題を解決する力はありません。宗教自らが霊的摂理から外れてしまっているからです。さらに宗教が霊的真理に対して、あまりにも無知であるからです。人々に正しい道を示す立場にある宗教が死後の世界を認めないようでは、とうていその責任を果たすことはできません。「唯物主義」と「利己主義」を克服する力を持っていない宗教では、もはや人々を救うことはできません。

キリスト教に代表される伝統宗教は、時間の経過とともに当初の純粋さと輝きを失って堕落し、組織エゴをむき出しにしてきました。そして人々を霊的救いから遠ざけ、霊的な暗黒世界をつくり上げてきたのです。一方、霊界からのインスピレーションを受けた霊能者によって、次々と新たな宗教が興されてきましたが、その光も長続きせず、やがて時の流れとともに物質の荒波に飲み込まれてしまいました。

霊界の悲劇――幽界下層における“地獄的状況”

現在の地上世界には、無知・偏見・偽り・裏切り・迷信がはびこっています。それらが引き起こす結果は明白です。「物質主義」と「利己主義」から引き起こされる地上世界のさまざまな悲劇は、幽界の下層にも同時に悲劇を生み出すことになっています。何の霊的準備もできていない数十万もの人間が、毎日霊界入りしているのです。

霊界に入って間もない人間は、地上にいた時と何も変わっていません。彼らは肉体こそ脱ぎ捨てていますが、ただそれだけのことなのです。心も性格も変わっていません。習性も特徴も地上時代のままなのです。利己的な人間は相変わらず利己的であり、貪欲な人間は依然として貪欲です。そして無知な人間は、無知なままなのです。

彼らは地上時代の考えや習性を引きずったまま、幽界の下層で“地縛霊”として生き続けています。霊的な自覚が生じないかぎり、いつまでも地上時代と同じ状況が続くのです。霊界では、まさにこうした“悲劇”が現実に展開しているのです。

霊的無知がもたらす悲劇

(二)霊界の高級霊による救済活動の開始

スピリチュアリズムの登場

このような地上と霊界の悲劇をなくすために、霊界の高級霊によって救済活動が開始されました。それが“スピリチュアリズム”です。高級霊は「霊的真理」を地上にもたらし、霊界の事実を教えることによって地球人類を救済しようと乗り出してきました。スピリチュアリズムは、高級霊団によって組織された、人類史上初めての地球規模の大プロジェクトです。

地球人類救済のためのこの大事業は、霊界の最上層において綿密に立案されました。その完璧な計画に基づいて、かつてなかったような霊界を挙げての巨大な組織が結成されました。そして周到な準備が進められ、その後に地球へ向けて具体的な働きかけが始まりました。それが十九世紀の半ばであり、そこから“スピリチュアリズム運動”が地球上で展開するようになったのです。そして今この時も、何百億という高級霊が一丸となって、この大事業を推進しています。

霊的真理による霊的無知の克服

『人間は死んでも永遠の霊界で生き続ける/霊界こそ人間にとっての本来の世界であり、地上界はそれに比べて一時的な仮の生活の場にすぎない/その地上生活でなすべきことは、魂を成長させることに尽きる/そのためには物質欲に翻弄(ほんろう)されず、霊主肉従のための努力を欠かさず、同時に利他愛を実践することが必要である/物質的なものは、はかないものであって、人生をかけて追求すべきものではない/物質的なものは、どこまでも地上人生上の手段にすぎない』――こうした霊的事実を理解してこそ、地上人生に希望がもたらされ、物欲に翻弄されることがなくなります。物質主義に染まらずに生きることができるようになります。

また『物欲・肉欲だけを満たすような生き方は、魂の成長をもたらすのではなく、魂を堕落させることになる/霊的法則からずれたときには、それ相応の償いをいずれしなければならなくなる/利己的に生きることは、自らの魂に大きな損失をもたらすことになる』 ―こうした霊的事実をはっきりと知らないかぎり、人間は利己的生き方から抜け出すことはできません。

スピリチュアリズムのもたらした霊的真理・霊的知識は、物質中心主義と利己主義を完全に克服する道を示しました。これまで人類を悲劇へと引きずってきた元凶である「霊的無知」を、完全に打破する方向性を明らかにしたのです。

スピリチュアリズムによってもたらされた「霊的真理」

スピリチュアリズムの登場によって地球人類は、初めて霊的真理の全体と霊界に対する明確な知識を知ることができるようになりました。スピリチュアリズムによって示された霊的真理は、地球人類がこれまで手にしたことのない最高の叡智です。人類史上のあらゆる宗教を凌駕(りょうが)し包括することのできる、最高次元の霊的知識であり思想です。

地球人類はスピリチュアリズムによって、死後に待ち受ける「霊的世界」の事実をはっきりと知ることができるようになりました。それによって初めて「死の問題」に完璧な終止符を打ち、安らぎと救いを得ることができるようになりました。これまでの宗教でも死後の世界について言及することはありましたが、その内容は霊界のほんの一部分だけであったり、事実とは全く懸け離れた内容ばかりでした。

地球人類はスピリチュアリズムによって、新たに霊界にまでストレートに通用する真理を手にすることができました。現代人の理性に十分な満足を与える真理を獲得することができました。スピリチュアリズムの「霊的真理」は、私たち地球人類にとって本当の救いの道であり、霊性進化の道しるべです。今、地球は霊的真理による人類史上最大の「宗教革命・霊的革命」の時代を迎えることになりました。地球人類はスピリチュアリズムの到来によって、初めて本当の霊的覚醒期を迎えようとしています。

(三)スピリチュアリズムによる新しい時代の到来

スピリチュアリズムに対する反発

十九世紀の半ばに、スピリチュアリズムが地上で展開を始めるようになり、地球人類の上に強烈な霊的光が射し込むようになりました。しかし、それはこれまで暗闇一色に覆われていた地球に大混乱をもたらすことになりました。当然のこととしてスピリチュアリズムに対する猛烈な反対・非難・妨害が引き起こされました。

特にキリスト教に代表される伝統宗教と唯物主義者は、この霊的光を地上から抹殺(まっさつ)しようと、さまざまな妨害手段に出てきました。スピリチュアリズムの霊的勢力は、こうした反対勢力との闘いを余儀なくされ、その中で少しずつ影響力を拡大してきたのです。

スピリチュアリズムの“勝利宣言”

霊的真理を普及させるための霊界側からの働きかけは、人類史上これまで何度もなされてきました。そしてその度ごとに地上には新しい宗教が現れ、既成宗教の刷新運動が引き起こされました。しかし新しくもたらされた教えも、いつの間にか人間の教えに取って代わられ、霊的生命を失うことになりました。

十九世紀の半ば(一八四八年)に、スピリチュアリズムは地球上に展開を始めました。スピリチュアリズムは従来の宗教と比べ、規模においても霊界側の熱意においても、また使命の重要性においても格段の違いがあります。霊界側はスピリチュアリズム運動の推進に向けて、これまでにない協調体制で臨んでいます。人類の歴史が始まって以来の大事業として、総力を挙げて取り組んでいます。二度と「霊的真理」の光が失われることがないように、霊界側の綿密な計画と準備のもとに進められているのです。

二十世紀の前半、スピリチュアリズムが地上に展開を始めてからほぼ七十〜八十年が経った時点において、スピリチュアリズムは、闇の中にしっかりと根付くことに成功しました。その後スピリチュアリズムは、もはやその光を覆い隠すことができないほどの力を持つようになりました。時間とともに「霊的真理」の光はさらに大きくなり、地上世界の暗闇を駆逐する態勢が確立したのです。一九三〇年代、シルバーバーチは、すでにスピリチュアリズムの“勝利宣言”をしています。

ここにおいて、地球上に人類が誕生して以来、何百万年という歴史の中で、初めて霊的勢力が主導権を握るという「霊主物従(霊主肉従)」の新しい時代を迎えるようになりました。地球は、初めて本格的な霊的進化の道を歩み始めることができるようになったのです。

明るい地球の未来

とは言っても、現在の地球上には悲惨な問題が山積しています。毎日暗く絶望的なニュースばかりが報道されています。そのため「本当に、これで地球は良い方向に進んでいるのか?」と思ってしまいます。しかし霊的に見たとき、すでに勝利は確定しています。霊界では「霊的真理普及」の計画は着々と進行しています。地上世界も、時間の経過とともに着実に変化していくことになります。今後、霊的真理は加速的に世界中に広がっていくことになります。

今、地球上で騒がれているさまざまな出来事や深刻な問題も、これからの霊的真理のさらなる普及によって、ここ数百年のうちに解決されることになるでしょう。その意味で地球の未来に悲観的になる必要は全くありません。また環境問題の悪化によって、地球人類は滅んでしまうのではないかと心配する人もいますが、人類は、そうした問題を見事に乗り越えていくことになるでしょう。

終末思想・再臨思想の真意

地上の宗教の中には、「現在は終末の世であって、天変地異によって地球が滅んでしまう」とか「メシアが地上に再臨して地上天国を造る」とか「近々、地球人類は転換点を迎える」などといった予言をするところがあります。そして自分たちこそが、終末の地球人類と地球を救う使命を持っていると信じ込んで活発に活動しています。しかしそこで言われているような天変地異による世の終わりの到来や、メシアの地上再臨などという出来事は決して起こりません。

メシアの再臨による人類の救済と言われてきたものの実態は、霊界を挙げての霊的影響力の行使、すなわち“スピリチュアリズム運動”の到来のことなのです。スピリチュアリズムによって「霊的真理」がもたらされ、地球人類が「霊的覚醒の時期を迎える」ということを意味しているのです。また終末によって世が滅ぶということの本当の意味は、スピリチュアリズムによる霊的真理の普及によって、これまでの古い宗教や思想が滅び、新しい霊的文明が到来するということなのです。

スピリチュアリズムは、地球に関係する高級霊が総結集し、一丸となって進めている大プロジェクトです。それは地上の人間から出たものではありません。霊界を挙げて展開されているスピリチュアリズム運動と、地上の人間によって興され運営されている宗教では、その立場も内容も全く異なります。スピリチュアリズムと他の宗教との間には、天と地ほどの本質的で決定的な違いがあるのです。