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12章 霊能者のモラルの問題

訳注――ここで“霊能者”と訳したのは英文版では前章までと同じmedium(ミーディアム)である。これを“霊媒”と訳さなかったのは、日本では霊媒という用語は、物理現象や自動書記ならびに霊言現象における“入神(トランス)霊媒”というニュアンスが定着していて、本章のように同じくミーディアムでも霊視・霊聴・霊感といった主観的霊能を使用する人にも当てはまる内容には“霊媒”では不適切と判断し、限定的に用いるにとどめた。また、人格・識見を兼ね備えた優れた霊能者を“霊覚者”と呼ぶことにしていることも理解していただきたい。

――霊的能力の発達は霊能者自身のモラルに掛かっているのでしょうか。

「そうとは言えません。厳密に言うと、元来、霊的能力は体質に係わる問題であって、モラル的要素とは無縁です。しかしその霊能をいかに使用するかの問題になるとモラルの面が出て来ます。最終的にはモラルの高い低いが霊媒現象の質を決定づけます。」

――霊能は“大霊からの贈り物”と言われますが、そうであれば立派な人だけが授かればよいのに、中にはどうみても不似合いと思える人、つまり霊能の使い道を間違っている人がいるのはなぜでしょうか。

「才能はすべて神の恩寵として感謝すべきものです。あなたの言い分は、神はなぜ悪人に良い視力を与えるのか、なぜペテン師に鋭い勘を与えるのか、人を口車に乗せるのがうまい者になぜ流暢な弁舌を与えるのかとおっしゃっているようなものです。

霊能についても同じことが言えます。相応しくないと思える人が霊的能力に恵まれていることがよくありますが、それはその人にとって必要だからであって、それを使用することによって人間的に向上することを目的として授けられているのです。大霊が邪悪な人間には更生の手段を与えないということが有り得るでしょうか。その逆です。少しでも進歩すると、さらに多くの手段を用意なさいます。その手にしっかりと持たせるのです。

ですから、才能というのは、まずは当人がその恩恵に浴するためのものなのです。」

――その霊能の使用を誤った時は、それ相当の報いがあるのでしょうか。

「倍の報いを受けます。普通の人より多くの啓発の手段を授かっているからです。目が見えるのに道を間違える人は、目の見えない人が溝に落ちるのとは別の次元の裁きを受けます。」

――自動書記霊媒の中には同じテーマ、たとえばモラルの問題やその霊媒の短所に関連した通信が繰り返し綴られる者がいますが、何か特別な意図をもって行われているのでしょうか。

「そうです。繰り返し言及されているテーマについて当の霊能者を啓発し、短所を改めさせようという意図があります。霊団側はその目的のもとに、ある霊能者には自尊心について、別の霊能者には慈悲心について説きます。おのれの欠点に目覚めさせるために警告と忠告を繰り返しておく必要がある、そういう性癖をもった霊能者がいるものです。

野心や我欲のために才能を悪用する者、あるいは自惚れ、独善、軽率さといった欠点によって、せっかくの霊能を台なしにしかねない者には、霊団から折あるごとに警告が発せられます。が、残念なことに、そうした霊能者ほど自分には関係ないと思うものです。」

――しかし、霊能者自身のためという意図はなしに、一般的な戒めとして、その霊能者を通して授けている場合もあるのではないでしょうか。つまり一般人への教訓の道具として霊能者を使っているという場合です。

「もちろんです。我々霊界側としては、霊能者を媒介として届ける以外に方法のない人々のためを意図して忠告することがよくあります。もちろん取り次ぐ者がそれを自分への警告として受け止めることもあるでしょう。原則として霊的能力はその霊能者本人の霊性の向上だけでなく、人類一般の啓発のために授けられるのですから、ただ今のご意見はまさにその通りです。

我々は霊能者をあくまでも“道具”と見なし、道具として大切にしますが、決して他の一般の人々より特別に扱うわけではありません。従って体質的に霊的教訓の通路として役立つと見た時は、どの霊能者でも利用します。が、それも現段階での話です。いずれ人類が進化して優れた霊能者が続々と輩出するようになれば、体質だけで選ぶことはなくなり、精神的・道徳的に霊性の発達した霊能者を選ぶようになるでしょう。」

――霊能者の徳性の高さが低級霊を近づけなくしているとすれば、間違いなく徳性が高いと思える霊媒を通して信の置けない愚劣なメッセージが届けられたりするのはなぜでしょうか。

「間違いなく徳性が高い、とおっしゃいますが、あなたは霊能者の魂のすみずみまでお見通しなのでしょうか。邪悪性はないとしても、まだまだ軽薄さのような欠点が残っていることがあるものです。その意味でも常に反省を怠らぬように、こちらから時おり警告を発する必要があります。」

――優れた霊能を有し、従って大きな貢献をする可能性のある人が誤った道へ外れて行くのを、高級霊はなぜ許すのでしょうか。

「霊団側としては、あらゆる種類の霊能者に正しい道を歩ませるべく指導します。が、それに耳を傾けず、堕落の道を歩み続ける者には見切りをつけます。そして、霊能そのものは劣っても、少しでも徳性の高くある者を、渋々ですが、使用します。それ以上の人材が見当たらないのですから、やむを得ません。偽善者を通して真理が正しく伝えられることは有りません。」

――モラルの感覚に欠ける霊媒を通して高等な通信が得られることは、絶対にありませんか。

「そういう霊媒でも、能力的に良いものを持っていれば、今も述べた通り、他にこれといった人材がいないという特殊事情にかんがみて、取りあえずその者で間に合わせます。が、そのうち他に適切な霊媒が見つかれば、すぐに見捨てます。」

編者注――注目すべき事実として、高級霊団は霊能者が道徳的に堕落して低級霊の餌食になり始めたら、必ずといってよいほど、大きな事件を持ち上がらせてその過ちを暴くことをする。真面目な求道者がその霊能者に騙されないようにとの配慮からである。高級霊になると、いかに霊能が優れていようと、それには代えられないという見方をするようである。

――では完全な霊覚者とはどういう資質を有するのでしょうか。

「完全? ああ、残念ながらこの地上には完全なものは存在しません。もし完全だったら、この世には存在しないでしょう。“まっとうな”霊能者とでも呼びましょうか。いや、それでもまだ言い過ぎでしょう。まっとうな霊能者にも滅多にお目にかかれません。“完全な”霊覚者だったら邪霊集団も騙そうという考えすら抱かないでしょう。地上で求められる最高の霊覚者としては、常に高級な善霊との親和関係を保ち、せめて邪霊に騙されることが滅多にない者といったところでしょう。」

――善霊との親和関係を保っていてもなお騙されることがあるということでしょうか。なぜでしょうか。

「いかに優れた霊能者であっても、高級霊があえて騙されるに任せることがあるのです。洞察力を試すためであり、また、真実と虚偽との見分け方を教えるためでもあります。さらには、いかに優れているといってもどこかに欠点があるわけですから、邪霊のつけ入るスキは必ずあるものです。そこで時おり痛い目に遭わせるのです。

時おり他愛もない通信を受け取るのは、決して油断はならぬとの警告であり、自惚れさせないためです。手回しオルガンの奏者がいくら良い曲を聞かせても自慢にはならないのと同じで、いくら高等な通信を受け取っても自分が偉いわけではないのですから。」

――高等な霊界通信を受け取るための最適の条件とはどんなことでしょう?

「動機にやましい点がないこと、我欲と高慢がないこと。この二つが必須の条件です。」

――高級霊からの通信がそんなに厳しい条件のもとでしか入手できないとなると、霊的真理の普及の障害となるのではありませんか。

「そんなことはありません。求める者には必ず光が与えられます。取り払うべき地上の闇は不純な心から生まれたものです。高慢と貪欲と無慈悲をなくすことです。そうすれば、格好つけた交霊会など開かなくても、善霊は光明へ導いてくれます。

霊能者に恵まれないまま真理の光を求めている人々には、自分自身の理性を頼りとして大霊の無限の霊力と叡智を学ぶように告げてあげてください。その真摯な求道心はいつかは最高の証しを生み出し、必ずや高遠の世界からの援助にあずかることでしょう。」