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4章 真理はすべて素晴らしいのです

“ハンネン・スワッハー・ホームサークル”の名称のもとに発足したシルバーバーチの交霊会は、当初は毎週一回の割で開かれていたが、霊媒のバーバネルの体力の衰えを考慮して、後半は月一回となり、晩年は不定期となった。

いずれにしてもバーバネルは心霊週刊紙〈サイキックニューズ〉の編集主幹として時間ギリギリまで仕事をしたあと愛車で自宅へ帰り、そのまま交霊会が行われる応接室へ駆け込むのが常だった。そこにはすでに当日の出席者が集まって談笑している。レギュラーのほかに必ず二、三人の招待客がいるので、その人たちと簡単な挨拶を交わしたあと、バーバネルはいつもと同じ長椅子に腰かけ、用意されている水を一杯飲みほしてから瞑目する。やがていびきのような息づかいになるとともに形相が変わってきて、ようやくシルバーバーチが語りはじめる。

こうした形での催し――厳かさもなければ派手さもない、平凡な平家のアパートの一室での集いがほぼ五十年も続いたのである。すぐ近くの通りでは仕事を終えた人たちが車やバスやタクシーで帰りを急いでいる。その人たちにとっては、まさかすぐ近くのアパートの一室で霊界と地上界とが人類史上まれにみる生々しい現実味をもって交わっているとは、想像も及ばないことだった。そうした背景を念頭においてシルバーバーチが語る。

「皆さんから見れば確かにここは小さな一室にすぎません。しかし、わたしたちにとっては壮大な神殿なのです。壁という壁はぜんぶ取り払われております。あるのはただ眩(まばゆ)いばかりの光輝です。イルミネーションです。その中で何千もの霊が、それぞれに果たすべき使命をもって集結しております(※)。教える者もいれば教わる者もいます」

――ハンネン・スワッハー・ホームサークルでは常時十人前後のメンバーしかいなかったが、それは人間界だけの話であって見えざる世界ではいつも数千人の霊が列席していて、シルバーバーチの話を聞いていた。その中には地縛の状態からやっと抜け出たばかりの霊の集団が高級霊に引率されて来ていたり、他の霊団の者が交霊会というものを勉強するために見学に来ていることもあった。そうしたことを念頭においてお読みいただきたい。

さらに言う。

「その内訳はあらゆる民族、あらゆる国家にまたがり、しかも現代の人も過去の時代の人もいます。東洋ならびに西洋の予言者、霊覚者、聖人・賢人、地位の高かった人・低かった人、ギリシャ・ローマ・シリア・カルデア・ペルシャ・バビロニアの思想家たち、それに比較的近世のイタリア・フランス・ドイツの思想家も混じっております。みんなで意見を出し合い、それを総合して皆さんにとって最も有益なものに仕上げるのです。

それとて霊界の舞台裏で行われていることのホンの一部にすぎません。皆さんのお一人お一人に霊団がついております。その中には顔見知りの者もいますし、地上的意識では感知できなくても、何かの時にふと意識する霊的意識でもって存在を感知している者も控えているのです」

さて、その日の交霊会の開会直後に心霊治療が話題となり、シルバーバーチがその本質について語ったところ、列席者の一人が「素晴らしい真理ですね」と述べた。するとシルバーバーチが――

「真理はすべて素晴らしいのです。つまらないのは間違った知識です。なのに間違っていると知りながら、その方が慣れ親しんでいるからという理由でそれに固執し、素晴らしい真理の方は馴染めないという理由で求めようとしない人がとても多いのです。

そういう人たちは、強くなれるはずなのに弱いままでいたいのです。新しい光を求めるよりも暗いところで、間違った知識の上に築いた信仰を揺さぶられないでいた方がいいのです。

求道者の道は容易ではありません。真理というものは簡単に手に入るものではないからです。価値あるもの、高い評価を受けるものほど軽々しくは手に入らず、迷いと懐疑心の中をくぐり抜け、しかも誠実・崇敬・飽くなき真理探求心をモットーとして努力した末に、ようやく手にすることができるものなのです。

魂の受け入れ準備がすべてに優先するということです。魂がその真理を理解できる段階まで成長した時にはじめて、その真理の方からやってくるのであり、それまでは得たいと思っても得られないということです。受け入れるだけの態勢が出来上がっていないからです。豚に真珠とはそのことを言っているのです」

このあと列席者の一人が、最近バイブルを修正しようとする試みがなされている話を持ち出したところ――

「何ごともやってみることです。既得権力に対抗する側のすることであれば、何であれ激励してあげることです。その新しい改革の精神をいたるところに浸透させるのです。

何ごとも目の眩(くら)むような一瞬の閃光の中で達成されることを期待してはなりません。あの手この手と試みていくほかはありません。まさに“点滴、石をも穿(うが)つ”ようにです。

わたしたちの仕事の大きさは次元が違うのです。無知な人が口をあんぐりと開けて驚き、目をまんまるにして感心するような現象を起こそうとしているのではありません。大観衆を集めて一気に信じさせようともしません。

利己主義、私利私欲といった人生の暗部に属する勢力との絶え間ない闘いこそ、わたしたちの仕事です。偏見・迷信・間違い・嫉妬・貪欲・強欲――わたしたちはこうしたものと闘っているのです。

そこで、地上にあってそうした目的を推進してくれる人――受容力に富む心の持ち主、受容力に富む精神の持ち主、受容力に富む魂の持ち主を通して働きかけているのです。当初は困難の連続でした。反抗勢力は途方もなく大きく、障害はとても克服困難かに思えました。が、背後に控える大霊の力と、数こそ少なくても忠実にして勇気ある協力者の活躍をもってすれば絶対に挫折はないとの信念でひたすら頑張り通しました。

今日の皆さんには、これまでの百年近い艱難辛苦の実りをご覧になることができます。しかし、それとても、これから成就されていくものに較べれば、物の数ではありません。もはや形勢が逆転しているからです。わたしたちは勝利へ向けて進撃しており、その勢いを止めることのできる者は地上には存在しません。

一見したところ穏やかではあっても、しかしあくまでも力強く、わたしたちは勝利へ向けて前進しているところです。光が闇を征服し、知識が無知を負かし、喜びが悲しみと取って代わり、そして真理が勝利者となるのです」

さらに、明らかに世界中のスピリチュアリストを念頭に置いてこう述べた。

「この真理普及の仕事にたずさわっておられる方に常に忘れないでいただきたいのは、背後に控える勢力は、皆さんが人のためと思って努力なさるのと同じように皆さんのためを思って働いているということです。

皆さんの目から目隠しを取り除いてその勢力を目のあたりにさせてあげることができたらと、どれほどわたしは願っていることでしょう。わたしが見ている通りにみなさんがご覧になれたらと、どれほど願っていることでしょう。そうすれば、絶望など絶対になくなることでしょう。暗い陰など、皆さんの存在のどこにも居座る場所はなくなるはずです。辺りを包んでくれている勢力の強大さを認識されるからです」

続いて霊界におけるインスピレーションの伝達方法に触れて「こちらの組織ははしご状に上へ上へと伸びているのです」と述べてから、こう続けた。

「一つ一つの段がみな連なっているのです。ですから、物質界のいちばん低い段階にいる者でも霊界の最高界とつながっているのです。

旧約聖書に出てくる“ヤコブのはしご”は空想の作り話ではなく、永遠の実在の象徴なのです。いかなる魂でもそのはしごを一段一段と上がって行くことができるのです。地上から天界へとつながっており、大霊の力で支えられているのです」

この日の交霊会ではシルバーバーチは珍しく個人的な悩みごとを取り上げて語り合うことが多かった。その中で次のような勇気づけの言葉を述べた。

「前途を影がよぎった時は、それはあくまでも影であって実在ではないことを思い起こしてください。雲が太陽を遮った時は、それはあくまでも雲にすぎないことを思い起こすのです。試練と困難に取り囲まれた時は、それは通りすがりの小鳥がホンの少しのあいだ立ち寄っただけで、そのうち飛び去って行くものと思えばよろしい。

皆さんが手にした霊的知識は物質界のいかなる宝にも勝る貴重なものです。わたしたちは金や銀、ダイヤモンドや貴金属はお持ちしません。それよりも霊の貴重品、この世で最高の宝をお持ちします。それを大切にしなさい。(象眼細工にたとえれば)愛をはめ込み台として、その上に霊的真理という宝石を散りばめるのです。そしてそれは大霊が細心の心づかいと神々しい情愛をもって授けてくださった賜物であることを認識してください。

常に上を向いて生きなさい。うつ向いてはいけません。皆さんに存在を与え自らの霊性のエッセンスを吹き込まれた、巨大にして壮厳な大霊の力が日々あなた方を鼓舞し支援してくれます。

迷いがちな心を大霊の心に合わせ、荒れがちな魂を鎮めて大霊の魂に合わせ、精神を無尽蔵の大霊の貯蔵庫から出る叡智で満たしなさい。そして弱き者、挫折せる者、窮状にあえぐ者のために刻苦する人は必ずや大霊の愛のマントに包まれていることを実感なさることです。

迷わず進みなさい。身につけられた知識の中で確信をもって着実に歩みなさい。せっかくの霊的知識を賢明に、そして上手にお使いなさい。そして大霊の道具としての義務を忘れないようにしてください。“忠良なる僕よ、よくぞ任務を果たされた!”(マタイ伝)との祝福の言葉を賜るよう、お互い、それぞれの道で励みましょう。皆さんに大霊の祝福のあらんことを!」

そのあとシルバーバーチは出席者全員に向かってこう述べた。

「皆さんは死んだあともずっと生き続けるのです。その時までは、本当の意味での“生きる”とはどういうことなのか、何ものにも拘束されずに生命の実感を味わうというのはどういうことなのか、肉体に閉じ込められた今の魂では理解できない“自由”の味を満喫するというのはどういうことかはお解りにならないでしょう。

一度もカゴの外に出たことのない鳥に、囲いのない広々した森の中で、枝から枝へと飛び渡れるということがどういうものかが解るでしょうか」

「ではなぜ、魂は肉体に閉じ込められたのでしょうか」と列席者の一人が尋ねた。

「種子が暗い土の中に埋められ、そこから勢いよく成長するための養分を摂取するのと同じです。人間の生命の種子も霊的生命を勢いよく成長させるための体験を得るために、肉体という暗い身体に閉じ込められるのです。

人生体験も大きな生命機構の中の一環なのです。およそ有り難いとは思えない体験――悲しみ、辛い思い、嘆き、失望、苦しみ、痛み――こうしたものは魂にとっては貴重なのです。

しかし、それを体験している最中(さなか)にはそうは思えません。こちらに来て地上生活を振り返り、部分的にではなく全体として眺めた時にはじめて、人生の価値が鮮明に理解できるのです。逆境の中にあってこそ性格が鍛えられるのです。悲哀を体験してこそ魂が強化されるのです。

わたしたちは人生を物質の目ではなく霊的生命の知識に照らして眺めます。その次元では完全な公正が行われるようになっているからです。ですから、賢明な人とは、すべての体験を魂の成長にとって有益となるように受け止める人、試練にしりごみせず、誘惑に負けることなく、困難に正面から立ち向かう人です。そういう心構えの中においてこそ人格が成長し強化されるからです。何でもない簡単な真理なのです。あまりに単純すぎるために地上の“知識人”から小バカにされてしまうのです」

話題が変わって、サークルのメンバーが比較的若い人たちによって構成されている事実について、シルバーバーチがこう説明した。

「前途にまだまだ永い物的生活が残っているうちに霊的真理の素晴らしさを知ることができていらっしゃることを、わたしは大変結構なことと喜んでいる次第です」

「大変な光栄と受け止めております」とメンバーの一人が言うと、

「大変な責任として受け止めないといけませんよ。知識には必ず責任という代価が伴うのです。つまり皆さんは物質界で最大の光栄――霊的知識を人のために役立てることができるという光栄に浴していらっしゃるのです。物質界で大事にされているもの全てが無に帰したあと、お互いのために尽くし合った行為のみが永遠に消えることのない進化をもたらしてくれるのです。

わたしたちはあくまでも“人のため”という宗教を説きます。教義や儀式やドグマは、人のために何かしなくてはという思いを育(はぐく)むものでないかぎり、価値は認めません。祭礼や行事は大切ではありません。大切なのは霊性、すなわち内部に存在する大霊を発揮する行為です」

「宗教をどう定義されますか」と別のメンバーが尋ねる。

「わたしにとってはたった一つしかありません。大霊の子に奉仕することによって大霊に奉仕することです」

話題が心霊現象の話になり、その中でシルバーバーチが心霊実験会における物質化現象では霊媒と列席者からだけでなく、実験室内に置かれているあらゆるものが材料として使用されていることを述べると、メンバーの一人が――

「それは、それらの材料から必要な成分を抽出するということでしょうか」

「そうです。カーペット、カーテン、書物、あるいは家具でも利用します。わたしたちは物的身体をもっておりませんから、まわりにある物質を利用せざるを得ないわけです。その成分は(主として霊媒と出席者とから取りますが)ある程度はその部屋にあるものから少しずつ取ります。取りすぎるとバラバラに分解してしまいます」

「物質化現象が行われた部屋のカーテンがすぐに朽ちてしまうことがあるのは、そのためでしょうか」

「そうです。それが原因です。十分用心はしているつもりですが……

物質化霊の衣装に色をつけるために部屋中の素材から色素だけを抽き取ることもあるという話をしてから――

「わたしたちが行っていることをもっとお知りになれば、世の中には無用のものは一つもないことに気づかれるはずです。ですが、最大のエネルギー源は皆さん方お一人お一人です。皆さんが最大の素材です」

キリスト教を信じている人の中には、霊が交霊会に出てきてしゃべるということは“霊を無理やりひっぱり出して嫌々ながらしゃべらせる”ことだから“霊にとって迷惑”であると考えている人が多いという話が持ち出されると――

「わたしにとって、この霊媒の身体を借りて皆さんと話を交わすことがどれほど楽しいことであるか――それは皆さんにはとても理解していただけないほどです。皆さんと共にいるということは、わたしにとって格別のことではありませんが、こうして面と向かって皆さんとお話ができるというのは、大変楽しいことなのです。

どうぞ、このわたしが常にお側にいて皆さんのお役に立つ用意をしていることを忘れないでください。わたしは皆さんのお友だちなのです。多分わたしの姿はご覧になれないでしょうけど、むしろわたしの方から力になってあげたいと願っている側用人(サーバント)くらいにお考えください。何かご用がありましたら、いつでもお呼びください。どうぞ、この死者に迷惑をお掛けください!」

女性メンバーの一人が最近親戚の人に起きた出来事について話し、そういうことを起こす霊は善霊でしょうか邪霊でしょうかと尋ねた。すると――

「あなたの頭の中から低級な影響――あなたは邪悪な影響とおっしゃりたいのでしょうけど――そういうものが自分につきまとうという観念を拭い去ってください。あなたは大霊とその摂理の保護のもとに生活しそして行動していらっしゃるのです。

あなたの心の中に邪(よこしま)なものがなければ、あなたには善なるものしか近づきません。善のバイブレーションが支配するところには善なるものしか住めないのです。大霊の使者以外のものがあなたの存在の中へ入り込むことはありません。あなたは何一つ恐れを抱く必要はありません。あなたを包み込んでいる力、あなたを支え、導き、そして鼓舞せんとしている力は、ほかならぬ宇宙の大霊から発せられているのです。

その力はあらゆる試練と困難の中にあってあなたの支えとなってくれます。嵐を晴天に変え、絶望の暗黒から叡智の光明へと導いてくれます。あなたは着実に進歩の正道を歩んでおられます。恐れを抱く必要はどこにもありません。

地上世界で大切と思われているものの中には使い捨てのような価値しかないものが沢山あります。真に大切なのは魂の成長にかかわることです。霊的資質が発達して内奥の神性が開発されるごとに、魂の悟りが深まるのです。単なる知識の収集では大して価値はありません。もしもそれを他人のために使わないでいると、一種の利己主義ともなりかねません。

うわべだけで物事の価値判断をしてはなりません。わたしたちと皆さんとの根本的な違いは、皆さんが外面から判断なさるのに対して、わたしたちは霊の目でもって動機と目的を見抜いてしまう点です。その方が結果そのものよりも大切だからです。変転きわまりないうわべの現象の背後にある、永遠の実在を見抜くように努めないといけません。

階級・肩書き・職業・肌の色――こんなものが大霊を前にして何の意味がありましょう。真に誇れるもの、真の気高さは魂にかかわるもの、霊にかかわるもの、精神にかかわるものです。それこそが永遠の実在なのです。

イエスも同じことを説いています。“神の王国は自分の中にある”(ルカ伝)“地上の宝を貯えてはいけない――虫に食われず錆びつかず盗人も盗み出せない宝を貯えよ”(*マタイ伝)。

わたしたちも同じ真理を説いているのです。真理は真理であり、永遠の原理は決して変わることはないからです。

物質の中に閉じ込められている皆さんにとって霊的実在を原理とした物の考え方をするのが難しいものであることは、わたしもよく知っております。しかし、そういう考え方をお教えするのが、わたしたちがこうして地上へもどってきたそもそもの目的なのです。皆さんが人生を正しい視野、正しい焦点でとらえてくださるように導くことです。

忘れないでいただきたいのは、地上生活は永遠の生命活動の中のホンの一かけらにすぎないということです。ただの影を実在と思い違いをなさらないようにしてください」

それから最後の忠告として、こうして霊界から届けられる教訓はサークルのメンバーにとってはすでに当り前のことのようになっていても、他の人々――人生に疲れた人、心を病んでいる人、迷いと疑念に嘖(さいな)まれている人たちにとっては「心地よい、さわやかな新風であり、まとわりついたクモの糸を吹き払い、精神を鼓舞される思いがするものです」と述べて、こう締めくくった。

「魂が霊的真理の光の有り難さを味わえるようになるまでには、時として大きな迷いと疑念、悲哀と倦怠と幻滅を体験しなければならないことがあるのです。

わたしたちの仕事は順調に広がりつつあります。そのことだけは確信をもって断言できます。わたしがいつも楽観的な態度を強調し勝利は間違いないことを申し上げるのはそのためです」

祈り

ああ、真白き大霊よ。

あなたの無限性を物質に閉じ込められている子等にどう説明すればよろしいのでしょうか。言語を超越しておられるあなた、いかなる尺度をもってしても計ることのできないあなた、その叡智は地上のいかなる智者の叡智をも超越し、その愛はかつて地上で示されたすべての愛をも凌ぐ無限なる存在にあらせられるあなたを、わたしはどう説き明かせばよろしいのでしょうか。

全生命の大源におわしますあなた、あらゆる存在を通してその霊性を顕現しておられるあなた、物質の世界と霊の世界の区別なく、生きとし生けるものすべてに見出すことのできるあなたを、わたしはいかに表現すればよろしいのでしょうか。

わたしは全大宇宙とそこに顕現せるものすべて――あらゆる活動の中に顕現している生命の律動(リズム)に目を向けさせます。昇っては沈みゆく太陽、夜空にきらめく星座、心地よく屋根をうつ雨音、ささやくような小川のせせらぎ、のどかな蜜蜂の羽音、風に揺れる可憐な花々、そして轟く雷鳴と闇を切り裂く稲妻に目を向けさせます。

かくして生命のあらゆる現象に向けさせたあと、わたしはそれがあなたとあなたの摂理の表現であることを確信をもって明言いたします。何となれば、あなたは摂理そのものにあらせられる――永遠にして不変の摂理として顕現されているからでございます。

その顕現の中でも、物質の世界よりも高度な次元に属するわたしたちは、その次元すなわち霊の世界において知れわたっている不変の因果律を教えるべく、こうして地上へもどってまいります。わたしたちはあなたを有るがままの存在として啓示し、物質に対する霊の優位性を立証し、あなたとわたしたち子等との霊的な絆を教え、物質の子等もあなたの一部であり、あなたの霊性がすべての子等に宿り常に表現を求めている事実を理解させたいと願っております。

ああ、真白き大霊よ。

わたしたちはあなたの叡智のお蔭をもって、内奥のより高き自我を呼び覚まして生命の大源たるあなたとの調和をもとめることをお許しくだされたことに感謝の意を表します。神性を帯びたあなたの遺産を求めそして我がものとし、魂の内奥に潜む実在を見出しているところでございます。

願わくばこの光の神殿(交霊会)において、これまで久しく忘れ去られながらも、あなたを求めた数少ない霊覚者にのみ明かされてきた霊的摂理のいくつかを立証することができますように。

ここに、人の役に立ち愛の摂理を立証することをのみ求める、あなたの僕インディアンの祈りを捧げます。