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7章 光の存在を知るのは闇があるからです

映画女優のマール・オベロンには婚約者(フィアンセ)がいた。そのフィアンセを空港で見送った数秒後に、オベロンの人生に悲劇が訪れた。フィアンセを乗せた飛行機が爆発炎上したのである。事故の知らせを聞いて、当然のことながらオベロンは芒然自失の状態に陥った。

その後間もなく、ふとしたきっかけからハンネン・スワッファーのMy Greatest Story(私の人生最大の物語)という本を手に入れ、その中に引用されているシルバーバーチの霊言を読んで心を動かされた。たった一節の言葉に不思議な感動を覚えたのだった。

オベロンはさっそくスワッファーを訪ねて、できればシルバーバーチという霊のお話を直接聞きたいのですが、とお願いした。その要請をスワッファーから聞いたシルバーバーチは快く承諾した。そして、事故からまだ幾日も経たないうちに、交霊会に出席するチャンスを得た。

その後、さらに幾人かの霊媒も訪ねてフィアンセの存在を確信したオベロンは、その霊的知識のおかげで悲しみのドン底から脱け出ることができた。

では、最初にシルバーバーチの交霊会に出席した時の様子を紹介しよう。当日、スワッファーが交霊会の部屋(バーバネルの書斎)へオベロンを案内し、まずシルバーバーチにこう紹介した。

「ご承知のとおり、この方は大変な悲劇を体験なさったばかりです。非凡な忍耐力をもって耐えていらっしゃいますが、本日はあなたのご指導を仰ぎに来られました」

するとシルバーバーチがオベロンに向かって――

「あなたは本当に勇気のある方ですね。でも、勇気だけではダメです。知識が大きな力になってくれることがあります。ぜひ理解していただきたいのは、大切な知識、大きな悟りというものは、悲しみと苦しみという魂の試練を通してはじめて得られるものだということです。人生というものは、この世だけでなく、あなた方が“あの世”と呼んでおられる世界においても、一側面のみ、一色のみでは成り立たないということです。光と影の両面がなくてはならないのです。

光の存在を知るのは闇があるからです。暗闇がなければ光もありません。光ばかりでは光でなくなり、闇ばかりでは闇でなくなります。同じように、困難と悲しみを通してはじめて、魂が自我に目覚めていくのです。もちろん、それは容易なことではありません。とても辛いことです。でも、それが霊としての永遠の身支度をすることになるのです。なぜなら、地上生活のそもそもの目的が、地上を去ったあとに待ちうける次の段階の生活にそなえて、それに必要な霊的成長と才能とを身につけていくことだからです。

これまでにたどられた道も、決してラクではありませんでした。山あり、谷あり、そして、結婚という最高の幸せを目前にしながら、それが無慈悲にも一気に押し流されてしまいました。

あなたは何事も得心がいくまでは承知しないかたです。生命と愛は果たして死後にも続くものなのか、それとも死をもってすべてが終わりとなるか、それを一点の疑問の余地もないまで得心しないと気が済まないでしょう。そして今、あなたは死がすべての終わりでないことを証明するのに十分なものを手にされました。

ですが、わたしが察するところ、あなたはまだ本当の得心を与えてくれる事実のすべてを手にしたとは思っていらっしゃらない。そうでしょ?」

オベロン「おっしゃる通りです」

「こういうふうに理解なさることです――これがわたしにできる最大のアドバイスです――われわれ生あるものは、すべて、まず第一に霊的存在であるということです。霊であるからこそ生きているのです。霊こそ存在の根元なのです。生きとし生けるものが呼吸し、動き、意識を働かせるのは、霊であるからこそなのです。その霊があなた方のいう神であり、わたしたちのいう大霊なのです。その霊の一部、つまり大霊の一部が物質に宿って、次の段階の生活にふさわしい力を身につけるために地上体験を積みます。それはちょうど、子供が学校へ通って、卒業後の人生にそなえるのと同じです。

さて、あなたも、他のすべての人間と同じく、一個の霊的存在です。物的なものはそのうち色あせて朽ち果てますが、霊的なものは永遠であり、いつまでも残り続けます。物質の上に築かれたものは永続きしません。物質は殻であり、入れ物にすぎず、実体ではないからです。地上の人間の大半が幻影(まぼろし)を崇拝しております。キツネ火を追いかけているようなものです。真実のものを発見できずにいます。こうでもない、ああでもないの連続です。本来の自分を見出せずにいます。

大霊が愛と慈悲の心からこしらえた宇宙の目的・計画・機構の中の一時的な存在として人生をとらえ、自分もその中での不可欠の一部であるとの理解がいけば、たとえ身にふりかかる体験の一つ一つの意義はわからなくても、究極においては全てが永遠の機構の中に組み込まれているのだ、という確信は得られます。

霊にかかわるものは決して失われません。死は消滅ではありません。霊が別の世界へ解き放たれるための手段にすぎません。誕生が地上生活へ入るための手段であれば、死は地上生活から出るための手段ということができます。あなたはその肉体ではありません。その頭でも、目でも、鼻でも、手足でも、筋肉でもありません。つまり、その生物的集合体ではないということです。

それはあなた自身ではありません。あなたという別個の霊的存在が、地上で自我を表現していくための器官にすぎません。それが地上から消滅したあとも、あなたという霊は存在し続けます。

死が訪れると、霊はそれまでに身につけたものすべて――あなたを他と異なる存在であらしめている個性的所有物のすべて――をたずさえて、霊界へまいります。意識・能力・特質・習性・性癖、さらには愛する力、愛情と友情と同胞精神を発揮する力、こうしたものはすべて霊的属性であり、霊的であるからこそ存続するのです。

真にあなたのものは失われないのです。真にあなたの属性となっているものは失われないのです。そのことをあなたが理解できるできないにかかわらず、そしてまた確かにその真相のすべてを理解することは容易ではありませんが、あなたが愛する人、そしてあなたを愛する人は、今なお生き続けております。得心がいかれましたか?」

オベロン「はい」

「物的なものはすべてお忘れになることです。実在ではないからです。実在は物的なものの中には存在しないのです」

オベロン「私のフィアンセは今ここへ来ておりますでしょうか」

「来ておられます。実は先週も来られて、霊媒を通じてあなたに話しかける練習をなさったのです(※)。しかし、これはそう簡単にいくものではないのです。ちゃんと話せるようになるには、大変な訓練がいるのです。でも、あきらめずに続けて出席なさっておれば、そのうち話せるようになるでしょう。ご想像がつくと思いますが、彼は今のところ、非常に感情的になっておられます。まさかと思った最期でしたから、感情的になるなという方が無理です。とても無理な話です」

――オベロンがスワッファーに出席の申し込みをした時点から霊団側はフィアンセと連絡を取っていたことが、これでわかる。交霊会は毎週金曜日の夜に行われた。

オベロン「今どうしているのでしょう? どういうところにいるのでしょうか。元気なのでしょうか」

この質問に、シルバーバーチは司会のスワッファーの方を向いて、しみじみとした口調で(※)

「このたびの事故は、そちらとこちらの二人の人間にとって、よほどのショックだったようですな。まだ今のところ調整ができておりません。あれだけの事故であれば、無理もないでしょうね」と述べてから、改めてオベロンに向かって――

「わたしとしては、若いフィアンセが、あなたの身近にいらっしゃることをお教えすることが、精一杯あなたの力になってあげることです。彼は今のところ何もできずにおります。ただお側に立っておられるだけです。これから交信の要領を勉強しなくてはなりません。霊媒を通じてだけではありません。ふだんの生活において、考えや欲求や望みをあなたに伝えることもそうです。それは大変な技術を要することです。それができるまでは、ずっとお側に付き添っているだけでしょう。

あなたの方でも、心を平静に保つ努力をしなくてはいけません。それができるようになれば、彼があなたに与えたいと望み、そしてあなたが彼から得たいと望まれる援助や指導が、確かに届いていることを得心なさることでしょう。

よく知っておいていただきたいのは、そうした交信を伝えるバイブレーションはきわめて微妙なもので、感情によってすぐ乱されるということです。不安・ショック・悲しみといった念を出すと、たちまちあなたの周囲に重々しい雰囲気、交信の妨げとなる壁をこしらえます。

心の静寂を保てるようになれば、平静な雰囲気を発散することができるようになれば、内的な安らぎを得るようになれば、それが、わたしたちの世界から必要なものを受けるための最高の条件を用意したことになります。感情が錯乱している状態では、わたしたちも何の手出しもできません。受容性、受け身の姿勢、これが、わたしたちが人間に近づくための必須の条件です」

このあと、フィアンセについて幾つかプライベートな内容の話が交わされてから、シルバーバーチがこう述べた。

「あなたにとって理解しがたいのは、多分、あなたのフィアンセが今はこちらの世界へ来られ、あなたはそちらの世界にいるのに、精神的にはわたしよりもあなたの方が身近な存在だということでしょう。おわかりになりますか。彼にとっては、霊的なことよりも地上のことの方が気がかりなのです。問題は、彼が霊的なことについて何も知らずにこちらへ来たということです。一度も意識にのぼったことがなかったのです。

でも、今では、こうした形であなたが会いに来てくれることで、彼も、あなたが想像する以上に助かっております。大半の人間が死を最期と考え、こちらへ来てからも記憶の幻影の中でのみ暮らして、実在を知りません。その点あなたのフィアンセは、こうして最愛のあなたに近づくチャンスを与えられ、あなたも、まわりに悲しみの情の壁をこしらえずにすんでおられる。そのことを彼はとても感謝しておられますよ」

オベロン「死ぬ時は苦しがったのでしょうか」

「いえ、何も感じておられません。不意の出来事だったからです。事故のことはお聞きになられたのでしょ?」

オベロン「はい」

「一瞬の閃光のうちに終わりました」

スワッファー「この方もそういうふうに聞かされております」

「そうでした。本当にあっという間の出来事でした。それだけに、長い休養期間が必要なのです」

オベロン「どれくらい掛かるのでしょうか」

「そういうご質問には、お答えするのがとても難しいのです。と申しますのは、わたしたちの世界では、地上のように時間で計るということをしないのです。でも、どのみち普通の死に方をした人よりは長く掛かります。急激な死に方をした人はみな、ショックを伴っているからです。いつまでも続くわけではありませんが、ショックはショックです。もともと霊は、肉体からそういう離れ方をすべきではないからです。そこで調整が必要となるのです」

さらにプライベートなメッセージを聞かされたあと――

オベロン「彼は今しあわせと言えるでしょうか。大丈夫でしょうか」

「しあわせとは申せません。彼にとって霊界は精神的に居心地がよくないからです。地上に戻って、あなたといっしょになりたいという気持の方が強いのです。それだけに、あなたの精神的援助が必要ですし、彼自身の方でも自覚が必要です。これは過渡的な状態であり、彼の場合は大丈夫です。霊的な危害(※)が及ぶ心配がありませんし、そのうち調整がなされることでしょう。

宇宙を創造なさった大霊は、愛に満ちた存在です。わたしたち一人一人に存在を与えてくださったその愛の力を信頼して、何事もなるべくしてそうなっているのだということを知らなくてはなりません。今は理解できないことも、そのうち明らかになる機会が訪れます。決して口先で適当なことを言っているのではありません。現実にそうだから、そう申し上げているのです。

あなたはまだ人生を物質の目でごらんになっていますが、永遠なるものは、地上の尺度では正しい価値は計れません。そのうち正しい視野をお持ちになることでしょうが、本当に大事なもの――生命・愛・本当の自分、こうしたものはいつまでも存在し続けます。死は生命に対しても、愛に対しても、まったく無力なのです」

――邪霊による妨害と誘惑のことで、愛の絆のある霊たちが出迎えてくれるのは、それを防ぐ意味もある。

別の日の交霊会で、英国のみならず海外でも活躍している古くからのスピリチュアリスト(氏名は公表されていない)が招待され、シルバーバーチは「霊的知識に早くから馴染まれ、その道をいちずに歩まれ、今や多くの啓示を授かる段階まで到達された人」として丁重にお迎えした。そしてこう語りかけた。

「思えば長い道のりでしたね。人生の節目が画期的な出来事によって織りなされております。しかし、それもすべて、一つの大きな計画のもとに、愛によって導かれていることに気づいていらっしゃいます。暗い影のように思えた出来事も、今から思えば計画の推進に不可欠の要素であったことをご存知です。あなたがご自分の責務を果たすことができたのも、あなた自身の霊の感じる衝動に暗黙のうちに従っておられたからです。

これより先も、その肉体を大地へお返しになるまでに課せられているあなたの仕事は、とても意義深いものです。これまで一つ一つ段階を追って多くの啓示に接してこられましたが、これから先も、さらに多くの啓示をお受けになられます。これまでは、その幾つかをおぼろげに垣間見てこられたのであり、光明のすべて、啓示のすべてが授けられたわけではありません。それを手にされるには、ゆっくりとした発達と霊的進化が必要です。わたしの言わんとしていることがおわかりでしょうか」

「よくわかります」

「これは一体どういう目的あってのことなのか――あなたはよくそう自問してこられましたね?」

「目的があることは感じ取れるのです。目的があること自体を疑ったことはありません。ただ、自分の歩んでいる道のほんの先だけでいいから、それを照らし出してくれる光が欲しいのです」

「あなたは“大人(おとな)の霊”です。地上へ来られたのはこの度が最初ではありません。それはわかっておられますか」

「そのことについては、ある種の自覚をもっております。ただ、今ここで触れるつもりはありませんが、それとは別の考えがあって、いつもそれとの葛藤が生じるのです」

「わたしにはその葛藤がよく理解できます。別に難しいことではありません。その肉体を通して働いている意識と、あなたの本来の自我である、より大きな意識との間の葛藤です。たわいないこの世的な雑念から離れて霊の力に満たされると、魂が本来の意識を取り戻して、日常の生活において五感の水際(みぎわ)に打ち寄せて、しきりに存在を認めてほしがっていた、より大きな自我との接触が得られます。

さきほどおっしゃった目的のことですが、実は霊の世界から地上圏へ引き返し、地上人類のために献身している霊の大軍を動かしている壮大な目的があるのです。無知の海に知識を投入すること、それが目的です。暗闇に迷う魂のために灯火(ともしび)をかかげ、道を見失った人々、悩める人々、安らぎを求めている人々に安息の港、聖なる逃避所の存在を教えてあげることです。

わたしたちを一つに団結させている大いなる目的です。宗教・民族・国家、その他ありとあらゆる相違を超越した大目的なのです。その目的の中にあって、あなたにもあなたなりの役目が担わされております。そして、これまで数多くの魂の力になってこられました」

「ご説明いただいて得心がいきました。お礼申し上げます」

「わたしたちがいつも直面させられる問題が二つあります。一つは、惰眠(だみん)をむさぼっている魂の目を覚まさせ、地上で為すべき仕事は地上で済ませるように指導すること。もう一つは、目覚めてくれたのはよいとして、まずは自分自身の修養から始めなければならないのに、それを忘れて心霊的な活動に夢中になる人間を抑制することです。大霊は決してお急ぎになりません。宇宙が消滅してしまうことは決してありません。摂理も決して変更になることはありません。じっくりと構え、これまでに啓示されたことは、これからも啓示されていくことがあるとの証明として受け止め、自分を導いてくれている愛の力は、自分が精一杯の努力を怠りさえしなければ、決して自分を見捨てることはないとの信念に燃えなくてはいけません」

この老スピリチュアリストは、今回の交霊に備えて三つの質問を用意していた。次にその問答を紹介しよう。

「私の信じるところによれば、人間は宇宙の創造主である全能の神の最高傑作であり、形態ならびに器官の組織は大宇宙のミクロ的表現であり、各個が完全な組織をそなえ、特殊な変異は生まれません。しかし一体、その各個の明確な個性、顔つきの違い、表情の違い、性向の違い、そのほか知性・身振り・声・態度・才能等の差異も含めた、一見して区別できる個性を決定づけている要素は何なのでしょうか」

「これは大変な問題ですね。まず、物質と霊、物質と精神とを混同なさらないでください。人間は、宇宙の自然法則にしたがって生きている三位一体の存在です。肉体は物的法則にしたがい、精神は精神的法則にしたがい、霊は霊的法則にしたがっており、この三者が互いに協調し合っております。こうして、法則の内側にも法則があることになり、時には矛盾しているかに思えても、その謎を解くカギさえ手にすれば、本質的には何の矛盾もないことがわかります。

法則のウラに法則があると同時に、一個の人間のさまざまな側面が交錯し融合し合って、つねに精神的・霊的・物的の三種のエネルギーの相互作用が営まれているのです。そこでは三者の明確な区別はなくなっております。肉体は遺伝的な生理法則にしたがっており、精神は霊の表現ではあっても、肉体の脳と五官によって規制されております。つまり霊の物質界での表現は、それを表現する媒体である肉体によって制約を受けるということです。かくして、そこに無数の変化と組み合わせが生じます。霊は肉体に影響を及ぼし、肉体もまた霊に影響を及ぼすからです。これでおわかりいただけましたでしょうか」

「だいぶわかってまいりました。これからの勉強に大いに役立つことと思います。では次の質問に移させていただきます。人間はその始源――全生命の根源から生まれてくるのですが、その根源からどういう段階をへてこの最低次元の物質界へ下降し、物的身体から分離したあと(死後)、こんどはどういう段階をへて向上し、最後に“無限なる存在”と再融合するのか、その辺のところをお教えいただけませんか」

「これもまた大きな問題ですね。でも、これは説明が困難です。霊的生命の究極の問題を、物的問題の理解のための言語で説明することは、とてもできません。霊的生命の無辺性を完全に説き明かす言語は存在しません。ただ端的に、人間は霊である、ただし大霊は人間ではない、という表現しかできません。

大霊とは、全存在の究極の始源です。万物の大原因であり、大建築家であり、王の中の王です。霊とは生命であり、生命とは霊です。霊として、人間は始まりも終わりもなく存在しています。それが個体としての存在を得るのは、地上にかぎって言えば、母胎に宿った時です。物的身体は霊に個体としての存在を与えるための道具であり、地上生活の目的はその個性を発揮させることにあります。

霊界への誕生である死は、その個性をもつ霊が巡礼の旅の第二の段階を迎えるための門出です。つまり霊の内部に宿されている全資質を発達、促進、開発させ、完成させ、全存在の始源によりいっそう近づくということです。人間は霊である以上、潜在的には大霊と同じく完全です。しかし、わたしは、人間が最後に大霊の生命の中に吸収されてしまうという意味での“再融合”の時期がくるとは考えません。大霊が無限であるごとく、生命の旅も発達と完全へ向けての無限の過程であると主張します」

「よくわかります。お礼申し上げます。次に三つ目の質問ですが、今おっしゃられたことである程度まで説明されておりますが、人間は個霊として機械的に無限に再生をくり返す宿命にあるというのは事実でしょうか。もし事実でないとすれば、最低界である地上へ降りてくるまでに体験した地球以外における複数の前世で蓄積した個性や特質が、こんどは死後、向上進化していく過程を促進もし、渋滞もさせる、ということになるのでしょうか。私の言わんとすることがおわかりでしょうか」

「こうした存在の深奥にふれる問題を、わずかな言葉でお答えするのは容易なことではありませんが、まず、正直に申して、その輪廻転生論者がどういうことを主張しているのか、わたしは知りません。が、わたし個人として言わせていただけば――絶対性を主張する資格がないからこういう言い方をするのですが――再生というものが事実であることは、わたしも認めます。そのことに反論する人と議論するつもりはありません。理屈ではなく、わたしは現実に再生して戻ってきた人を大ぜい知っているのです。どうしても再生しなければならない目的があってそうするのです。地上にあずけてきた質(しち)を取り戻しに行くのです。

ただし、再生するのは同じ個体の別の側面です。同じ人物とは申しておりません。一個の人間は氷山のようなものだと思ってください。海面上に顔を出しているのは、全体のほんの一部です。大部分は海中にあります。地上で意識的生活を送っているのは、その海面上の部分だけです。死後もう一度生まれてくる時は、別の部分が海面上に顔を出します。潜在的自我の別の側面です。二人の人物となるわけですが、実際は一つの個体の二つの側面ということです。

霊界で進化を続けていくうちに、潜在的自我が、常時、発揮されるようになります。再生問題を物質の目で理解しようとしたり、判断したりしようとなさってはいけません。霊的知識の理解から生まれる叡智の目で洞察してください。そうすれば得心がいきます」

祈り

自然法則の一大パノラマの中に……

ああ大霊よ。無限なる設計者、王の中の王、全大宇宙機構を考案し、叡智によってそれを維持し、愛によってそれを動かしている、崇高なる知性にあらせられるあなた――そのあなたに、わたしたちは少しでも近づき、その無限なる叡智の宝庫から、永遠に続く求道(ぐどう)の旅に必要なものを摂取したいと願っているところでございます。

あなたは無限なる存在であり、あなたについてのわたしたちの認識は必然的に限りあるものとならざるを得ません。したがって、あなたの全体像を理解することは不可能なのでございます。

わたしたちは、果てしなき規模で顕現している宇宙の全生命を経綸する、自然法則の一大パノラマの中にあなたを見出しております。あなたは一部の人間が考えているがごとき、嫉妬心に燃える我儘(わがまま)な暴君ではございません。誰一人として特別に寵愛(ちょうあい)することもなければ、誰一人として特別に呪(のろ)うこともない、無限の知性にあらせられるのでございます。

あなたはその経綸のために絶対的原理を設けられました。原因に対しては必ずそれ相当の結果が自動的に、そして途切れることなく発生するように定められたのでございます。あなたに近づく者、あなたの意志を調和し、あなたの御心を表現する者は、その実りを、静寂と確信とにあふれた生活、輝きと豊かさに満ちた生活の中に刈り取ることになるのでございます。

不幸にしてあなたを見出し得ない者は、暗黒と無知の霧の中に迷い込み、行き先を見えなくする影にいつも取り囲まれていることになるのでございます。

人類の霊的救済に立ちあがったわたしたちにとって、そうした不幸な人々、困窮者、喪の悲しみに暮れている人々、病に苦しむ人々、重荷に耐えかねている人々、道を見失って、いずこへ向かうべきかが分からずにいる人々に手を差しのべることこそ任務と心得ております。進むべき道を照らし出す灯台としての真理を見出させてあげることが、わたしどもの願望なのでございます。

われわれの送り届けようとする霊力が、今、霊的真理と叡智の豊かさを受け入れる用意のある者に広めたいと願う地上の多くの同志を通して、ますます力強く顕現されていることに感謝の意を表したいと思います。

かくして人類は、徐々にではあっても確実に、混沌と利己主義とどん欲と戦争に背を向ける方向へと突き進むことになりましょう。そして霊力がますます人々の生活の中に顕現していくにつれて、平和の勢力がますます勢いを増し、やがて地上天国も現実のものとなることでございましょう。

その目標へ向けてわたしどもは祈り、そして努力するものです。