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2章 宇宙を構成する一般的要素

物質の根源的要素

――人類は物質の根源的要素についていつかは認識することになっているのでしょうか。

「いえ、地上には人間に理解できないものがあります」

――現在のところ人間には秘密にされていることも、いずれは理解できるようになるのでしょうか。

「魂が純化される度合いに応じてベールが取り払われて行きます。が、ある一定レベル以上のものを理解するには、これまでに開発されていない能力が必要となります」

――人間は科学的探求によって大自然の秘密をあばいて行けるでしょうか。

「科学的研究の才覚は人類の各方面における進歩のための手段として授けられたものです。しかし、現段階における才覚の限界を超えることはできません」

――そうした限界を超えた問題、つまり五感の範疇を超えているがゆえに通常の科学的研究の領域に属さない問題に関して、高級霊界からの通信を受けることは許されるでしょうか。

「許されます。それが有用であるとの判断が下されれば、神は科学では無力とみた範囲のことについて啓発を授けられます」

霊と物質

――物質は神と同じく永遠の過去から存在しているのでしょうか、それとも、ある特定の時期に創造されたのでしょうか。

「神のみぞ知る、と申し上げておきましょう。ただ、一つのヒントとして、人間の理性でも十分に推理できることを申し上げれば、無始無終の存在である神が一瞬たりともその活動を止めたことはないということです。その活動の始まりを限りなく遠い遠い過去まで溯っていっても、神が一瞬たりとも無活動の状態になった時期があったことを想像することはできません」

――物質とは一般に“広がりがあり”“五感に印象を与え”“貫通できないもの”と定義されておりますが、これで正しいでしょうか。

「人間の観点からすれば正しいと言えます。知り得たものを基準に定義するしかないからです。しかし、物質は人間がまだ知らずにいる状態でも存在できます。例えば人間の感覚で捉えられないほど霊妙な状態で存在し、それでいて物質の範疇に属します。もっとも人間にはそうは思えないでしょうけれど……

――では、そちら側からはどう定義されますか。

「物質とは霊をつなぎ止めるもので、同時に霊に仕える道具であり、霊の働きかけによって活動するものである、と」

――霊とは何でしょうか。

「宇宙の知的根源素です」

――その究極の本性は何でしょうか。

「霊の本性を人間の言語で説明することは不可能です。人間の感覚には反応しませんから“もの”とは言えないでしょう。しかし我々にとっては“もの”です」

――霊は知性と同義ですか。

「知性は霊の本質的属性の一つです。が、両者は一つの根源素として融合していますから、人間にとっては同一物と言ってよいでしょう」

――霊は物質とは別個の存在でしょうか、それとも、ちょうど色彩が光の特性の一つであり音が空気の特性であるように、物質の特性の一つにすぎないのでしょうか。

「霊と物質とは全く別個の存在です。しかも、物質に知的活動を賦与するためには霊と物質との合体が必要です」

――その合体は霊自体の表現にとって必要なのでしょうか。

「人間にとっては必要です。なぜなら、人間は物質と離れた状態で感識するような有機的構造にはなっていないからです。現段階での人類は物質から独立した次元での感覚をそなえていません」

――物質のない霊、霊のない物質というものが考えられるわけでしょうか。

「もちろんです。ただし観念上のことですが……

――すると宇宙には霊と物質の二つの要素が存在することになるのでしょうか。

「その通りです。そしてその両者の上に神すなわち万物の生みの親である創造主が君臨しています。この三つの要素が生きとし生けるもの全ての原理、言わば普遍的三位一体というわけです。

しかし、物質には霊との接着剤的媒介の役目をしている普遍的流動体が付属しています。物質と霊との質的差異が大きすぎるために、霊が物質に働きかけるための中間的媒介物が必要なのです。その観点から見るかぎり流動体は物的要素の中に入りますが、いくつかの点で霊的性質もそなえています。これを物質の範疇に入れるのであれば、霊も物的範疇に入れてもよいほど物的性質をそなえています。つまりは中間的存在ということです。

その流動体が物質の特性とさまざまな形で結合し、霊の働きかけを受けて、ご存じの心霊現象を演出しているわけです。それとて可能性のほんの一部にすぎません。この原始的ないし基本的な流動体は、そのように霊が物質に働きかけるための媒体であって、この存在なくしては物質は永久に他の存在と離れたままの存在でしかなく、重量を有するがゆえに(霊の働きかけによって)生ずるさまざまな特性を発揮することはできないでしょう」

――その流動体は我々のいう電流と同じものでしょうか。

「今の回答の中で物質の性質を無数の形で結合すると申しました。地上界でいう電気とか磁気といったものもその流動体の変化したものです。が、厳密に言えば、普遍的流動体はそうしたものよりも純度が高く、霊妙で、それ独自の存在を有していると考えてもよいでしょう」

――霊も“もの”であるからには、これを“知的物体”と呼び物質を“不活性の物体”と呼ぶ方がより正確ではないかと思うのですが……

「用語の問題は我々にとってはどうでもよろしい。人間どうしで通じ合えるような用語をこしらえることです。地上の論争の大半は、五感に反応しないものに関して地上の言語が不完全であるために、用語について共通の同意が欠けていることから生じています」

――密度は物質の本質的属性でしょうか。

「そうです。ただし人間がいう物質の属性であって、普遍的流動体としての物質の属性ではありません。この流動体を構成する霊妙な物質は人間には計量できません。にもかかわらず地上の物質の基本的要素です」

編者注――地上の物質の密度も、あくまでも相対的なものである。天体の表面からある一定の距離以上まで離れると“重量”はなくなる(無重力状態)。“上”とか“下”がなくなるのと同じである。

――物質は一つの要素から成っているのでしょうか、それとも複数の要素で構成されているのでしょうか。

「一種類の基本的要素でできています。とは言え、単純に見える物体も実際は基本的元素そのものでできているのではありません。物体の一つ一つが根源的物質の変化したものです」

――物質のさまざまな特性はどこから生じるのでしょうか。

「各種の基本分子が合体したり、ある条件の作用を受けたりすることによる形態の変化によって生じます」

――その観点から言えば、各種の物体の特性、芳香、色彩、音色、有毒か健康に良いかといったことも皆、たった一つの基本的物質が変化したその結果にすぎないことになるのでしょうか。

「まさしくその通りです。そして、そうしたものを感知するように出来あがっている器官の機能のおかげでもあります」

――同じ基本的物質がさまざまな形態に変化し、さまざまな特性をそなえることが出来るわけでしょうか。

「その通りです。そして“全ての中に全てが存在する”という格言はその事実のことを言っているのです」

――その説は、物質の基本的特性は二つしかない――力と運動であるとし、その他の特性は全て二次的な反応にすぎず、その力の強さと運動の方向によって違ってくる、という説を支持しているように思えますが、いかがでしょうか。

「その説自体に間違いはありません。ただし、それにさらに“分子の配列の形態によって”という条件を付け加えないといけません。例えば不透明な物体が分子の配列しだいで透明になり、その逆にもなることはご存じでしょう」

――物質の分子には形態があるのでしょうか。

「あります。そのことに疑問の余地はありませんが、人間の感覚器官では確認できません」

――その形態は一定不変ですか、それとも変化しますか。

「原始的基本分子は不変ですが、基本分子の団塊である副次的な分子は変化します。地上の科学で分子と呼んでいるものは副次的なもので、まだまだ基本分子とは程遠いものです」

宇宙空間

――宇宙空間は無辺でしょうか、それとも限りがあるのでしょうか。

「無辺です。もしもどこかに境界があるとしたら、その境界の向こうは一体どうなっているのでしょう? この命題は常に人間の理性を困惑させますが、それでも、少なくとも“それではおかしい”ということくらいは理性が認めるはずです。無限の観念はどの角度から捉えてもそうなります。人間の置かれている条件下では絶対に理解不可能な命題です」

――宇宙のどこかに絶対的真空というものが存在するのでしょうか。

「いえ、真空というものは存在しません。人間から見て真空と思えるところにも、五感その他いかなる機器でも捕らえられない状態の“もの”が存在しています」