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6章 破壊の法則

必要な破壊と不当な破壊

――破壊も自然法則の一つでしょうか。

「形あるものは別の存在物の材料となって生まれ変わるために破壊される必要があります。破壊とは変化のことにほかなりません。その目的は生き物の新生と改良です」

――すると生き物には神の配剤として破壊の本能が植えつけられているのでしょうか。

「神の創造物は、神が意図しておられる目的を達成するための道具です。生き物は互いが互いの食糧となるために破壊し合います。それは生産と消費の均衡を保つためであり――生産ばかりでは過剰となります――また外衣としての物質の再利用のためでもあります。あくまでも外衣であり、考える力をもった存在の本質部分、すなわち知的要素は破壊されません。外衣がさまざまな変態を経ていくうちに、その知的要素が鍛練されてまいります」

――新生のための破壊が必要であるならば、なぜ自己保存の本能を授けてあるのでしょうか。

「破壊作用が適切な時期より早すぎることがないようにという配慮からです。破壊の時期が早すぎると知的要素の発達が阻害されます。神が各存在に生き延びようとする力と再生しようとする力とを授けた理由はそこにあります」

――破壊の法則は地球人類には常に必要なのでしょうか。

「物質に対する霊性の優位が高まるにつれて破壊の必要性も減少します。その必然の結果として、知的ならびに精神的発達に破壊の恐怖が伴う理由がお分かりでしょう」

――破壊が必要性と安全性の限度を超えているケースがあります。例えばスポーツとしての狩猟(ハンチング)などは意味がありませんし、殺すことの楽しさ以外の動機は考えられません。どういう見方をすべきでしょうか。

「狩猟は霊性に対する獣性の優位以外の何ものでもありません。生きる上での必要性の限度を超えた破壊は全て神の摂理に違反します。肉食動物でも空腹を満たす以上のことはしません。それと較べて人間は自由意志を持っているために不必要な破壊行為をします。自由意志の乱用は、いずれ神から釈明せよとのお達しがあるでしょう。本来なら抑制すべき本能に負けたのですから」

自然災害による破壊

――神は何の目的で自然災害という破壊をもたらすのでしょうか。

「人間の進化に拍車をかけるためです。精神的新生のためには破壊も必要です。新しく再生する毎に霊的浄化において新しい一歩を踏み出すのです。何事につけ、その過程を正しく理解するためには、結果を見届けなくてはいけません。人間はとかく我が身に置き代えて判断するために、苦しいことはみな災害と考えがちですが、新たな秩序をもたらすためには思い切った混乱を必要とする時があるのです。それまでの平穏無事の惰性では何世紀も要するような改革が二、三年で成就されることがあります」

――神はそういう破壊の手段以外に何か別の手段を取ることが出来ないのでしょうか。

「取っておられます。日常生活の中での善悪の判断を通じて進化を促すという方法です。ところがこの方法では人間はなかなか向上しません。そこでその高慢の鼻をへし折り、人間の弱さを思い知らせる必要が生じるのです」

――ですが、そうした災害による犠牲は、邪悪な人間だけでなく善良な人間も悲嘆に暮れさせるだけではないでしょうか。

「人間は、地上を旅する間の出来事は、どうしてもその肉体の生存期間を尺度として捉えます。ところが死んで霊界に戻ってくると観点が大きく変わり、地上時代の出来事が実に些細なことであることに気づきます。地上の一世紀は永遠の時の中では一瞬の花火のようなものに思えます。そして、地上の時間にして何日、何か月、何年にもわたる苦しみもどうということはないように思えてくるものです。

どうかこの点を今後のあなた方の生き方の参考にしていただきたい。霊こそ実在であり、全てのものに優先し、全てのものが消滅したあとも残り続けます。その霊の在り方こそ神が何よりも気遣うものであり、肉体は地上を生き抜くための仮の媒体にすぎません。

多くの尊い人命を奪う大災害におけるそうした犠牲者たちは、戦闘後の兵士のようなものです。軍服はボロボロに破れ、あるいは千切れ、あるいは無くなっているかも知れません。が、生命(いのち)は失っていない。その姿を見て将校は軍服のことよりも生命があったことを喜ぶものです。軍服が肉体であり生命が魂です」

戦争・殺人・残虐行為

――人間を戦争に駆り立てるものは何でしょうか。

「獣性が霊性を凌駕すること、そしてその動物的激情を満足させたいという欲求です。霊性が野蛮な状態では弱肉強食の原理しか通用しません。従って闘うということが通常の状態となるのです。霊性が発達するとともに争いを引き起こす原因が少なくなります。それだけ闘争が少なくなり、仮に闘争が避けられないことがあっても、その闘争の中にも人道的行為が見られるようになります」

――地球上から戦争が無くなる日が来るでしょうか。

「来ます。正義というものを理解し、神の摂理を実践すれば、戦争は無くなります。その時は人類がみな兄弟であるとの理解が行きわたるからです」

――神は何のために戦争を必要と認めたのでしょうか。

「自由と進歩のためです」

――戦争によって自由がもたらされるというのであれば、敗戦国が往々にして隷属させられる結果となるのはなぜでしょうか。

「隷属といっても一時的なことです。それを神が許すのは隷属の状態にうんざりさせて、自由へ向けての急速な進歩を促すためです」

――殺人はいかなるケースでも極悪な罪でしょうか。

「神は常に公正であると申し上げたつもりです。何事につけ、行為そのものよりも、その行為に出る動機ないし意図を審判なさいます」

――正当防衛であれば許されますか。

「絶対的な必要性があった場合にのみ許されます。攻撃を仕掛けられて、我が身を守るために相手の生命を奪うのは、やむを得ないことです」

――戦争における殺人行為にも責任を負わされるのでしょうか。

「命令によって戦わされている以上は責任は問われません。が、戦争によく見られる残虐行為には責任が問われ、人道的行為にはそれなりの報いがあります」

――残虐行為に駆り立てる心情は破壊的本能と関係があるのでしょうか。

「破壊的本能の中でも最も悪質なものです。破壊が必要になることはありますが、残虐行為が必要になることは絶対にありません。邪悪な心情が生み出す結果です」

死刑制度

――人間界の法律から死刑制度が消える日が来るでしょうか。

「いずれ消えることは間違いありません。それが成就されれば人類にとっての大きな進歩を画することになります。霊性が啓発されるにつれて、地球上の全土から死刑制度が無くなります。人間が人間を裁く必要が無くなるからです。もっとも、ずっと先の話ですが……

――死刑制度が文明国から消えるということは、文明が開けない時代には必要悪だったということでしょうか。

「必要悪という用語は適切ではありません。人間は他に良い方法が見つからないとすぐに必要悪だと決めつけます。霊性が開発されるにつれて正しいことと正しくないこととの分別が明確になってきます。そして無知な時代に正義の名のもとに行った誤った慣習をやめます」