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15章 交霊会についての誤解

〔交霊会を催しても何一つ現象が起きないことがある。すると出席者は時間を無駄に費やしたと不満に思うものであるが、シルバーバーチはそれが誤解であることを指摘して、次のように述べる――

交霊会のような場で霊的な一体化を求めて過ごす時間が無駄に終わることは決してありません。何か現象が起きないかと、今か今かと辛抱強く座っておられる時の気持はよく分かりますが、そんな時でもこちら側ではいろいろと工作をしている――つまりホームサークルとしては着々と進展していることを知っていただきたいのです。霊団との絆が強化され、出席者の霊的感受性が鋭くなっております。

目に見える現象が交霊会の目安となるわけではありません。出席者の内的な反応の鋭敏性、つまり霊性の開発と、それを活用する霊団との間の一体性がどこまで深まるかが大切なのです。

ですから、どういう現象が見られたとか、どんな音が聞こえたということは、大して重要ではありません。もっと大切なのは、サークルのメンバーの霊性の開発です。というのも、例えばあなた方は週に一回この部屋で着席しておられるわけですが、それは、より高度なバイブレーションに波長を合わせ、太古からの不変の霊的叡智に触れておられるのですから、魂の開眼を促さないはずがありません。

その叡智すなわち宇宙の霊的摂理は地上という物質界に届けられるべく、常に用意されているのです。ですが、それが実際に地上に届けられるためには、霊媒を含めたこのサークルのメンバーのような通路の存在が必要なのです。

あなた方の魂が開発されてより高度なバイブレーションに反応するようになれば、それだけ高度で強力なエネルギーに触れることになります。そのエネルギーは目にも見えず耳にも聞こえませんが、永遠の霊的実在の一部です。実はそれこそが生命の実在なのですが、人間の大半が朝から晩まで影を追い求め、幻影を捕らえようとし、その場かぎりの満足を得ようとしております。

その点あなた方は、こうして一つの目的をもってこの部屋に集い、静寂と調和と愛の中で魂が一時も休むことなく開発されております。その速度は遅々としておりますが、着々として確実です。内部に宿る大霊が開発され、進化し、その分だけ神性を表現することが可能になってまいります。ナザレのイエスがその昔こう言いました――二人ないし三人の者が集う所には大霊が賜を授けてくださる、と。私たちも同じことを述べているのですが、耳を貸しません。

真理が変わることはありません。変わるのは人間の心です。認識力に裏打ちされた真理は不変です。認識力は大霊から出るものだからです。大霊こそ全てのインスピレーションの中心であり始源です。難しく考えることはありません。始源は一つです。簡単なのです。が、地上界では真理を難しい物としてしまっております。

このサークルの方たちとはすでに何度もお会いしておりますので、私たち霊団との絆が強化されております。その霊団の中には皆さんの知らない人、名前を聞かされても分からない人が大勢いますが、いずれもお役に立ちたいという一心で来ている人たちで、名前を知って貰いたいとも感謝されたいとも思っていません。

そのスピリットたちがこの場を訪れるのは、地上界へ霊的知識を届け、真理の普及を促進し、間違ったことを改め、不幸と迷信を駆逐し、光明を広げ、痛みと苦しみに変わって幸せと平和と福祉をもたらす上で都合の良い手段(霊媒と出席者)があるからです。

その仕事を推進する上で皆さんは大いに役立っているのです。万一何の役にも立っていないように思えた時は、どうか次のことを思い出してください。即ち、大霊への畏敬の念を胸に皆さんがこの部屋に来て、私たちと一時間そこらを共に過ごすということそのことが、ここに霊的神殿をこしらえる上で大きな力になっているということです。

この交霊会に出席しておられる間の時間は、一時として無駄に終わることはありません。調和の心で集う時に蓄積されるエネルギーが大いなる架け橋を築く上で役に立つのです。その架け橋を通って新しい光、新しい力、新しい希望を地上界へ届けんとする霊が大挙して降りて来ます。そのことを忘れないでいただきたいものです。時には冗談を言って笑いの渦を巻き起こしていても、その背後には大きな目的が控えているのです。

その目的とは、大霊の摂理が皆さんの一人一人を通して地上界で正しく機能するようにすることです。皆さんはその目的のために今日まで献身してこられたのです。大霊の摂理を受け入れる用意が大きくなるほど、それだけ多くの霊的エネルギーが地上界へもたらされるのです。

質疑応答

――交霊会で笑いの渦が巻き起こるということは良いことでしょうか。

心が楽しければ楽しいほど、それだけ大霊の心に近いということを意味します。あなた方一人一人が大霊であり、従って物質界のいかなることも、取り返しのつかないほどの影響を及ぼすことはできません。このことを私はこれまでどれほど口を酸っぱくして言ってきたことでしょう。この世的なことに煩わされている限り、その真意は分かっていただけないかもしれません。

この世的なことを無視しなさいと言っているのではありません。この世に生を営んでいる以上それは不可能です。それに、社会の一員としての義務もあります。私が言っているのは、あなた方には大霊が宿っていること、そしてそれを自覚し発現すれば、あらゆる物的なものに超然としていられるということです。

それは、今も言った通り「自覚し発現すれば」あらゆる邪悪に抵抗し、あらゆる病気を克服し、あらゆる障害に立ち向かう力となるのです。しかし、現実にはそれを活用している人間はほとんどいません。イエスは二千年も前に「神の王国は人間の中にある」と明言しているのですが……

――最高の霊現象でも世間では騒がれず理解もされないことがありませんか。

私は「高い」とか「低い」とかの概念で霊現象を評価しません。役に立つか立たないかの観点から見ます。霊的能力は一人でも多くの人に役立たせるために開発すべきもので、その意味で、能力に自信がついたら(少人数のサークルのものにしないで)一人でも多くの人のために活用すべきです。

もっとも、人によっては少人数に限定した方が良いこともあります。サークル以外の大勢の人の注目の的になることに耐え切れない人がいます。が、霊媒現象のそもそもの目的は、霊界から地上界ヘメッセージを届けることですから、多ければ多いだけ、それだけ能力を役立てたことになります。

私は「世間を騒がす」ということにはまったく関心はありません。私の関心事は役に立つこと、即ち人生に疲れた人には生きる力を与え、信仰を失った人には希望を与え、身も心も苦しみに苛(さいな)まれている人には慰めを与えてあげることです。

――自動書記が霊的現象の中でもいちばん信頼性が乏しいようですが、なぜでしょうか。

それはその霊媒の能力の問題です。未熟であれば、地上の人間の想念と霊界から送られてくるメッセージとの区別がつきません。発達程度の問題で、ある一定のレベル以上に発達すれば地上界の想念を払いのけ、霊界からのメッセージを受け取りやすくなります。霊媒が未熟なのに、それを霊側の責任にしてはいけません。私たちの側としては、そちらから提供してくれる道具で仕事をするしかないのです。

――幽界から霊界へと向上していった霊が地上と交信する時は、幽界まで降りて来なければならないのでしょうか。

いえ、いえ、そんなことはありません。メッセージを届けてくれる仲間に依頼します。そうした霊はいつでもそのための道具(霊界の霊媒)を調達できるのですが、条件として、幽界つまり地上界のすぐ次の世界を卒業しているだけでなく、そのレベルを遙かに超えていなければなりません。地上界に近い界層の者だけが地上界と通信できるわけではありません。それより上の界層からでも、地上の霊媒がそのバイブレーションを受け取るだけの感度があれば、通信を送ることが出来ます。

――われわれ人間の知識の範囲は受け入れる能力によって決まるそうですが、そうなると霊的な知識の理解力に欠ける人間は、霊媒を通して証拠を求めるのが賢明ということになるのでしょうか。

証拠と魂の成長とは何の関係もありません。真理を受け入れる能力というのは、具体的に言えば、霊界のどの界層まで至ることが可能かということです。魂がどの程度まで進化しているかということです。それを証拠の追求と混同してはいけません。両者は必ずしも二人三脚とはまいりません。生命が死後にも存続することの証拠を手にしていながら、魂そのものは霊性に目覚めていない人がいるものです。