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25.あの世とこの世の接点・・・臨死体験・幽体離脱現象

あの世から見た地上人の死の瞬間

かつての貧乏商人、ジョージ・ウィルモットがフランス人の家族と落ち着いた生活を始めたすぐ後、彼の指導霊(ガイド)のマイケルは、彼がどんな生活をしているかを見るために戻ってきた。ウィルモットは、まだ地上にいる前妻たちのことが少し気にかかると言った。するとマイケルは、「彼女たちの一人は、まもなくこちらの世界へこようとしています。もし、あなたが彼女に会いに行ってあげるなら、それは彼女を助けることになります」と言った。

気が進まなかったが結局、彼は、彼女の死を看取(みと)るため地上へ赴くことになった。彼は通りを歩いていた。

(ウィルモット霊)

そこはとても変わった場所で、同じような多くの家々が立ち並んでいました。気がつくと私はある部屋の中にいました。それは本当に古いビクトリア時代の家でした。そこでかつての妻がベッドに横たわっていました。彼女の姿を見ているうちに、私は彼女に会いに行こうなどと考えるべきではなかったと、後悔の思いが湧いてきました。彼女はまるで死人のように見えました。

マイケルが言いました。

「彼女がすぐにこちらの世界へくることが分かりますね」

「あなたがさっき私にそのように言いました」と私は答えました。

「今、彼女はあなたのことが分からないと思います。おそらく、あなたの姿は見えないでしょう。まれにわれわれ霊の姿が見える地上人もいますが。あなたはベッドの脇に立って、彼女に意識を集中してください」

「どうして私がそんなことをしなければならないのですか? 私はそんなことには全く関心がありません」

「いいですか。たとえあなたがその人と暮らしていなくても、またその人が特に好きでなくても、場合によっては、あなたはそれをする義務があるのです。それは彼女を助けることになるのです」

それで私は彼に言われた通りに立ちました。そのとき突然、彼女を取り巻く色彩が変化し始め、その色彩が彼女のほほを染めました。そして彼女の目は輝きを増して全く別人のようになりました。すると彼女が私の名前を呼ぶ声が聞こえました――あえて言いますが、私はそのときの情景を本当におかしく思いました。私が彼女の足元に立っている様子は、まるで夜警かガードマンのような気がしました――彼女は手を差し伸べました。それから突然、何かが起こり始めるように、彼女の身体のまわりに光が現れました。

そのとき他の人々(霊)が部屋に入ってきて、彼女を取り囲むようにして立ちました。そのうちの二人は彼女の父親と母親でした。彼女の身体は空中に浮き上がったようになりました(そのときの状況は、そのように表現する他はありません)。彼女の霊体は肉体の上に浮かび上がって、まるで真っすぐ空中に持ち上げられたようになりました。今にして思えば馬鹿げていますが、しかしそのときの私は、彼女が自分の上に落ちてくるのではないかと心配しました。

マイケル(ガイド)が言いました。

「彼女は今、肉体から離れようとしています。もうじき完全に抜け出るでしょう。まわりの人たちは、彼女が肉体から抜け出る手伝いをしているのです。彼女の父親や母親や他の人々は、彼女が肉体を抜け出る手助けをするために、ここへきたのです。

実は、あなたにここへくるように言ったのも、彼女の手助けをしてもらうためだったのです。あなたには、そうすることがどんなに大切なことか、まだ分かっていないようですが」

「不思議なことですが、彼女はたった一人だけでこの部屋にいます」

「そうです。彼女は長年ずっと一人暮らしをしてきました。彼女のことを心配する兄弟もいませんでした。このアパートの他の住人も、彼女が病気で寝ていることを知ることさえありませんでした。彼らは多分、明日にでも、いや数日中かもしれませんが、彼女がベッドで死んでいるのに気がつくでしょう。

しかしそれは、さほど重要なことではありません。大切なことは、彼女がこれからの死後の困難な時を乗り越えられるように手助けしてあげることです」

霊界通信では、死後の世界の様子であるとか、死後、人間に何が起きるかを述べていることが多い。しかしこのウィルモットの通信は、そうしたものとは少々内容が異なっている。ウィルモットは霊界の側から見た地上人の“死の直前”と“死の瞬間”の様子を述べているのである。

そのウィルモット霊の述べた内容には二つのポイントがある。

(1)死の瞬間、彼の元の妻は部屋に彼(霊)がいることに気がついた。そして彼女は、すでに他界している父親と母親、友人によって助けの手を差し伸べられた。

(2)彼女が死んだとき、彼女の霊体(アストラル体)は肉体から引き離され、その上に浮かび上がった。

シルバーコード

シルバーコードが徐々に細くなり、やがて切れて死を迎える

地上サイドから見た死の瞬間

われわれは、ここで述べられている内容の信憑性・真実性を、今現在、地上に生きている人間の“臨死体験”から確認することはできないだろうか?

私の“死後の生命”についての記事が発表されると、私のもとには千通もの手紙が寄せられた。その中の一つに、元看護婦の「ビビエン・ケディー」からのものがある。彼女の手紙には次のように書かれていた。

――「私はとても重い病気になり余命いくばくもないというとき、母親が優しくほほ笑んでベッドの端の方にいるのに気がつきました。そして私はベッドから離れて、母の所へ近づいて行ったように感じました。母はまるで私を待っていてくれたかのように手を差し伸べました。彼女は何も話しませんでした。そして影が二人の間に割り込んできました。私はそのとき、私の“死の時”はまだなのだと思いました。それからベッドへ戻ったようでした」

次は、ハルのアンラバイロードに住む「マージェリー・フリント婦人」の手紙である。そこには彼女の母親の死にまつわる話が書かれている。

――「母はしばらく意識を失った状態になりました。突然、彼女は起き上がり、ベッドの上に座り、腕を差し伸べて叫びました。“お母さん! 何てきれいなの”私が彼女を抱き抱えてベッドに横たわらせようとしたとき、母はさらに腕を伸ばして言いました。“私を行かせて”これが母の最後の言葉でした。私は、祖母が母を迎えるためにここへきたのだと確信しています」

時によっては臨終の際、あの世からきた手助けの霊が、霊能者によって見られる(霊視される)とも言われている。

ハンプシャーに住む「W・ウッドコック婦人」は次のように書いて送ってきた。

――「私の母は脳溢血で倒れました。その夜、母には看護婦が付き添いました。次の朝、看護婦は、夜中の三時に一人の少女がきて、母の足元に立っていたと言いました。彼女(看護婦)が“どうしたの?”と尋ねると、その少女は、“私はお母さんのためにここへきたの”と答えて姿が消えたと言うのです。次の夜、三時に母は死にました。後日、その看護婦に私の死んだ妹の写真を見せました。“ベッドのそばにいたのはこの女の子でした”と彼女は言いました」

さらに興味深い話が、ロンドンの東南地区に住む「K・マクラウフリン婦人」から届けられた。

――「私の母は、一九四四年の空襲で死にました。一九四八年、父に肺ガンが発見されました。私は父の死ぬ一九五〇年まで看病をしました。彼は死ぬ前日の午後、私の方に顔を向け、ほほ笑んで言いました。“私はもう長くないよ”次の朝、父は死にました。そのとき三歳の息子(母が死んでから生まれた)は、おじいさんに会いたいと思いながら一階で待っていました。私が息子を居間へ連れて行くと、彼は突然言いました。“ママ、ぼくはさっきの女の人が嫌いだ。その人はおじいちゃんの所へ行ったのに、ぼくを行かせてくれなかったの”二階には私たちの他には誰もいませんでした。息子はきっと母親の霊体を見たに違いありません」

「Dr.ロバート・クローカル」は、かつて国土地理測量の主任地理学者の要職を務めたこともあったが、退職後の長い期間を死後の生命の証明のために捧げた。そして次のような興味深い結論を述べている。

『あの世からの通信の記録の中に、死に臨む人間が、生きている人間を死んだ人間だと誤認するというケースは全くない。一方、死に臨む人々の記録の中には、死に際して、すでに死んでいるはずの友人に会ったと主張するケースが実に多いのである』

われわれはウィルモット霊の述べた内容――死の瞬間、幽体が肉体から引き離されて浮き上がり、次の世界へ連れて行かれる―を支持する確たる証拠を見い出すことができるだろうか? 地上人の誰か、そうした事実を見たことがあるだろうか? クローカルによって集められた資料の中に、アメリカ人医師「R・B・ホウト」(インディアナ州在住)の体験談がある。彼は類(たぐい)まれな霊視能力の持ち主だったようである。彼はおばの死の床で、アストラル体(幽体)が肉体の上、数フィートの空中に浮いて水平にぶら下がっているのを見たと報告している。

――「辺りは穏やかに静まり返っていました。しかし肉体は反射的動きを見せ、痛みによって無意識に身もだえしていました。私は幽体の様子を、はっきりと見ることができました。幽体の顔はきわめて肉体の顔に似ていました。肉体の顔には年齢と痛みの表情が表れていましたが、幽体にはそうしたものはなく、平安と知性の輝きが見られました。おじ(すでに他界しているおばの夫)がベッドのそばに立っていました。また何年も前に死んでいる彼女の息子もそこにいました」(本書では「肉体」physical body 以外のもう一つの霊的身体を「霊体」psychic body or etheric body と呼んだり、「幽体」astral body と呼んでいるが、同じものを指している。死後 “幽界”(astral world) における身体表現を幽体と言い、その後の進化でより“緻密・精妙”になった身体を「霊体」と言う。幽体も霊体も形態は同じだが、状態が異なると考えればよい――訳注)

臨死の体験談

こうした個人的体験の報告は、それほど数が多いわけではない。しかし私がそれを公表するやいなや、「幽体離脱体験」をしたという人々からの手紙が寄せられるようになった。その人たちは、自分の心臓が一度は止まり、それからまた心臓が動き始めて生き返る、という体験(これは“臨死体験”とか“疑似死体験”とか“ニアデス体験”と呼ばれる)をしていたのである。彼らは、地上世界からあの世へ自分で意識しないまま赴き、それから元に戻るという体験について述べている。

ドーセットの「C・M・ラングリッジ婦人」の手紙には次のように書かれていた。

――「私は大手術を受けました。三日後、夫が私の所へきて、気分はどうかと尋ねました。私はあまり気分がすぐれないと答えました。それとほとんど同時に辺りのものが見えなくなりました。気がつくと、私は自分の肉体の外へ出て空中に浮かび、自分の肉体を見下ろしていました。三、四人の人たちが私を蘇生させようとしていました。

その後、私は自分の肉体に戻ってから、夫に何があったのか、どうして他の人たちが私の病室にいるのか尋ねました。彼は私が突然くずれるように倒れたため、急いで妹を呼びに行ったこと、それからその妹が医者を呼びに行ったこと、数分間みんな私が死んだものと思っていたことなど、教えてくれました」

ヨークシャーの「M・ベイチ婦人」の手紙には次のように書かれていた。

――「私はとても重い病気にかかり、徐々に身体は衰えていきました。そして私は意識を失いました。すると突然、私は目が覚めたようになりましたが、痛みは感じませんでした。自分はもうじき死ぬのだ、ということが分かりました。何とそのうち私は宙に浮き始めました。私は鏡に写った自分自身を見ているような状態でした」

スセックスの「C・A・パトン婦人」の手紙には、医者のサイン入りの死亡診断書まで同封されていた。彼女は空中に浮かび、自由自在に動けることに気がついた。

――「それから素晴らしい場所へ飛んで行きました。そのうちあの世のガイド(指導霊)が現れました。彼と言葉を用いずに話をしました。私はガイドに“このままどんどん行きたいのですが、夫の所に戻らなければなりません”と言うと、ガイドは“それは難しいかもしれませんが、やってみましょう”と答えました。それから私は地上へ戻り始めました。するとこれまでの明るさが失われ、痛みを感じるようになり、結果的に私は寝室に戻って、そこで自分の死体を見ました。看護婦が何かを書いていました」

パトン婦人は、彼女の肉体の中で目覚め、看護婦に話しかけた。看護婦はペンを落とし悲鳴をあげた。彼女は死んでいた間、病院のベッドからは到底見ることのできない、いろいろな所を見てきた。彼女は肉体に戻って意識を取り戻した後、自分が見てきたことを他の人に語ったが、彼女の言ったことは事実だった。

一九六八年、私は“臨死体験”についての記事(この本で引用しているものも含まれる)を書いた。これによってまた多くの手紙が寄せられ、同様の体験談がさらに提供されることになった。「パットチェリー婦人」(その時五十六歳)の手紙には、ノースアラートン総合病院での大手術の際の臨死体験が述べられている。

――「奇妙なことに意識がグルグル回っているようでした。気がついたとき私はベッドの上に浮いて、青白い顔をゆがめて横たわっている自分の肉体を見下ろしていました。それから宙をどんどん上って行くような感じがしました。こうしたことが三回起きました。最後のときは看護婦が医者を連れてくるのが見えました。そして医者が私の腕に注射をしているのが見えました。私は肉体に戻り意識を失いました」

ダベントリの「パトリシア・アリス婦人」は、バーミンガムのクイーン・エリザベス病院で胃ガン患部の摘出手術を受けた。そのときに起きた出来事を次のように述べている。

――「私は突然、手術台から浮き上がるような気がしました。そして私を手術しているチームの人々を見下ろしていました。手術前に感じていた痛みは完全に消え去り、とても安らぎを覚えました。そのとき私は母親の姿を見ました。母は死の直前に左足を切断していたのですが、目の前に現れた母には両足が揃っていました。彼女はとても若く見えました。そして母は言いました。“あなたはまだ、こちらの世界へはこられません”そして次の日、病院のベッドで目を覚ましました。看護婦は何度も言いました。“あなたは本当に手術中に死んだのです。そして私たちは、あなたの遺体を部屋に運んできたのです”」

これは彼女の作り話なのだろうか? それとも実際に起きた出来事だったのだろうか? それとも彼女が熱にうなされて見た単なる夢にすぎなかったのだろうか?

幽体離脱体験の頻度

自分が肉体を離れ、それからまた肉体に戻るという不思議な体験は“幽体離脱体験”とか“体外離脱体験”として知られている。そのような体験をしたことがあるという人は、かなりの数に上るのである。彼らの幽体は、肉体から何マイル、時には何百マイルも離れた所へ移動し、そこで見てきた事物や風景を他人に語ることがある。後になってそれを第三者が確認すると、全くその通りであることが多い。

そうした幽体離脱体験は、どのくらいの頻度で生じることなのだろうか? 標本調査の結果、それはわれわれが想像する以上にひんぱんに起きていることが明らかにされている。

その一例を挙げるなら、四十代後半のイギリス人の教会員二百人を選んで調査した結果は、九十パーセントとは言えないまでも、四十五パーセントの人々が過去に少なくとも一回はそのような体験をしたことがあることを示している。

こうした幽体離脱体験から、当然、次のようなことが推測され得るであろう。

『もし、われわれが生きているときに肉体の外へ出て意識体として存在し続けることができるなら、われわれが死んだときにも、同じようなことが生じると考えても不思議ではない』

証言者たちも、幽体離脱中は死んでいたのである。ただ現時点で言えることは、そうした幽体離脱の話は本当らしいということであって、はっきりと真実であると断言することはできない。では、そうした体験を事実であると確証する方法はあるのだろうか? 逆にそうした体験はインチキであると証明する方法はあるのだろうか?

霊界通信の内容の共通性

自分たちの体験をウッズとグリーンに語ったあの世の声の持ち主たちは皆、かつて地上に住んでいたことがあると明言している。そして死を迎え、次に別の世界にいる自分に気がついたと語っている。あの世に入って行ったときの様子や、たどり着いた世界で見たものについての報告は、すべての通信で一致しているのだろうか?

このテーマを、地上とあの世を逆にして考えてみよう。地上世界とは別の世界があって、そこに人々が住んでいたとしよう。そこの住人は地上世界へ行く前には死の体験をしなければならない。もし住人の半分が地上世界へ移り住み、そこで見たことを元の世界にいる人々に報告すると想定してみよう。彼らは、われわれ地上人のことをどのように伝えるだろうか?

もし彼ら全員がブリテンへきて住み着くとするなら、彼らの報告は多くの点で共通性を持つことになろう。しかし、もし彼らがスコットランドとロンドンに別れて住み着くなら、彼らから送られてくる報告内容は驚くほどの違いがあることになろう。共通性はほとんど見い出せないかもしれない。

さらに彼らがブレストンと北京、カルガリーとカルカッタ(インド)といったように遠く離れた所に別々に住み着いたとしたら、彼らの報告の食い違いは、いったいどれほど大きなものになるだろうか? もし誰かが彼らの報告を聞いたなら、彼らが同じ世界(地上世界)へ行ったとか、またそうした世界があるなどとは、とうてい信じることはできないであろう。

これと逆のことが、われわれにも当てはまるのである。霊界通信によれば、あの世には多くの界層世界があり、どんな人間も自分の性格と地上時代につくり上げた内容にふさわしい世界へ落ち着くようになる、ということである。もしこうした背景を考慮して、あの世からの通信にはある程度の食い違いがあるのを当然のこととして受け入れるなら、多くの通信に共通性や内容上の一貫性を見い出すことができるようになる。

ところで、ウッズとグリーンに届けられたメッセージの内容を、他の通信方法(手段)によって得られたものと比較することはできないのだろうか?

自動書記によるあの世からの通信

直接談話とは異なるあの世との通信手段の中で、最も有力な方法は“自動書記”と言われるものである。この方法は交霊会の霊媒にまつわる暗いイメージとは全く無縁で、スピリチュアリズムの交霊会を拒絶する人にさえ受け入れられることが多いのである。

最も広く知られているイギリスの自動書記ライターの一人が、「グレイス・ローシャー」である。私がケンジントンの彼女のアパートを訪問したとき彼女は、自分は霊媒ではないし、これまで交霊会に行こうとは考えたこともなかったと、きっぱりと言っていた。彼女は一九五〇年代後半のある日までは、ごく普通のクリスチャンであった。

その日、彼女は座って友人に手紙を書いていた。突然、彼女は心的メッセージを受けたように感じた。「あなたの手をそこに置いたままにして、何が起きるか見ていなさい」という声がした。ほとんど同時に、彼女の手はただペンを握っているだけなのに、勝手に文字を書き始めた。そして“ゴードンから愛を込めて”と文字が記された。

「誰がこれを書いているの?」と彼女は思った。するとペンが答えた。「私です。ゴードン、ゴードンです」四日後、彼女は勇気を奮い起こして再び同じようにペンを握った。すると三十分にわたってペンは書き続けた。彼女には、それは「ゴードン・バーディック」と全く同じ筆跡のように思われた。

実は彼は十五カ月前、彼女と結婚するためにカナダのバンクーバーを出発する準備をしていた。しかし乗船予定の前夜、彼は急死したのである。

彼女は教会の仲間に頼んで、自動書記によって書かれたサンプルと、生前のゴードンの書いた手紙を一緒に筆跡鑑定の専門家「F・T・ヒリガン」のもとへ送った。後日、ヒリガンは二つの筆跡は同一人物によって書かれたものであると報告してきた。

一九六一年、彼女は、『バーディックが死んだとき、彼に何が起きたのか』という本を出した。これは自動書記によって彼から送られてきたあの世の体験談をまとめたものである。自動書記によって送られてきたバーディックの内容と、直接談話によって送られてきた内容を比較したとき、どのような違いがあるのだろうか?

ゴードン・バーディックは次のように書いている。

――「私は眠りに落ちました。次に気がついたとき、美しい庭にいました。私は辺りを歩きました。そのとき母がくるのが見えました。母は言いました。“私はあなたを家へ連れて行くために、ここにきたのです”それから母の家へ行きました。そこには兄と妹(二人とも自分より先に死んでいます)がいて私を迎えてくれました。

私はそのとき、いったい自分の身に何が起きたのか分からず、夢を見ているに違いないと思いました。するとみんなが、“あなたは死んだのですよ”と言いました。それから私は病院のような所へ連れて行かれ、そこで休息をとるように言われました。その後、母の家に戻り家族と一緒に生活するようになりました」

あの世の新しい生活について、ゴードンは次のように言っている。

――「人間は死ぬと、自分自身の天国や地獄を創るようになります。天国や地獄というのは、地上時代の生き方で創られる意識の状態のことです。

こちらの住まいや庭は地上と何ひとつ変わりません。衣服もそうです。大学や美術館やコンサートホールのある町もあります。こちらの花々はとても美しいです。ここではお金は全く必要ありません。もし何か食べたいものがあれば自由に食べることができます。しかし本当は、こちらではモノを食べる必要はありません。また自分の意識ひとつで自由に移動できます。自分が学びたいと思うことは何でも学ぶことができます。また多くの動物や鳥たちもいます。

こちらの世界で、人々を結びつける唯一の絆は“愛”です。最終的に人間は誰でも成長し、より高い世界へ移って行くようになります」

以上、ゴードンによるあの世からの報告は、これまで本書の中で見てきた通信内容と酷似している。