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3章 わたしたちは決して見捨てません

英国陸軍の従軍牧師がハンネン・スワッハーの招きで出席し、シルバーバーチとの対話で真実の霊的真理を悟って辞職を決意するまでに至った。ところが、それから二、三ヵ月後にあっさりと他界した。そして今度は奥さん一人が招待されて、シルバーバーチからその間の事情の説明を聞くという珍しいケースがあった。まず夫妻が揃って出席した最初の交霊会の様子から紹介しよう。シルバーバーチから語りかけた。

「わたしが申し上げることを全部受け入れる必要はないのですよ。あなたの理性を使って、わたしの言うこと、あなたがお聞きになっていることを吟味なさって、わたしに挑戦してください。もしも理性が納得しないものがあれば、どうぞ拒否してください。わたしたち霊団の者は絶対に間違ったことは言わないとは申しておりません。わたしたちは過去の聖人や霊覚者が説きながら神学や教義の瓦礫(がれき)の下に埋もれて忘れられてしまった真理と同じものを改めて説いているだけなのです。人間の霊的新生、霊的自主独立、経済的ならびに社会的自由への道を教えてくれる、古くからある永遠不滅の真理を瓦礫の下から救い出そうと努力しているのです。“二師に仕うること能(あた)わず”(マタイ伝)といいます。もちろんご存知ですね。自分自身、自分の心、自分の存在を見つめ直してごらんなさい。そこには多くの、いえ、すべての問題に対する回答が秘められるものです。これまで大切にされてきた信仰の中の真実のものは、これから先も生き永らえます。何ものもそれを揺るがすことはできません。が、間違っていたものは捨て去らないといけません。カビの生えた古い誤りは、霊的啓示を前にしたら潔(いさぎよ)くその場を譲らないといけません。

永いあいだ地上世界を束縛してきたものとの闘いにおいて、わたしたちは一歩も後へは退きません。宗教の名のもとに築かれてきた教義とドグマと戒律の組織に対して闘いを挑んでおります。間違っているものは廃棄しなければならないのです。真実のものだけが生き永らえるのです。永いあいだ人間が崇めてきた大言壮語――霊感や啓示ではなく、ただの政策、とくに政治的政策からこしらえられたドグマは、どうあっても許すわけにはまいりません。

あなたも永いことご自分のことを忘れてひたすら人のためを思って軍の中でのお仕事に専念してこられました。しかし最近、そうした体制下での善行にホトホト嫌気がさしてきた……あなたはそんなことはないとおっしゃることでしょうが、奥様はわたしと同意見だと思うのですが……

「おっしゃる通りです」と同伴してきた奥さんが述べた。

「あなたのお仕事は人前でのハデなものばかりではありませんでした。そういうことも一、二度はありましたが、大抵は人目につかないところでの地味なものでした。そして今ついに真実の霊的真理に目を開かれました。あなたご自身は遅きに失した、もう少し早く知っていたら、と残念に思い、これから先どういう形での奉仕ができるだろうかと迷っておられますね?」

「その通りです」

「いいですか、真理というものは受け皿が用意されて初めて受け入れることができるのであって、それ以前は知らん顔をしているものです。精神が受け入れる気になった時に真理の方からやってくるのです。せっかく訪れてノックをしても冷たくあしらわれることがわかっている時は、真理は近づこうとはしないものです。そろそろドアが開いて入れてもらえると思うまでは、少し離れたところで待機しているのです」

ここでシルバーバーチが「何かお聞きになりたいことがありますか」と言うと、

「何からお聞きしてよいかわかりません。よく解らないことが山ほどあり、とても面倒な問題もありまして……」と牧師が言う。

「どうぞ、その中でも一ばん面倒な問題をおっしゃってみてください。わたしにお力添えできることでしたら、せいぜい努力いたしましょう」

「実はこれまで務めてきた従軍牧師としての仕事をこれを機に辞職することが果たして賢明であるかどうかで迷っております。辞めたあと、これとはまったく分野の違う仕事で私に合ったものを見つけるのを背後霊はちゃんと援助してくれるものでしょうか」

「“求めよ、さらば見出さん。尋ねよ、さらば授からん。叩けよ、さらば、開かれん”――この言葉をあなたは何度説いてこられましたか」

「ずいぶん説いてまいりました」

「今このわたしが同じことをあなたに向かって説くことにしましょう。ただし、わたしの場合はただの信仰ではなく、知識による確信をもって申し上げます。わたしの世界には大霊の使者の大軍が控え、いつでも地上世界のために手助けをする用意を整え、あなたのような“道具”が“私はいつでも用意ができております。どうぞお使いください”と言ってくださるのをお待ちしている事実を、この目で見て知っているのです。

わたしたちは決して見捨てません。しかし最初にしかけるのはそちらです。真理が手引きするところならどこへでも迷わずついて行く用意があるという意志表示をしてくださらないといけません。今あなたは古い土台を取り払おうとなさっておられるところです。しかし、向かわれる先は砂漠ではありません。荒野へ迷い込んで行かれるのではありません。半信半疑の世界から抜け出て、霊的実在へと向かっておられるのです。

ここまであなたを導いた力こそ霊の力なのです。あなたはそのことについて信者の方にずいぶん説いてこられましたが、まだ理解はしておられませんでした。これが実はキリスト教でいう“聖霊の降臨”なのです。大霊がその知識、その叡智、その啓示、その真理、その愛を地上へ届けられる手段なのです。わたしたちはそのための道具にすぎません。永い年月にわたる奉仕と進化と成長と経験の末に、そういう仕事にたずさわる資格を身につけたのです。わたしたちは自分のことは何一つ求めていません。わたしたちが持っているもの全てを地上人類のために使用できる、その栄誉を保ち続けたいと思っているだけなのです」

「どうも有り難うございました」

「わたしへの礼は無用です。大霊に感謝してください。わたしたちは大霊のために奉仕しているのですから……。わたしたちはただの道具にすぎません。代理として働いているその大中心の存在に感謝なさるべきです。

わたしたちは永いあいだ荒野に呼ばわり、叫び続け、真理普及の地ならしをしてまいりました。地上人類が耳を傾けてくれるように工夫を凝らしてまいりました。しかし一向に耳を傾けてくれませんでした。霊の声を聞こうとしませんでした。サムエルを見つけるまで、わたしたちも、三度も四度も呼び続けました」(*旧約聖書“サムエルの書”上、第三章参照)。

「あなたがご存知のイエスについてお聞かせください」

「わたしは何度となくお会いしております。イエスは“父”の右に座っておられるのではありません。その“父”も黄金の玉座に座っておられるのではありません。イエスは進化せる高級霊の一人です。地上人類の手の届かないほど誇張され神格化された、縁遠い存在ではありません。すぐに手の届くところで、あなた方がスピリチュアリズムと呼んでおられるこの真理――わたしたちにとってはただの自然法則の働きにすぎませんが――その普及の指揮をなさっておられるのです。

交霊会をはじめとするさまざまな仕事を指示しておられるのが、ほかならぬイエスその人なのです。病める者を癒し、悲しむ者を慰め、無知なる者に真理の光をもたらし、いずこへ向かうべきかもわからずに迷っている者に道を教え、家もなくさ迷える者に宿りの場を与え、人生に身も心も疲れ果てた者に生きる勇気をあたえるために世界中で献身している人たちを鼓舞しておられるのです。

わたしたちが実際にお会いし、そして激励の言葉をいただいているのが、実在の高級霊、かつて地上で“ナザレ人イエス”と呼ばれていた方なのです。あなたはこれまでイエスはどこにいらっしゃると思っておりましたか」

「以前ならイエスさまは“父”の右側に座していらっしゃると答えたと思います」と正直に答えてから「でも今はもう全く異なる神の概念を抱いております」

「そうです。神は右でも左でもないのです。法則なのですから……。その働きは完ぺきであり、しくじるということがなく、間違うということがなく、始まりもなく終わりもなく、無窮に働き続けているのです。一個の人間としての神の概念をお捨てになり、全生命の背後に存在する法則としての大霊とお考えになってください。

そしてイエスをあなたと同じ存在とお考えになることです。はるかに進化はしていても、決して手の届かない無縁の存在ではありません。なぜなら、イエスがたどった道をあなたも今たどりつつあるのであり、イエスが発揮したのと同じ霊的能力をあなたも発揮できるのですから……

イエスが行ったことはすべてあなたにもできるのです。“あなたたちもこれ以上のことをする時が来るであろう……”“見よ、私は救い主、すなわち真理の霊を送り届けるであろう……――こうした言葉が今あなたにとって真実となっているのです。このわたしが“救い主”だと言っているのではありません。わたしが“真理の霊”だという意味ではありません。地上人類に文明の汚点である信仰上の誤りを理解させそれを取り除かせるために、大霊に源を発する霊力の一部として、わたしもイエスの指揮のもとに参加しているということです」

話題が変わって、霊界とのつながりについてこう語った。

「いったん霊界との磁気的なつながりが出来あがると、それは二度と切れることはありません。霊力というのに接し、その影響力によって感銘を受ける段階に達していれば、その段階で出来あがったつながりは二度と解消されることはなく、いつでも霊的なものを認識できる状態が保たれます。

そうしたつながりが出来あがる最初のきっかけは往々にして悲哀の体験――死別の悲哀、苦痛の悲哀、病気の悲哀ないしは悲嘆となるものです。そこに地上生活における“苦”が果たす役割があるのです」

さらに話題が発展して霊の得手不得手の話になり、シルバーバーチは地上の霊媒が単なる好みではなく能力に合った分野を選ばねばならないように、霊界においてもどれにするかで迷うことがあり、自分の場合は結局は“教えを説く”という手段を選んだことを説明した。そしてこう続けた。

「皆さんと同じように、わたしたちも一ばん伸ばしやすい能力を選ばねばなりません。表面近くにあるものが一ばん伸ばしやすいことになります。しかし時には二つないし三つの能力が同じ程度に発達している場合があり、そのうちのどれにするかの選択を迫られることもあります」

ここで出された質問に答えて――

「わたしは霊的真理に基づいた原理を説いております。いかなる問題もこれを適用すれば遠からず解決します。わたしは人間の苦痛の叫び声に無神経なわけではありません。できることなら重荷のすべてをわたしが背負ってあげたいくらいの気持です。ですが、地上世界のことは地上世界で片づけないといけないのです。そこには“公正”というものが行きわたるようになっているのです。と言って、ただ単に苦しい体験を積むばかりでは無意味です。その中から教訓を学び取らないといけません。そこで霊的摂理についての知識が大切となります。それを広めないといけません。

人類は霊的知識を身につけて初めて、待ちうけている喜びを味わうことができるのです。あらゆる苦しみから教訓を学び取り、地上世界がたとえ絶望だらけに思われても神の意志は必ず成就されること、その遠大な目的を挫折させるほどの力をもったものは地上には存在しないことを確信してください。達成の時期を遅らせることはできます。また少しの間だけ視界を曇らせることはできます。しかし新しい世界はすでに生まれております。古い世界が崩壊しつつある徴候がそこここに見られます。あなた方も変革の証拠をその目でご覧になっておられます。

自分たちが支配しているつもりでいた者が独裁と圧制の時代は終わったことに気がつくのも、そう遠い先のことではありません。しかし忘れてならないのは、そうした独裁者は大霊が用意なさったのではありません。あなた方人間がその出現を許したのです。憎しみと無知と時の事情によって生み出されたのです。

大霊は地上人類のために用意される恩寵についてはきわめて寛大です。すべての者に十分に用意しておられます。領土問題で争う必要はないのです。そもそも誰のものでも、どの国のものでもないのです。大霊のものなのです。人間はその大霊の借地人(テナント)にすぎません。ホンの短い期間だけ地上に逗留するためにお借りしているだけなのです。

霊的知識さえあれば、一滴も血を流さずに、一人の命も失わずに、すべての問題が解決できるはずです。ところが無知と既得権力が障害をこしらえてきたのです。あなたのような方が物質万能主義と闘う軍隊に一人加わるごとに、暗黒の勢力を一歩押し返すことになるのです。

わたしたちには奇跡は起こせません。霊的な“呪術師”ではありません。摂理というものの存在を説いているのです。その働きを知っているからです。困難につぐ困難の末に今やっとその努力が実りつつあります。絶望感など一かけらもありません。自信にあふれております。

このわたしも、わたしの全存在の息吹きをもってあなたを支援します。迷わず進みなさい。あらゆる不安の念を振り切って、自分には愛の援護がある――血縁のあった霊の愛、物質のベールで仕切られてはいても霊的には親しく通じ合い身近にいて常に導いてくれている霊の愛、それから又、あなたはご存知なくてもあなたをよく知っていて、誕生の時からずっと待ってくれている、大勢の霊的家族の愛があることを知ってください。

そうした大勢の霊がこれまでずっとあなたを鼓舞し、保護し、導き、目にこそ見えなくても現実的影響力を行使してきたのです。喜びをともに喜び、悲しみをともに悲しんできました。まさしく笑いも涙も分け合ってきたのです。そうした霊とあなたとは文字どおり一体であり、決して見捨ててはおきません。あなたの方から一歩近づけば、彼らはさらにもう一歩近づくように援助します」

そして最後を次の言葉で力強く締めくくった。

「躊躇してはいけません。思い切りよく突き進みなさい。あなたの差し出す手が拒絶されることがあっても失望することはありません。あなたのことを気狂い呼ばわりしても悩むことはありません。ご存知でしょうか。かつてイエスの弟子たちは酔っぱらい扱いをされたのです。お二人に大霊の祝福のあらんことを!」

それから四ヵ月もたたないうちに、その牧師の奥さんが一人で出席した。実際にはご主人もいっしょなのだが、その時はすでにご主人はベールの向う側の人となっていた。シルバーバーチがその奥さんにこう挨拶した。

「再びあなたをこの場にお迎えして、この度の不幸を毅然たる態度で力強く耐え抜かれたお姿を拝見して、とてもうれしく存じます。あなたにとって実に厳しい試練でしたね。しかし、霊的知識が支えとなって、いささかも揺らぐことがありませんでした。ご主人は偉大な霊です。今でもあなたとともにいて、何とかしてあなたに存在を知らせたいと工夫していらっしゃいますよ」

「おっしゃる通りだろうと思います。私もそのことに気づいております」

「何度も姿を見せようとなさったそうですよ。でも時おりそのことが却ってあなたに少しばかり精神的な混乱を引き起こして、申し訳ないとおっしゃってますよ」

「存じております」

すでに自宅で家族交霊会(ホームサークル)を開いている奥さんは、ご主人からのメッセージを受け取っていたのである。シルバーバーチが言う――

「目には見えなくても、今なおご主人が陰で糸を引いておられるのがお分かりでしょう。あなたの喜びも幸せも今なおご主人がカギを握っているからです」

そう述べてから、牧師の妻としていろいろと処理すべき問題が残されていることを念頭において、こう助言する。

「ご主人の地上での仕事はまだ終わっていないのです。あなたの仕事もまだまだ終わりません。前途には問題が山積しております。ですが、辛抱なさることです。ご主人は死後の環境に慣れるのに時間が掛かりましたが、その後は長足の進歩を遂げておられます。お家(うち)での交霊会はぜひとも続けてほしいと希望していらっしゃいますよ」

「はい、続けるつもりでおります」

「あなたが受身の心になって静かに落着いている時には姿を見せることもできるとおっしゃっていますよ。ご覧になられたことがありますか」

「はい、あります」

「でも、おぼろげだったでしょう? 見えたような気がして見つめなおすと、もう見えない……でも、確かにそこにいらしたのです」

「わたしはこう言ってあげたことがあるのですよ――“今のはあまりあなたに似てませんでしたよ”って」

「なるほど。でも、何ごとも練習ですよ。悲しむことだけはお止めなさい――たとえ心の奥であっても。ご主人はその後霊格が向上しておられます。自らの努力で必然的にそうなられたのです。永年の奉仕への報酬として向上を得られたのです。と言って、あなたから遠ざかったわけではありませんよ。これからも常にあなたとともにいらっしゃると思ってください。今のご主人にとっては、あなた以上に大切な人はいないのですから。その辺のことはあなたもご存知のはずです。

お二人には宇宙最大の力があります――愛の力です。それが地上でお二人を巡り合わせ、これからも永遠にお二人に“別れ”はありません。

あなたには霊的知識があります。たとえ視界のすべてが見通せない時でも、その知識を手にしておられることを有り難いと思わないといけません。単なる期待や推測や思惑からではなく、いかに烈しい環境の嵐の中にあっても揺るぐことのない、“事実”を土台とした確信を抱くことができるからです」

ここでシルバーバーチから「何かお聞きになりたいことがありますか」と言われて奥さんは、夫のあまりに急な他界で少し戸惑いを感じたことを述べ、「死期というものは何によって決められるのでしょうか」と尋ねた。

「霊に用意が整った時に肉体から去るのです」

とシルバーバーチは述べて、それをこう説明した。

「リンゴが熟すると木から落ちますね。時として木が揺すられて熟さないうちに落下することもありますが、それは不味(まず)くて食べられませんね。同じように霊も時として時が熟さないうちに肉体から離されることがあります。この場合には霊に死後の生活への準備が整っていません。

しかしご主人の場合は霊に十分な用意が整い、肉体も十分にその目的を果たして、その上で朽ち果てたわけです。あなたがどう介抱されてもその時期を延ばすことはできなかったでしょうし、ご主人にもそれはできなかったでしょう。そのうち、ここにおいでの皆さん方にも同じことが起きるわけです。少しも恐れることはありません」

このあと奥さんが、主人が予告したことが未だに実現していない話を持ち出すとシルバーバーチが――

「いつというのは霊にはなかなか判断しにくいものなのです。そのわけは、わたしたちにはこうなるという結果の方が先にわかってしまい、ではそれが地上の時間にしていつになるかとなると、その計算ができないことがあるのです。霊によって、その計算が得意な霊とさほど得意でない霊とがいるものです。

いずれにせよ、あなたはそのことで気を揉まれる必要はありません。これからも何度も何度も姿を見せるようになり、助言を与え、あなたのことを大事にしてくださいます。ですからあなたも、こうした知識を積極的に広める活動をなさらないといけません。あなたにとってはご主人こそが霊的知識へ導いてくれた恩人であるごとく、あなたが広める知識が救いとなる人もいらっしゃるのですから……

「それがわたしの大きな願いでございます」――夫を失ってまだ数週間しかたっていないというのに、早くもこの未亡人は他人の慰めとなる仕事のことを考えて、そう述べるのだった。このことばを聞いてシルバーバーチが力強く言う。

「おできになりますとも。人の荷を軽くしておあげなさい。道を教えてあげなさい。暗闇を明るくしてあげなさい。地上には無用の悲しみ、無用の不幸、無用の悲劇が多すぎます。わたしたちの世界からの愛は、進むべき道をすっかり見失っている人類が平和と悟りへの正道を見出し、地上世界の汚点である不公正と残虐を絶滅する、そのお手伝いをするために、霊の力を地上へもたらすことのできる道具を通して、少しでも多くの発現を求めているのです。

エデンの園は存在するのです。地上天国は目の前にあるのです。ただ人間の強欲と愚かさと利己主義と残忍性が道に立ちはだかっているのです。理屈の上では一日のうちにでも実現できるのです。しかし現実には、為さねばならないことが山ほどあります。全生命を創造なさり、生きる道を示さんとしておられる大霊の道具として、進んで志願する者を必要としているのです。

大霊の祝福のあらんことを祈ります。あなたがお帰りになられる時はご主人もいっしょにお帰りになられます。愛は本来あるべき所へ帰るものなのです」

祈り

ああ、真白き大霊よ。

わたしたちに生命を賦与してくださったことに深く感謝いたします。なぜなら、それはわたしたちの霊をあなたの霊の中へ融合させることによってわたしたちにもあなたの無窮の目的に参加することを可能ならしめ、あなたのご意志を顕現し、あなたの愛と叡智と真理と知識とを啓示する大事業のお手伝いをさせていただくことになるからでございます。

ああ、大いなる神よ。

わたしたちは宇宙に顕現せるあらゆる生命現象を通して啓示されているあなたの無限の相に対して感謝の言葉を捧げるものです。又わたしたちは“愛の橋”を通って“死の淵”を越える機会をお与えくださったことにも感謝の念を捧げます。

物的身体に宿る者であろうと霊の界層に生を営む者であろうと、あなたとあなたの子等のために進んで我が身を役立たせんとして励む者に対する感謝の気持を、わたしたちは御前に捧げるものです。

又あなたの神性を生活の中で体現している人たち、また彼らの理想とするところ、彼らの気高さ、彼らの犠牲的献身が、彼らより低き進化の階梯にある者への霊的感化となっている人たちへの感謝の気持を御前に捧げます。

人類の歴史のあらゆる時代において子等に明かされた、あなたご自身ならびにあなたの無窮の目的についての啓示に対しても、わたしたちは御前に深甚なる感謝を捧げます。そのために捧げられた殉教と英雄的行為のすべて、先駆者ならびに改革者のすべて、同時代の同胞を高揚せんとして腐心した人たちのすべてに対する感謝の気持を御前に捧げます。

あなたからのインスピレーションを啓示し人類に霊的摂理を理解せしめんと努力した人たち、又、同じ地上に身を置くがゆえにこそ同胞に恩恵をもたらすことができた人たちのすべてに対する感謝の気持を御前に捧げます。

物的世界と霊の世界との通路となっている人々――たとえその多くは無意識であっても――永遠の生命の大目的についての理解を深めさせる上で力となっている人々のすべてに対する感謝の心を御前に捧げます。

あるいは教会、あるいは寺院と、その場所を異にし、さらには宗教と名のつくものを標榜することなく、ただひたすら己の内部の最高のものを発揮せんとしてあなたを求めている謙虚にして潔き人たちへの感謝を御前に捧げます。

ああ、真白き大霊よ。

地上の愛する者たち――あなたの子等に知識と真理とを授け自らを霊的束縛から解放する方法を教えようとするわたしたちの仕事の忠実なる助力者たち――その人たちのために尽力することによってあなたに奉仕するこの機会をお与えくださったことに、わたしたちは感謝の意を捧げるものです。

願わくばこの交霊会ならびに他の交霊の場において行われることが人類により多くの知識を与え、それが友好と親善と平和の中での暮らしを生み、その暮らしの中で永遠の大霊たるあなたの無限の愛を発揮するようになる日の到来を一日でも早めることになりますように。

ここに、あなたの僕インディアンの祈りを捧げます。そしてこの祈りが一日も早く現実のものとならんことを。