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第1部 「スピリチュアリズムの歴史と歩み」

第1章 死後の世界へのアプローチ……宗教から近代心霊研究へ

「死後の世界は本当にあるのだろうか?」「もし死後の世界があるとするなら、それはどのような世界なのだろうか?」「宗教で言われてきたような天国とか地獄はあるのだろうか?」「霊界と言われる世界があるとするなら、そこでは具体的にどのような生活が営まれているのだろうか?」――皆さんはこれまで、こうしたことを考えたことはなかったでしょうか。

死後の問題を扱うのは、従来はもっぱら宗教の役割とされてきました。死後の世界は、宗教者や僧侶・牧師によってのみ語られるものとされてきました。しかし十九世紀半ば以降、そうした常識が根底から覆され始めました。

死後の世界と霊魂に対する仏教のアプローチ

仏教では“輪廻思想”に基づいて、人間の生まれ変わりを認めます。仏教は輪廻の苦しみから解放されること――すなわち涅槃(ねはん)という輪廻のサイクルを超越した世界、もはや生まれ変わりの必要がない世界に至ること(解脱[げだつ])を最終目的としています。この解脱が、シャカ仏教の最終目的となります。このことから分かるように仏教では、人間は死によって無になることはないとしています。

その仏教は、「人間を含むこの世の一切のものは無常であって、それ自体として存在するようなものはない。独立した永遠不滅の実体というようなものはない。それゆえ永遠の生存を望むこと自体が、間違った考えであり、囚(とら)われであり、我執である。人間はこの我に囚われるところから、苦しみをつくり出すのである」と教えています。そしてその苦しみを克服して悟りに至るために、中道に基づく八正道(はっしょうどう)などの修行方法が説かれてきました。

以上が仏教の思想の概要です。不思議に思われるかもしれませんが、シャカ本来の教えには、霊魂とか霊界といった“永遠的実在”は存在しません。仏教における「輪廻はあるが、輪廻の主体となる霊魂といった独立自我はない」という考えには、常識的に言って大きな矛盾があります。不変的な“独立自我”というアイデンティティーを認めてこそ、生まれ変わりが理論的に成立するからです。独立自我はないのに生まれ変わりはある、という矛盾した輪廻観を合理的に説明しようとしてシャカの死後、弟子たちによって難解でこじつけとも思えるような説が唱えられることになりました。

しかしそうした仏教理論上の問題とは別に、日本では多くの仏教徒が「死後の世界」や「霊魂の存在」を信じています。仏教本来の教えからすれば、死後の霊魂などあってはならないものであり、それを信じることは弱さであり、錯覚にすぎないということになりますが、現実には多くの人々が、霊魂の存在を認めています。そして他界した先祖の霊魂に向けて延々と宗教的な営みを続けてきました。

シャカの唱えた仏教は死者のためのものではなく、生きている人間の悟り・生き方を目的としたものでした。しかし仏教はその後、本質を大きく変化させ、日本をはじめとする東アジアにおいては、もっぱら死者のための宗教に変わってしまいました。先祖の霊魂を救い、自分の死後の救いを求める仏教へと変身してしまいました。仏教は長い歴史を通して、「生者の悟りの宗教」から「死者の霊魂の救いの宗教」へと変化してしまったのです。

「霊魂」への一般人の関心

霊魂にまつわる話は、日本ばかりでなく世界中の至る所に存在します。また先進国であるか発展途上国であるかに関係なく、どの国においても聞かれます。そして興味深いことに最近では、科学技術の最も発展した欧米や日本などの先進諸国で、霊魂に関する話題が人々の関心を集めるようになっています。

ここ三十年ほど、日本人、特に若者の間では、心霊世界や神秘的現象に対する関心が急速に高まってきました。国民の意識調査によれば、現在の日本では、死後の世界や霊魂の存在を信じる人は、信じない人を上回っていることが明らかにされています。霊界や霊魂という概念は、仏教やキリスト教などの伝統宗教の教義とは食い違っているにもかかわらず、一般人の中で、それらの存在がかなり常識的になりつつあるのです。既成の伝統宗教が、死後の世界や霊魂の存在をどれほど声高(こわだか)に否定しようとしても、もはや人々の関心を制することはできないところにまで至っています。

十九世紀半ば以降の新しい霊魂の研究

人類全体の精神史という広い視点に立ってみるとき、今から約百六十年前――十九世紀の中頃から際立って大きな流れのあることが明らかになります。それまでの歴史にはなかった全く新しい精神的な動きが急激に興り、当時の欧米先進諸国を巻き込み、巨大なうねりを形成しました。この新しい動きが“スピリチュアリズム”です。

一八四八年、アメリカの小さな村で起きたある事件(*「フォックス家事件」と言います。第二章で詳しく説明)をきっかけに、死後の世界に対する科学的研究が始まるようになりました。それが「近代心霊研究」です。スピリチュアリズムは、こうした近代心霊研究を中心に発展していくことになります。

それまでは「霊魂」とか「心霊現象」といったものは、宗教の領域の問題であって、科学者がまともに取り組んで研究する対象とは考えられていませんでした。それらは純粋な信仰上の問題としてのみ考えられてきたのです。しかしこの事件に端を発して、心霊現象は当時の第一級の科学者によって正面から取り上げられ研究されることになりました。科学者による研究の対象となった時点から、霊魂や心霊現象や死後の世界は、信仰問題の対象から事実問題の対象へと変化することになりました。すなわち霊魂や心霊世界は、これまでのような“信じる、信じない”といった主観の領域の問題としてではなく、“本当にあるのか、ないのか”を具体的な証拠によって証明するという厳密な学問の一分野に変わったのです。

科学的研究である以上、当然のことながらそうした研究は、最高に厳格な条件下で進められることになりました。あらゆる不正・詐欺(さぎ)・トリックの可能性を徹底的に排除する中で検証・実験が行われたことは言うまでもありません。面白いことに、そうした研究に携わった当時の一流の科学者や著名人の多くが、当初は一様に「霊魂とか心霊現象などというようなものは、全く馬鹿げた程度の悪い迷信にすぎない」と考えていました。しかし実際に研究を進め、次々と心霊現象の事実を目(ま)のあたりにするうちに、彼らは例外なく霊魂の存在を認めるようになっていきました。本書で後ほど取り上げる「ウィリアム・クルックス」や「シャルル・リシェ」(*ノーベル生理学賞受賞)などは、まさしくそうした科学者の典型と言えます。

近代心霊研究に対する世間の非難と中傷

さて、何か新しいことを始めようとするとき理由のない非難や中傷を受けるのは世の常ですが、近代心霊研究も同様の道をたどることになりました。いつの時代にも、白を黒と言いくるめようとする人間、自分の目で直接確かめようともせず(研究データに目を通すことさえせず)に、インチキのレッテルを貼ろうとする卑怯な人間はいるものです。その点、先に名前を挙げた二人の科学者は、心霊現象に疑いを抱きながらも、自分の目で確認しようとする科学者としての良識を持ち合わせていました。自分の目で確認する前に、無責任に結論を出すような愚か者ではなかったのです。

当時は、大勢の懐疑論者に対して“心霊実験”の現場への招待が、再三にわたってなされました。しかし彼らの多くはその招待に応じることなく、心霊現象に対する非難や反対を一方的に繰り返し続けたのです。こうした無責任な態度は一般人なら許されることかもしれませんが、時代の先端を歩み、人類の知性をリードする責任を持った科学者には許されることではありません。科学者以前の人間としての常識、当たり前の人間性が問われることです。

コナン・ドイルの懐疑論者への反論

皆さんは「コナン・ドイル」の名前を知っていらっしゃるでしょうか? コナン・ドイルの名前を知らない人でも、推理小説『シャーロック・ホームズ』の名前は知っているに違いありません。このシャーロック・ホームズの生みの親(作者)がコナン・ドイルなのです。

シャーロック・ホームズがあまりにも有名になり過ぎたため、彼のライフワークは作家であると思っていらっしゃる方が多いのですが、実はドイル自身は、スピリチュアリズムの普及こそが自分のライフワークであると考えていたのです。彼はシャーロック・ホームズによって得た印税を、すべてスピリチュアリズムのためにつぎ込んでいます。スピリチュアリズム普及のために数々の心霊関係の書を著し、何度もヨーロッパや米国に講演旅行をしています。そのため彼は“スピリチュアリズムのパウロ”と呼ばれるようになりました。

そのコナン・ドイルが、当時のスピリチュアリズムへの懐疑論者に対して次のような厳しい言葉を述べています。

「枚挙に暇(いとま)がないほどの著名人が、多くの時間と情熱を注いで確立した見解を“ナンセンス”だの“たわごと”だのといった、ぞんざいな言葉で片付けていられる時代は確実に去りつつある。今まさにスピリチュアリズムは、これまで以上の証拠を出そうと思えばあふれるほど出せるし、それに対する反証をいくら持ち出しても、ことごとくその人の重荷となっていく段階に立ち至っている――証拠、証拠としつこく要求する人ほど、実はそれまでに出されている膨大な証拠をまじめに検討していない人たちである。」

コナン・ドイル

コナン・ドイル

では次の章から、この近代心霊研究によって始まったスピリチュアリズムの足跡と、近代心霊研究の展開の様子を見ていくことにします。