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24.あの世の声の身元証明・・・語っているのは本当にその人か?

本書の初めに掲げた問題点を、もう一度取り上げることにしよう。「それらの声は、いったいどこからやってくるのか?」「それらの声は、霊媒自身からやってくるのか? それとも彼らは腹話術でも用いているのか?」

霊媒フリントに対する徹底したテスト

ウッズとグリーンが長期にわたる交霊会を始める以前に「レスリー・フリント」は、すでにきわめて厳密なテスト(客観主義的な心霊研究家によるテスト)に合格していた。フリントは著書の中で、自らを「この国始まって以来、最も厳しい検査を受けさせられた霊媒」と語っている。彼は真実に貢献できると思ったときには、いつでも喜んでテストに応じたのである。

彼を調査した研究者の一人に「ルイス・ヤング」がいる。彼はアメリカの発明王と言われたトーマス・エジソン(電灯・マイクロフォンなどを発明)のもとで働いていたことがあった。また彼はアメリカで、多くのインチキ霊媒を暴いてきた経験がある。調査では、フリントは、着色した水を口いっぱいに含まされた。交霊会が終わりライトが点けられてから、フリントはその水を自分の口からグラスに戻した。

一九四八年、ドレイトン・トーマス牧師(彼は当時、心霊研究会のメンバーであった)は、別のテストを実行した。彼はその結果を、「サイキック・ニューズ誌」の中で報告している。以下はその報告内容である。

『二月五日、私はきっちり閉じられたフリントの口を、細長い絆創膏(ばんそうこう)でふさいだ。その絆創膏は長さ五・五インチ、幅二・五インチで、とても強い粘着性を持っていた。これを閉じたフリントの唇にしっかり貼り付けたのである。さらにその上からスカーフで口を覆った。フリントの両手は固く縛られイスにくくり付けられた。そして別のひもで頭を下げることができないように固定されたのである。

そうした状態では、入神(トランス)中に彼が絆創膏をゆるめようとしても全く不可能である。彼がきつく固定された唇のままで話をしようとしても、他の人には彼が何を言っているのか、声が不明瞭で理解できないはずである。

私のこのテストの目的は、今述べたような条件下においても、明瞭で豊富な声が“直接談話”としてつくり出されるかどうかを確認することであった。

実験は完璧に成功した。あの世からの声は、いつもの明瞭さをもって直ちに語り始めた。ミッキー(フリントのガイド)は、フリントの能力について何度も強調した。十二名の人間がその場に立ち会っていたが、全員がその声を聞いたのである。それは、どんな強情な懐疑論者に対しても――“いかにフリントの口をふさいでも、あの世からの声を遮断することはできない”ということを認めさせるに十分な事実であった。

交霊会が終わった後、私はひもと絆創膏を調べてみたが、それらは実験前のものと全く同じであった。絆創膏にはきわめて強い粘着性があるので、痛みをともなわずにそれをずらすのはかなり難しいことである』

他の一連のテストでは、アンプにつながれたマイクがフリントの喉に取り付けられた。彼が喉から声を出すか出さないかを確認するためのものである。彼の両手は立ち会い人――実験中、二人の人間が立ち会い人としてフリントの両サイドに座った――によって縛られ、さらに別の実験者が交霊会の間中、赤外線スコープを通して彼の動きを監視した。が、またしても声が聞こえた。実験者はエクトプラズムでできた“ボイスボックス”が、現実に彼の頭上二フィートの所につくられたのを観察したのである。

レスリー・フリント

科学的研究機関であるSPRによって、厳格なテストを受けるレスリー・フリント。口を封じられた状態で、録音の実験を行っている。

Voices in the Dark」より

訳注――前頁の写真は、直接談話現象を得意とした霊媒レスリー・フリントの語る言葉を、科学者が口を封じた上で録音しているシーンである。

これは腹話術を防ぐためのもので、さらには着色した水を口に含ませて、後で吐き出させることまでやっているが、そんなことにはお構いなく、空中から何人もの聞き覚えのある他界者の声が聞こえた。

あの世の声の身元証明

もし、その声がフリントのものではないとするなら、それはいったいどこからくるのだろうか? 声の持ち主の身元証明・身元確認は果たして可能なのだろうか? あの世の声の録音を始めて以来、ウッズは地上時代の声の持ち主を知る関係者に招待状を送り、そのテープが本物に聞こえるかどうかを確認してきた。

「マイケル・フェアロン」と名乗る声のことはすでに本書の中で述べたが、ウッズはマイケルの母親(フェアロン婦人)を交霊会へ連れて行った。交霊会では、あの世のマイケルとフェアロン婦人が長時間にわたって会話を続けたのである。フェアロン婦人は、声の持ち主は間違いなく自分の息子であるとの確信を持った。

こうして声の持ち主の友人や身内が、ウッズの招待に応じてテープの声を聞くことになった。一九六二年四月十九日、「F・E・スミス」(バーゲンヘッドの上院議員で、一時は英国最高司法官も務めたことがある)と名乗る声が、死刑に対する生前の考え方の変更を伝えるために現れた。彼は、死刑はよい結果よりも悪い結果を生み出すという理由を述べたが、そのテープは故「チャールズ・ロスバイ」(王室顧問弁護士)が聞くことになった。チャールズはグレースイン(弁護士検定協会)で、F・E・スミスの学生であった。彼は一九六五年十一月二十一日に、チャネルアイランドのチェーンセイの自宅から手紙を送ってきた。

「私、王室顧問弁護士チャールズ・ロスバイは、ロンドンの著名な霊媒者レスリー・フリント氏の自宅で行われた直接談話交霊会でS・G・ウッズ氏によって録音されたテープの声が、間違いなく故人F・E・スミスの声であることをここに断言いたします。ありとあらゆる詐欺・誤解・ミス等の防止策の講じられた用意周到な調査の結果、前述のように確認いたしました。

私は、F・E・スミスの声をはっきりと聞きました。彼はあの世でも生き続けており、今も熱心に人類への奉仕に心をくだいております」

一九六三年五月四日と一九六六年四月二十五日の二日間、「オリバー・ロッジ」と名乗る人物からの声が届けられた。彼は当時の最も有名なイギリスの物理学者であり、同時に有名な心霊研究家でもあった。そのテープの声は「J・クロフト」が聞くことになった。クロフトはもと物理学の教師であり、オリバー・ロッジのもとで研究に携わったこともあり、彼のことをよく知る人間であった。

一九六六年八月一日、クロフトはスセックスのアングマーリング・オンシーの自宅からウッズに手紙を送ってきた。

「私と妻は、S・G・ウッズ氏ならびにグリーン女史の招待を受け、故オリバー・ロッジ卿によって語られたとされる録音テープを聞きました。その声は、私たちが数えきれないほど聞いてきたオリバー・ロッジ卿の声にそっくりであると感じました。テープの声には、彼独特の歯擦音があり、流暢(りゅうちょう)な表現、適切な言葉遣いや文章など、これらがオリバー・ロッジ卿の話し方の特徴であったことを思い出しました」

一九六三年六月十七日、「リリアン・ベイリス」と名乗る声が現れた。彼女はオールド・ビクトリア劇場(シェークスピア劇の上演で有名)の創立者であった。その年の八月二十一日、ウッズは彼女のテープの一部を南部テレビで放送した。

この放送がきっかけとなり、「アライス・F・ワトソン」からの手紙を受け取ることになった。リリアン・ベイリスが彼女の名付け親であり、オールド・ビクトリア劇場でベイリスと一緒に仕事をするなど、よくベイリスのことを知っていた。彼女(アライス)はホヴェの自宅から出向いてウッズを訪ね、リリアン・ベイリスのすべてのテープを聞いた。十一月二十一日、彼女はウッズに手紙を送ってきた。

「あなたの所でテープを聞かせていただいたとき、私は嬉しさのあまり、リリアン・ベイリスの声を確認するためにそこに出向いたことなど忘れてしまったほどでした。私の聞いたテープの声は、間違いなくリリアン・ベイリスのものでした」

コスモ・ラングの声をめぐっての論議

最も広範囲にわたってテストを受けたのは、「コスモ・ラング」と名乗るテープであった。一九五九年五月、彼からの最初の通信が送られてきた。そのとき彼は、ウッズとグリーンに、あの世へ行ってからの自分の宗教観ならびにスピリチュアリズム観の変更二十二二十三章で取り上げている――訳者)について述べたのである。

「ジョン・ピアース・ヒギンス牧師」は当時、プットニーの教区牧師であり、教会員による心霊問題に対する調査委員会の議長でもあった。その彼が一九六〇年九月、日曜の夜の番組「宗教について」に出演して、キリスト教とスピリチュアリズムの関係をめぐる議論に加わった。そこで彼は、キリスト教とスピリチュアリズムの関連性を示すものとして、ウッズの録音テープについて述べたのであった。

ちょうどそのとき、私は「デイリー・スケッチ」(日刊新聞)の特別記事ライターとして、死後の世界に関する最新情報の連載記事を書くように編集主任から言われたところであった。ウッズは私の新しい仕事のことを聞いて、ブライトンにある彼の家にテープを聞きにこないか、と誘ってくれたのであった。(本書「」を参照――訳者)

私は大学院のとき、一九三七年だったか一九三八年のどちらかの年に、オックスフォードのセントジョーンズ寺院のチャペルで「コスモ・ラング」の説教を聞いたことがあった。二十年以上も前の頼りない記憶をたどって、私はコスモ・ラングをよく知る人、またはコスモ・ラングの話をしばしば聞いたことのある人を取材するために奔走することになった。与えられた時間はあまりなかった。

「ピアース・ヒギンス」からは、かなりよい手ごたえを得た。彼は言った。

「交霊会におけるテープの声は本物だと思いました。その声の持ち主は、コスモ・ラングである可能性が強いです。テープの声には、ラングのあらゆる特徴が現れています。このテープの声とラングの声をともに聞いた人なら、両者はきわめて似ていると言うでしょう。真実性が明確に保証されている他の多くの通信内容と同じように、届けられた声は本物の可能性が高いです」

「ハーベルト・レイン婦人」――彼女はラングとは古くからの同家系の友人であり、ドーセットのワレハム近くに住んでいた。彼女も同様の確信を持ったようであった。ラングはしばしば彼女の家に滞在したことがあり、彼女もまた彼の家に滞在するといった親しい間柄であった。その彼女が語った。

「私の第一印象は、これは本物だということです。私が理解しているかぎりでは、テープの声の話し方は、まるでラングそのものです。この声は、間違いなく大主教コスモ・ラングその人だと思います。それ以外には考えられません」

先のピアース・ヒギンスは、ラングのテープの声の身元証明のためのテスト方法を考え出してくれた。彼の提案によって、私はBBCの宗教放送番組のディレクターから生前のラングの声の録音盤を借りることになった。それは一九三六年、エドワード八世が退位した際の彼の有名な演説を録音したものであった。私はその録音盤とウッズが録音したテープを、サウスワークの「マーヴィン・ストゥックウッド司教」の家に持って行った。

私はまずテープと録音盤を別々に聞かせ、その後で両方を同時に聞かせた。そこには司教以外に、礼拝牧師とオックスフォード聖ステフェン神学大学の校長も同席していた。しかし、そのテストの結果は上出来とは言えなかった。

生前のラングの声は、交霊会での録音テープよりも強くはっきりしていた。司教は言った。

「私たちは、テープの声は意図的につくり上げられたニセモノの可能性があると判定しました。どこからそのテープの声がくるのか分かりませんが、その声はコスモ・ラング本人かもしれませんし、別人かもしれません。私はその声の持ち主がコスモ・ラングであるかどうか、是認することも否認することもできません」

司教と他の二人の教会関係者(牧師)がひっかかった点は、肉体のないラングの声が、彼らの思っていたほど明瞭・鮮明ではなかったことである。生前のラングは明晰な話し手だったからである。

しかし、そのことはピアース・ヒギンスの気を挫かせることにはならなかった。彼は言った。

「肉体を持たない人間の声が、生前の声と全く同じであると期待すること自体、そもそも間違いなのである。霊が声をつくり出すときの困難さを考えてみるべきである。通信状態は、高いレベルから地上の低いレベルに合わせる際に曇らされてしまうのである。霊たちにとって地上のわれわれに完璧な通信を送るということは、きわめて困難なことである。彼らは、あの世でしているのと同じように自分たち自身をはっきりと鮮明に表現することができなくなるのである。かつて地上時代にしていたように上手に表現することができなくなるのである。したがって時には、生前よりも低いレベルの通信を送ることになってしまうのである」

このすぐ後、ピアース・ヒギンスは思いがけない人物から、彼の意見に対する支持を得ることになる。

一九六〇年九月の終わり、毎年恒例の国教会の会議が開かれた。この席でラングの録音テープが流され議論がなされた。十月一日、ウッズとグリーンはいつもの交霊会に参加した。そこにラングが現れた。そして先の疑問点に対しての説明を始めた。「私も司教の家での集まりに参加しました。皆さんが教会関係者を集めたときのことです。あの場で、皆さんが彼らに聞かせた私のテープが、ある者に反発を生じさせたこともよく知っております。しかし私は自分の意見を取り消すつもりはありません。本当はこの問題に関して、もっと言いたいことがあるのです」

ラングの長い説明が続いた。話の終わり頃、グリーンは強引に質問を切り出した。

「あなたは先日の夜、われわれと一緒だったのですか?」と尋ねた。

「そうです」彼は答えた。

「あなたの声のことで論争があったことは知っていますね」

「残念なことですが、これからもいつもこうした論争は付きまとうでしょう」

「少し驚いたのですが、あなたは生前よく用いていたある言葉――afeard”とか“stratas――を話の中でわざと使っていました。それは、われわれに語りかけている人物が、あなた自身であることを示そうとしたためだと思いますが。この点について説明していただけませんか?」

「それは単純な理由です。こちらから送る音声はすべて人工的につくり出されている、ということを忘れないでください。地上世界にいる皆さん方は、ご自分の肉体の声帯を用いて空気を振動させ、自分自身に特有な声をつくっています。われわれが音声をつくり出す目的は、こちらの世界にいる人間(霊)の考えを伝えることなのです。私であれ他の者であれ、皆さん方に伝えるために、ボイスボックスを通して人工的につくり出された声で話しているのだということを忘れないでください。

私個人としては、ある人の音声が生前と全く同じかどうかは大して重要なことだとは思いません。こちらの世界から地上に向けて生前と全く同じ音声を再現できるかどうかは、きわめて疑わしいことです。

結局、音声とは何か、という問題なのです。音声とは音の波によってその人の考えを(人が聞き取れるように)現す、ということなのです。皆さん方とは異なる世界に住むわれわれは、もはや皆さん方のような肉体を持っていないこと、一般の地上人が理解するような意味での話はできないことを忘れないでください。今、われわれがしているような霊媒などのエネルギーを利用する通信方法では、生前と全く同じ音声をつくり出すことは不可能なのです。

時の経過とともに、われわれからは多くのものが失われます。しかし真理は奪い去られることはありません。人間はこちらへきてからの体験によって多くの真理と知識を得るようになります。そして、もし地上の皆さん方が真理を受けられる準備が整っているときには、それを教えて差し上げることができるのです。心ない人間はしばしば、われわれの計画をぶち壊そうと、わざと非難や反対をすることがありますが、そうした取るに足りないことを気にしてはいけません。なぜなら彼らは恐れているのです。ただ恐れているだけのことなのです。

結局、私の声が生前の声と同じであるかどうかなどということは、とりたてて重要なことではありません。私の声は他の多くの霊がそうであるように、年を経るごとに確実に変化していくのです。私の晩年の声は、私の二十歳の時の声と同じではありません。音声が変化するのは当然であって、さして重要なことではないのです。

私は、現在のありのままの自分として、皆さん方と話をしています。そのことを忘れないでください。過去の私が皆さん方と話をしているのではないのです。私は、以前の私とは違います。そのことを知ってください。私は、神のお蔭で変わったのです。私の考え方は変わりました。今の私の考えは、かつての私が持っていた考えではありません。そして、それを皆さん方に伝えることができることを誇りに思っているのです。私の声が生前と同じではないということは、重要な問題ではありません。

今は疑い深い人間も、いつかそれを信じるようになる時が必ずきます。今はそれだけを申し上げておきましょう。しかし、もし皆さん方がまだ地上にいる間に死後の世界のあることを信じることができるとするなら、本当に素晴らしいことです。なぜなら、こちらの世界へくるまでそれを知らないでいるより、はるかに多くの善いことを実行できるからです。

こちらには、地上時代を振り返って、地上にいたときに真理を知っていたならどんなによかったことかと残念がっている多くの人たちがいるのです。生前、真理を知っていたなら、彼らの人生はどれほど違っていたことでしょうか。どれほど“他の人々への奉仕”ができたことでしょうか。そして結果的に、いかに多くの“神への貢献”ができたことでしょうか」

このコスモ・ラングのテープは、「コナン・ショウ」(スセックスのアングマーイング在住)が聞くことになった。彼は、この声はコスモ・ラングと同一人物であると確信した。彼は一九〇八年から一九一五年の間、ヨークミンスターの声楽隊の歌手を務めていた。その彼が次のような手紙を送ってきた。

「私はDr.ラングと直接接触する多くの機会に恵まれていました。特別なセレモニーには、私は何度もラング大主教の随員に選ばれ、法衣の裾を持ったりもしました。Dr.ラングは、生前よく大主教公邸からオウス川をボートを漕いで渡って、われわれ声楽隊の所へきたものです。

彼のゆったりした話し方はテープの中にも、はっきりと表れています。彼は生前、いつもそうした話し方をしていたのです。彼は両手を法衣の上でしっかり握り締めて話をクライマックスに持っていきました。そのとき彼はよく、テープの中で彼が口にしているような“Now”という言葉や、“……then shall they stand up in the church and proclaim it”という言い回しをしたものでした。私はテープの声がコスモ・ラングであることに絶対的な確信を持っています」

どうもテープの声がラングである可能性は優勢である。しかし、それを絶対的と断言してもいいのであろうか? ラング自身が語った観点からすれば、絶対的と断言するにはまだ早いということになる。あの世にいるどのような霊も生前と全く同じ声を再生することはできないと、彼自身が述べているのである。

オスカー・ワイルドは、次のような不満をもらしている。

「こちらにいる人々は、地上に多くのことを伝えようとするのですが、結果的には思うことをほとんど何も伝えることができません。その理由は単純で、こちらの人間が通信を送るためには特別な手段を用いなければならない、ということなのです。なぜ、もっと同じような声をつくり出せないのでしょうか? もっと性能のいい、成功率の高い方法を発明することができないのでしょうか?」

霊界通信の真髄は手段よりも通信内容――エレン・テリーの説明

一九六五年、「エレン・テリー」(前述した高級霊)はその問題について説明した。

「どれほど経験豊かな通信霊であっても、常に交霊会に出現して地上と接触を保ち、自然でなめらかな会話を続けるのは容易なことではありません。われわれが今、地上と接触できるというこの事実そのものが、実は奇跡的なことなのです。そうであるのに、いまだに地上には、過去において認められた証拠があるにもかかわらず、また非常に優れた通信が送られてきているにもかかわらず、死後の世界に対して疑問を持ち続けている人々がいます。

われわれは、こうした人々を気の毒に思っています。そのように考える事情も分からないわけではありませんが、すべての霊界通信は根本的には精神的なプロセスであり、その霊が到達したレベルまでの思想内容の伝達であり、またある程度は変形されたり歪められてしまうものであることを知らなければなりません。地上人がその点を理解すれば、同じ内容を伝えるにも多くの表現があること、そして一つひとつの単語の意味を明確には伝えられない場合があることも、お分かりいただけるはずです。

この“ボイスボックス”自体は、通信霊の性格・個性・声・印象・考えを正確に伝えるための優れた人工的な再生器です。そして現実に皆さん方は、このボックスを通してそうした内容を受け取っています。時にその音声は、きわめて自然でリアリティーに富んでいるように聞こえるでしょう。われわれも当然、それが望ましいと思っていますが、皆さん方に届けられるのは、どこまでもわれわれ霊のために準備されたボイスボックスによる音声なのです。ボイスボックスは地上人が声帯を用いて声を出すのと同じ方法で、通信霊のために音声をつくり出してくれるのです。

地上にいる皆さん方は、自分自身の肉体(声帯)を持ち、安定したコンディションのもとで存在し、声帯が自動的に反応して声を出すようになっています。しかし、われわれはこうした動作をすべて意識的に操作しなければならないのです。

まず、われわれは“ボイスボックス”の前に立ちます。それから自分の意識と思考を極限にまで集中します。皆さんも、自分の思考を鮮明にしたまま維持し続けることがどんなに難しいかはご存じだと思います。地上という安定した場所にいても、人が正確に話をするのは、とてもたいへんなことなのです。そうであるなら、われわれ霊にとって、わざわざ地上の言語をつくり出して正確な話をするのは、さらに難しいことであると理解できるはずです」

では、交信方法そのものに対する“信憑性”をチェックする手段はないのだろうか? われわれ地上人は、彼らがあの世について語る内容を確認する手立てを持っていない。一方、彼らが語る地上のことについては、われわれは明確に確認することができる。

では、二つの世界の中間的領域は存在しないのだろうか? ほんのわずかな時間であっても、二つの世界が出会うような中間世界は存在しないのだろうか? あの世から送られてくる内容が、現在地上で生きている人によってチェック(確認)され得るような“中間的領域”は、果たして存在しないのだろうか?

実はそれが――『死の瞬間』その時なのである。