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訳者あとがき

私とシルバーバーチとの出会いは今から三十年余り前の、大学二年生になりたての頃だった。当時(現在のことは寡聞(かぶん)にして知らないが)東京・世田谷にあった心霊研究協会を訪ねたところ、今は亡き脇長生主幹が、私が英文科生であることを知って「この英字新聞の中から何か適当なものを訳してくれないか」と言って週刊心霊紙〈サイキックニューズ〉を差し出した。それを下宿に持ち帰って二面を開いた時まっ先に私の目に飛び込んできたのが、あのインディアンの容貌をしたシルバーバーチだった。その時に抱いた言うに言われぬ親密感は今もって忘れられない。

しかし、当時すでに原書を読んでいたとはいえ、まだまだ上っ面しか読めなかった私には、深みのあるシルバーバーチの霊言は程度が高すぎた。そこで、確かヒマラヤの雪男の話を訳し、それが〈心霊と人生〉という月刊誌に載った。私の書いたものが活字となったのはそれが最初であり、それはそれなりに嬉しかったが、重厚な中にもいわく言い難い温かみをもったシルバーバーチの霊言に堪らない魅力を覚え、さっそく銀座の丸善へ行って霊言集を何冊か注文した。

こうしてシルバーバーチの霊言集が私の座右の書となったのであるが、ちなみにその頃の英国の事情を紹介すれば、霊言集はすでに七冊が発行され、世界中から注目されはじめていたにもかかわらず、バーバネルはなおも自分がシルバーバーチの霊媒であることを頑固に隠し通していた。“霊媒は実はこの私である”という劇的な一文が掲載されたのは、それから四年後のことであった。

さて、その霊言集を私が本格的に翻訳・紹介しようと決意したのは、バーバネルが他界する前の年すなわち一九八〇年のことである。現在も日本心霊科学協会に所属しておられる手島逸郎氏から“何かいいものがあったら寄稿していただけませんか”との依頼の手紙を受け取った時に、まっ先に頭に浮かんだのがシルバーバーチだった。

が、それをどういう形で紹介するかで迷った。と言うのも、当時すでに霊言集は十冊を数えていたので、これを月刊誌に連載するのは無理だった。そこで私はそれを部分的に引用しながらシルバーバーチの教えの“エキス”をまとめるという形で紹介することにした。そしてその最初の原稿を《シルバーバーチは語る》と題して手島氏のもとに送った。それがのちに潮文社から《古代霊は語る》というタイトルで出版されることになるのであるが、不思議だったのは、私が右の原稿を執筆しはじめた九月半ば頃から、バーバネルに会いたいという気持が無性に湧いて出るようになったことである。

すでに翻訳・出版の許可その他のことで何度も手紙を交わしていた間柄なので、今さらに改まったことをする必要もないのに、なぜか会う必要があるような気がしてならない。しかし私は大学受験生相手の私塾を開いているので、行くとすれば冬休みか夏休みしか時間が取れない。そのどっちにするかとなれば、当然夏休みの方がゆとりがある。そこでいったんは翌年の八月にしようと決めたのであるが、なぜか急(せ)かされる思いが止まないので、その年の年末に発って年明けに会う予定を立て、バーバネルをはじめとして数名の心霊関係の人々に都合を照会する手紙を書き送った。

すると一人だけ、例の霊体手術で有名なチャプマン氏から、十二月から一月にかけてフランスで仕事をするので残念ながらお会いできない旨の返事が届いたほかは、みなOKの返事だった。そこでさっそく航空券を予約した。

この間の焦燥感は私の背後霊が急かせたその反応だったことが、のちに明らかとなった。翌年の七月にバーバネルが急逝したのである。もしも八月に予定していたら、少なくとも“この世”ではバーバネルには会えなかったことになる。掲載してある写真はサイキックニューズ社のスタッフの一人が私のカメラで撮ってくれた二枚のうちの一枚であるが、このスタッフはバーバネルも認める鋭い霊感の持ち主で、あとで私の背後霊や使命についていろいろと語ってくれた。その当否は別として、最後に私に言ったのが「あなたの背後には今回の渡英を非常に急かせた霊がいますね」という言葉だった。

確かに、バーバネルの寿命が尽きかけていることを察知した背後霊が急かせたに違いないのであるが、今にして思えば、その後シルバーバーチの霊言集全十二巻の全訳を潮文社から刊行していただき、今また新しいシリーズの一冊目として本書が装いも新たにコスモ・テン・パブリケーションから出していただけることになった経緯を考え合わせると、多分あの社長室でのバーバネルとの二度にわたる面会の間に、霊界では、バーバネルの背後霊団と私の背後霊団との間でも打ち合わせが行われていたであろうことは想像に難くない。

この新シリーズは、前出の全十二巻が終了したあとサイキックニューズ社のオーツセンが、自社に保存されていない霊言の記録を当時のメンバーないしはその遺族から提出していただいて編纂したもので、当然のことながら初期から前半のもの、歴史的に言えば第一次大戦から第二次大戦に至る、その中間期のものが多い。第二次世界大戦(という言い方はしていないが)の勃発を暗示する霊言に注目された方も多いことであろう。

現在までのところオーツセンによる新シリーズは三冊出ている。最終的に何冊になるかは予測できないが、いずれにしても本シリーズが完了すれば、多分シルバーバーチの霊言は記録として残っているものに関するかぎり出尽したことになるであろう。そう考えただけで寂しい思いがするので、先日オーツセンに宛てて“あなたの編纂による新シリーズの翻訳・出版にとりかかりました。どうか一冊でも多く出してくださることを期待しています”という希望を述べておいた。

しかし、シルバーバーチも述べているように、真理はイエスの時代も今の時代も少しも変わっていないし、これからも永遠に変わらないのである。少なくとも現代の地上人類にとって大切なものは、シルバーバーチがすべて語ってくれている。要は実践である。

シルバーバーチがいみじくも警告している通り、せっかく手に入れた霊的真理をふだんは棚の上にしまっておいて、都合のいい時だけ持ち出すようなことをしている人が多いのではなかろうか。私自身への自戒もこめて、それは“大人の霊”にとっては“罪”ともいうべきものであることを指摘しておきたい。知識には責任が伴う――これもシルバーバーチが口を酸っぱくして説いている、何でもなさそうで実はなかなか実践できない摂理の一つなのである。

最後に、この新シリーズを他社から出すことを快く承諾してくださった潮文社と、それを受けて、高級霊界から純粋無垢のまま届けられたこの人類史上まさに空前絶後とも言うべき“霊の賜物”を、それにふさわしい形で出すべく社を挙げて尽力されたコスモ・テン・パブリケーションに対して、深甚なる謝意を表したい。

平成元年一月 近藤千雄