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11章 霊的真理は不変です

残念ながらシルバーバーチは地上時代の身元を最後まで明かしてくれなかった。わかっているのは間違いなく大変な高級霊であること、そして地上と交信するための中継役としてかつて地上で北米インディアンだった人物を霊界の霊媒として使用していたということだけである。「地上時代のわたしは沢山の神様(ゴッド)を崇拝の対象としておりました」というのが、唯一、自分の地上時代のことに言及した言葉である。

そう述べた日の交霊会は次の言葉で始まった。

「生半可な知識は危険であるとよく言われますが、時として知識が多すぎても危険であることがあります。その知識が間違っている場合はとくにそうです。

ある種の知識が脳を占領してしまうと、知性がその脳を通して自由に思考するゆとりが無くなります。その意味で、学び直すべきことや捨てなければならないことが沢山ある“聖職者”を、わたしは気の毒に思います。その思想は人工の砂を基盤としているために、霊的真理の攻勢を受けて、今、揺らぎはじめたその砂上の楼閣を守ろうと必死になっております。

建て方を間違っているのです。ナザレ人イエスのまわりに作り話を寄せ集め、ついに生命の大霊の座に祭り上げてしまいました。しかし、基盤そのものが間違っておりますから、いつかはそれを改めなければならない事態に至ります。が、イザ改めようとすると恐怖心が湧いて出ます。そこで、彼らはキリスト教の教義には何一つ改めるべきものは残されていない――そんなものは有り得ないと言い張っているのですが、それは“事実”ないしは“自然の法則”を基盤としている場合にのみ言えることです。

わたしたちが、地上へ舞い戻ってきた理由はそこにあります。すなわち、いかなる人物であろうと、いかなる書物であろうと、いかなる教会であろうと、いかなる指導者であろうと――それが地上の存在であっても霊界の存在であっても――たった一つのものに盲従してはいけないこと、それよりも大霊が定められた大自然の摂理に従いなさい――これだけは絶対に誤ることがなく、絶対に正しいから、ということを説くためです。

わたしたちが大自然の摂理、それのみを説く理はそこにあります。それをスピリチュアリズムとお呼びになるのは結構です。ただし、あくまでもそれが大霊の定められたものであること、その働きは地上の物的生命も死後の霊的生命も含めた宇宙のあらゆる界層に及んでいることを理解した上ならば、ということです。

地上人類は指導者(リーダー)というものを必要以上に重んじすぎます。そしてその真価を超えた誇張をしてしまいます。そこから神学という厄介なもの――科学者にとって、思想家にとって、そして又、本来ならば自由闊達で理性が承知しないものは受け入れたくない誠実な人にとって、大変厄介なものをこしらえてしまったのです。

わたしたちが大霊の摂理を強調する理由はそこにあります。それを正しく理解することによって、すべての知識が生かされるのです。それだけは決して科学者や哲学者や自由思想家、その他いかなる分野の人の知性も反発させることはありません。永遠にして不変・不易の大霊の働きを基盤としているからです。

皆さんは今、霊界での審議会で用意された叡智がこのわたしを通して届けられるのをお聞きになっていらっしゃるのです。それを広めることによって地上人類の叡智と理解力とが増すにつれて、生活が大霊の御心にそったものとなるでしょう。摂理にのっとったものとなるでしょう。地上世界の悲劇と飢餓、苦労と心痛は、すべてその摂理に従った生き方をしていないところから生じていることを悟るようになるでしょう。その理解が深まるにつれて大霊の庭の美しさを見えなくしている醜い雑草が無くなっていくことでしょう。

それを目標としてわたしたちは、人類の魂を解放し、精神を自由闊達にするだけでなく、物的身体も自然の法則と調和した健康を享受(エンジョイ)できるようにしてあげようと努力しているのです」

ここでシルバーバーチは、自分がほぼ三千年前に地上生活を終えて霊界入りしてからの体験について興味ぶかい話をした。

「わたし自身、そういう考えに到達するまでには、ずいぶん長い年月が要りました。それというのも、地上時代のわたしは沢山の神様(ゴッド)を崇拝の対象としていたのです。その考えを改めて、この宇宙には唯一絶対の大霊が存在し、それが果てしない全大宇宙のあらゆる生命現象をコントロールする永遠・不変の摂理として顕現しているという考えを否応なしに認めざるを得なくなったのです。

こうした教えが地上に行きわたれば、人間界のすべての分裂が無くなります。国家間の障壁が無くなります。人種・階級・肌の色による差別、(英国教会系の)教会(チャーチ)、(非国教会系の)教会堂(チャペル)、(キリスト教以外の)聖堂(テンプル)、(イスラム教系の)寺院(モスク)、(ユダヤ教系の)礼拝堂(シナゴーグ)といった区別が無くなります。それぞれが大霊の真理の一部を宿しており、他の宗教が真髄としているものは自分の宗教が真髄としているものと少しも矛盾しないことが少しずつ解ってくるからです。

かくして表向きは混乱しているかに見えても、その中から霊的な原理が形を整え、調和と平和を生み出します。こうしたことを申し上げるのは、ここにお集まりの皆さんには、そうした大霊の大計画をぜひとも理解していただきたいからです。それは、わたしたち霊界から戻ってきた者が果たさねばならない役目であると同時に、皆さんのお一人お一人が地上生活を終えるまでに果たさねばならない役目でもあります」

シルバーバーチはイエスの復活を“奇跡”とするキリスト教の教えを否定するが、時あたかもその復活を祝うイースターの交霊会で次のように述べた。

「キリスト教界では“死者”から蘇った一人の人間、死後その姿を見せ“死”の彼方にも生命があることを証明してみせた人物に、最大級の敬意を表しております。イエスはその現象によって自分がほかならぬナザレ人イエスであることを証明するために、処刑された時の傷あとまで見せました。一度だけではありません。その後も何度か姿を見せております。

キリスト教界ではそうしたことのすべてを、その証拠はないのに事実であると信じております。そして、それはイエスのみの奇跡であったと主張します。

実はわたしたちもイエスが使用したのと同じ心霊法則によって地上へ戻り、“死”の彼方の生命の実在を証明しております。すなわち大霊はイエスの時代も今の時代もいささかも変わらず、その法則の働きも不変であり、当時の一個の人間が蘇ったごとくに今もすべての人間が蘇ることを証明しております。復活というのは生命の大霊の摂理の一環であるからにほかなりません」

メンバーの一人が「イエスの復活は聖書に述べられている通りだったのでしょうか」と尋ねた。

「大体あの通りでした」

「石の蓋は本当に取り去られたのですか」

「本当です」

「なぜ取り除く必要があったのでしょうか」

「あれはただ蘇りを象徴するためにしたことです」

「イエスの死体はどうなったのでしょうか」

「分解されてしまいました(※)。もっとも、その現象も含めて、霊の姿が見えるとか声が聞こえるとかの物的現象は大して重要なことではありません。それよりもっと大切なことは、あなた方自身の霊性を開発することです。毎週一回この会に出席することによって皆さんは霊的波長が高まり、それだけ高度な叡智を受け入れやすくなっておられます。霊的叡智はいかに高度なものでも常に物質界へ流入しようとしてその機をうかがっているのです。奉仕(サービス)の法則がそうさせるのです。しかし実際は地上界へ流入するには、その波長に感応してくれる道具が必要となります。

また、皆さんの霊性が開発されて波長が高まるにつれて、より高度でより大きな霊的エネルギーを捉えることができるようになります。それは、皆さんの目で見ることも耳で聞くこともできませんが、永遠の霊的実在の世界のものなのです。

それこそが実在なのです。人間は一日の大半を影を追い求め、幻影を捉えようとし、束の間のものにしがみつこうとしています。しかし本当は静寂の中においてこそ、調和と愛の中においてこそ、魂は成長しているのです。遅々としてはいますが、しかし確実であり着実です。それは皆さんの一人ひとりの内部に潜在する大霊が開発され進化するということです。その点、皆さんは毎週一回この一つの場所に一つの信念のもとに集うことによって、霊性がますます発揮されることになります。

イエスも二千年も前に、二人または三人の者が集えば、そこに父の聖霊が降りるという意味のことを述べております(祈祷(きとう)書)。わたしたちも、それとまったく同じことを説いているのですが、キリスト教の聖職者はそれを否定します。

真理は変わらないのです。人間の考えは変わりますが、真理は不変です。なぜなら真理には事実という知識の土台があり、知識は大霊から届けられるからです。大霊こそあらゆるインスピレーションの中心であり始源です。話はいたって簡単であり誰にでも理解できることです。ところが地上世界ではそれが大変ややこしいものになってしまったのです」

――心霊現象の一つに物品引寄(アポーツ)というのがある。すぐ隣の部屋からでも一キロ先からでも海の向こうからでも物品を実験室のなかへ持ち込むという現象で、実験室のドアは完全に密閉されているから、その物品はいったん分解(非物質化)されてエネルギーの状態で実験室へ持ち込まれ、そこで元の形に再物質化されているとしか考えようがない。イエスの死体が分解されたのも同じ心霊法則によるものであり、法則に従っている以上はシルバーバーチが言うように奇跡ではないわけである。ちなみに空飛ぶ円盤などの未確認飛行物体、いわゆるUFOは遠い星から飛来していると推測されているが、私は、これも地上的距離の常識を超えた空間を飛来するからにはアポーツと同じ原理を利用していると考えている。

シルバーバーチはこのイースターとクリスマスに開かれる霊界における大審議会に出席を許されている高級指導霊の一人であるが、その日もそのことに言及してこう述べた。

「そこには高遠の世界においてのみ味わえる喜び、この大事業にたずさわっている光り輝く存在――地上生活を終えたのち幾世紀にもわたる開発と進化の末に“指導する”資格を身につけた高級霊のみが味わうことのできる喜び、それが満ち満ちております。

しかし、それにも増してわたしは、その大審議会を主宰される、かつて地上で“ナザレ人イエス”と呼ばれた人物が、わたしたちの業績に逐一通じておられるお言葉を述べられ、新たな力、新たな希望、新たなビジョン、新たな目的をもって邁進するようにと励ましてくださる時のそのお姿、そのお声、その偉大なる愛を、願わくば皆さんにも拝し、聞き、そして感じ取らせてあげられればと思うのですが、それができないのが残念です。

もとよりそれはキリスト教によって神の座に祭り上げられているイエスではありません。数知れない霊を通して人類に働きかけておられる一個の偉大なる霊なのです。

その本来の界層に留まっているのは短い期間なのですが、わたしはその間に改めて生命力あふれる霊力、力強さと美しさとにあふれるエネルギーに浸ります。それに浸ると、生命とは何かがしみじみと感じ取れるのです。わたしはこのことをあくまで謙虚な気持で、あるがままに申し上げているつもりです。見栄を張る気持など、ひとかけらもございません。

かりに世界最高の絵画のすべて、物質界最高のインスピレーションと芸術的手腕、それに大自然の深遠にして壮大な美を全部集めて一つにまとめてみても、わたしの本来の所属界の荘厳美麗な実在に較べれば、いたってお粗末な反映ていどのものでしかありません」

そうした真と善と美にあふれた世界での生活をお預けにして、霊団を引き連れて地上世界の霊的覚醒という大事業にたずさわってきたシルバーバーチは、その成果について感慨をこめて次のように語った。

「そうした努力の甲斐あって、今や地上世界全体にその成果が行きわたりつつあることをわたしたちは誇りに思っております。悲しみに沈んでいた心が明るさを取り戻しております。陰気な暗闇に光明の光が射し込みました。無知が存在するところに知識がもたらされました。臆病な心に勇気をもたらし、人生に疲れた人に力を与え、道を見失った人たちを鼓舞し、大霊とその子等のために献身する人たちの背後には強力な霊の集団が控えてそれを応援してくれている事実を認識させました。

さらにわたしが嬉しく思うのは、皆さんが永遠に失ったと思い込んでおられた愛する人、あなたを愛してくれていた人が今も健在であることを証明してあげることができたことです。それによって皆さんは、生命がこの宇宙から消えて無くなってしまうことが絶対にないこと、死は愛と情と友愛によってつながっている者を切り離すのではなく、反対に、霊的には一段と親密なものとする事実を認識することができます。

それにしても、わたしがつくづく残念に思うのは、わたしたち霊団の影響力がどれほど大きいかをお見せできないことです。どれほどの障壁を破壊し、どれほど多くの障害を取り除き、どれほど多くの霊的知識をお届けしたことでしょう。地上世界は今こそそれを必要としているのです。いたって単純で素朴な真理ではありますが、それが霊的自由と精神的自由と物的自由とを地上にもたらすことになるのです。

ご存知のように、生きるということはお互いがお互いのために役立つことです。地上人類が救われる道は互助の精神を実践することそれ一つにかかっており、それ以外にはないのです。

聖霊の働きを“昔の話”と思ってはいけません。イエスを通じて働いた力が今ふたたび働いているのです。当時のユダヤ教の指導者がイエスを通して働いた大霊の力を信じないでそれを悪魔の力と決めつけたのと同じように、現代のキリスト教指導者も同じ大霊の力が今日も働いていることを信じようとしません。しかし、われわれを磔刑(はりつけ)にしようとしないだけ、人類も進歩したようです。

イエスの崇高な偉大さは二千年前だけで終わったのではありません。現代でもなお続いているのです。イエスは今どこにいらっしゃると思われますか。イエスの物語はエルサレムで終わったとお考えでしょうか。地上世界が苦しみと痛みと困難とに満ち満ちている今、あの偉大なる霊はどこでどうしておられると思われますか。

わたしたちを軽蔑し悪魔の使いであると決めつける人たちは、二千年前にナザレ人イエスに同じ非難の言葉を浴びせた者たちと同列です。わたしたちは同じ大霊の力をたずさえて参っているのです。同じ霊現象と同じメッセージ、すなわち“喪の悲しみの中にいる人を慰め、病いの人を癒し、暗闇の中にいる人に光明をもたらし、人生に疲れた人に力を与え、無知の人に知識を授けてあげなさい”という教えをたずさえてきているのです。

わたしたちも大霊の使いです。地上生活を終えたのちの永い体験によって地上人類としては他の霊に較べて少しばかり進化を遂げました。そこで、その体験をたずさえて引き返してきたのです。互いに扶助し合うということが生命の大原則だからです。互助のないところには荒廃があるのみです。互助のあるところには平和と幸福があります。地上世界も互助の精神によって新しい秩序を生み出さないといけません。いたって簡単なことなのです。が、それを人間が難しくしているのです」

別の日の交霊会で――

「地上というところは妙な世界です。霊の目をもってご覧になれば、人間が愚かなことばかりしていることに呆(あき)れるはずです。いずれはチリと化してしまう、どうでもよいものを後生大事にし、永遠の宝である霊的なものは疎(おろそ)かにしております。霊的な価値が理解できないのです。その場かぎりの愉しみや喜びばかり求め、その物的欲望に埋もれて、肝心の霊性が顕現する機会がほとんどありません。

しかも、そうした地上かぎりの所有物を多く蓄積した者が“偉大な人”とされます。どうせ滅びてしまうものを集めようとする人と、永遠に残るものを集めようとする人のどちらが“偉大な人”でしょうか」

「イエスもそのことを言ってますね」とメンバーの一人がマタイ伝に出てくる砂の上に建てられた家と岩の上に建てられた家の譬え話を持ち出した。

「そうです。またイエスは、虫にも食われず錆つくこともない天国の宝の話もしております。にもかかわらず、そのイエスへの忠誠を告白している聖職者みずからが大邸宅を構え俗世的なものを大切にしております。

皆が皆そうだと言っているのではありません。中には自分を忘れて人のためにという燃えるような情熱に駆られて奉仕活動に献身している人がそこここにいらっしゃいます」

話題が心霊治療に変わって――

「霊界の治療家は治癒力をどうやって地上の治療家を通して患者に流入させるのでしょうか。地上の治療家は体質的にふつうの人間と違うのでしょうか」

この質問に対してシルバーバーチは、前置きとして、ここでは磁気療法その他の方法は除外して霊的エネルギーによる治療にのみ限ることにしますと述べてから――

「人間のすべてが例外なく霊的資質を宿しております。ただそれが発現しやすい段階にまで来ているか否かの差があるだけです。いずれにしても努力次第でそれが開発されて背後霊とのつながりが一層緊密なものとなります。調和が高まり、緻密となり、そして緊密となるわけです。

治療家と背後霊団の双方から出る霊的放射線が美事に調和し、その調和状態が頂点に達した時は一本の霊光となります。その頂点へ少しでも近づけば、それだけ治癒力もより高いもの、より大きいもの、より強力なものが霊団と治療家を通して流入するようになります」

お別れのメッセージ

惜別の涙の中にも霊界でわたしを待ちうける喜びを秘めて、わたしは皆さんのもとを去ります。(*“惜別の涙”はただの美辞ではなく、実際に霊媒の頬を涙がつたわったという)。

今夜はことのほか重々しい空気に包まれております。こうしてお別れを言いに出てくるのはあまり気が進まないのですが、しかしもう帰らねばならないのです。皆さんとお別れするのは辛いのですが、同時にわたしには喜びにあふれた本来の住処(すみか)に帰れるという愉しみもあります。

できることなら皆さんも一所にお連れしたいのです。そうすれば人間の目には隠されている美しいものを見、霊の実在を目(ま)のあたりにし、この仕事にたずさわっている高級霊にもお会いになれるのですが、残念ながらそれができません。

実は皆さんの睡眠中に途中まではお連れしているのです。ですが、その間の記憶を肉体を通しての意識に留めることがお出来にならないのです。

肉体に閉じ込められ、五つの粗末な感覚でしか表現できない皆さん方には、霊の自由とはいかなるものかは到底実感できません。その自由を満喫し、より大きい世界の美しさ、そこに満ちあふれる生命力、目も眩まんばかりの景観と荘厳なる響き、その詩情、その音楽、その愛を味わえることの喜びは、到底皆さんには実感できません。

お別れは辛いのですが、そこがわたしの本来の住処なのです。そこへ戻って、しばしの間、本来の喜びに浸ります。地上からのおみやげとして、皆さんからいただいた愛――われわれを結びつけ一体化している、掛け替えのない愛をたずさえてまいります。その愛が今なおひしひしとわたしに届いてくるのが感じられ、わたしからも、持てる愛のすべてをお返しいたします。

ではしばしの間お別れいたしましょう。有り難くも授かることができた霊的真理を大霊に感謝して、改めて勇気を奮い起しましょう。

その恩典に感謝するとともに、さらに次元の高い界層へ近づくべく精進いたしましょう。そして強大なる霊の力に浸ってください。

常に大霊へ向けて歩みましょう。心を大霊の愛で満たし、精神を大霊の知識と叡智とで満たしてください。

常に大霊の意志に波長を合わせるように心がけてください。大霊とその摂理と一体となるのです。そして物質界に顕現している大霊の律動(リズム)と調和(ハーモニー)の中で生きるのです。