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3章 仕事の法則

仕事の必要性

――仕事の必要性も自然法則でしょうか。

「自然法則の一つです。そのことは、仕事は自然の成り行きでどうしてもせざるを得ないこと、そして文明が進むほど必需品と娯楽が増え、それだけ仕事の量も増えるという事実からも立証されます」

――“仕事”という用語は物的性格の労働と理解してよろしいでしょうか。

「それは違います。霊も仕事をしています。役に立つことは、いかなる性格のものでも仕事と言えます」

――なぜ人類に仕事が課せられているのでしょうか。

「物的生活の必然の結果です。罪滅ぼしの要素もありますが、同時に知性を発達させるための手段でもあります。もしも働くということが無かったら、人類は幼稚な知性のままでしょう。そこで食べるものを獲得し、安全を保ち、健康を維持するために働き活動をするようになっているのです。力の要る労働のできない虚弱な人には、それを補うだけの知性が授けられています。知性の活動も仕事です」

――地球よりも高度に発達した天体でも同様の仕事の必要性があるのでしょうか。

「仕事がどういう性格のものであるかは、その天体の必要性と関連してきます。物質性が少なければ仕事も物質性が少なくなります。だからといって活動がなくなり、何もしなくなるわけではありません。することが無いということは有り難いどころか、苦痛です」

――働こうにも働けない人がいるのではないでしょうか。そういう人の人生はまったく無駄なのでしょうか。

「神は常に公正です。神が罰するのは意図的に無為の人生を送る者だけです。それは他人の世話になるだけの一生に終わるからです。各自がその才能に応じて意義ある存在となるように神は配剤しておられます」

仕事の限度と休息

――仕事の後には休息が必要であるからには休息も自然の法則の一つではないでしょうか。

「もちろんそうです。休息によって体力が回復し、同時に身体が休むということは精神が自由になることであり、物的束縛から一時的に解放されます」

――仕事の限度は何が目安でしょうか。

「体力の限界です。ですが、神はその点については人間に自由を与えています」

――雇い人のような弱者に権力者が過激な労働を科するのは罪でしょうか。

「重大な罪の一つです。権力を振り回す者は、理不尽な程度に及ぶ時は、それに対する責任を取らされます。神の摂理を侵犯しているからです」

――仕事をしなければ生きて行けないのに、老齢で働けない場合はどうすればよいのでしょうか。

「元気な者が弱った人のために働くべきです。家族の援助が得られない場合は社会が面倒を見るべきです。それが慈悲の法則です」